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「PRを出しただけ」で本番環境が汚染される——GitHub Actions Cache Poisoning攻撃を理解する

に公開

はじめに

2026年5月11日、JavaScript エコシステムで広く使われている TanStack の公式 npm パッケージが改ざんされる事件が発生しました。攻撃名は 「Mini Shai-Hulud(小さな砂虫)」 です。

驚くべきことに、攻撃者は TanStack の本家リポジトリのコードを一行も変えていません。外部から PR を出しただけで、本番リリースに悪意あるコードを混入させることに成功しました。

実際に 42 パッケージ × 84 バージョンが npm に publish され、検出後すぐに deprecate されたものの、tarball が削除されるまでの数時間は install 可能な状態が続きました。その間に npm install した環境では、AWS / GCP / GitHub PAT / SSH キー等の credential が窃取され、Worm によって他パッケージへの感染拡大にも利用されました。

この記事では、その仕組みと防ぎ方を丁寧に解説します。

この記事は、GitHub Actions で CI/CD を運用している方、OSS リポジトリのメンテナー、Supply Chain 攻撃の最新動向に関心のある方を対象にしています。

被害の概要

  • 初期被害: TanStack の 42 パッケージ・84 バージョンが改ざん
  • 最終被害: Worm 機能により 169 パッケージ・373 バージョンに拡大(@mistralai、@uipath 等を含む)
  • 特徴: npm 史上初の「SLSA provenance 付き正当署名」で公開された悪意バージョン
  • ペイロード: AWS / GCP / GitHub PAT / SSH 等の credential を窃取し、自動で他パッケージに感染拡大

前提知識: GitHub Actions の 2 種類の PR トリガー

この攻撃を理解するには、まず pull_requestpull_request_target の違いを押さえる必要があります。

pull_request(通常のトリガー)

外部の fork から PR が来たとき、fork 側の環境でワークフローが動きます。

on:
  pull_request:
  • 実行環境: PR のブランチ(fork 側)
  • secrets へのアクセス: ❌ できない
  • 安全性: ✅ 高い

外部コントリビューターのコードが secrets にアクセスできないため、安全です。

pull_request_target(特殊なトリガー)

外部の fork から PR が来たとき、ベースリポジトリ(本家)の環境でワークフローが動きます。

on:
  pull_request_target:
  • 実行環境: ベースブランチ(本家側)
  • secrets へのアクセス: ✅ できる
  • 安全性: ⚠️ 使い方次第で危険

なぜ pull_request_target が存在するのか

外部コントリビューターの PR に対して、本家の権限が必要な処理をしたいケースがあるからです。

代表的なユースケース:

  • 外部 PR に自動でラベルを付ける
  • 外部 PR に計測結果をコメントする
  • bundle size を計測して PR にコメントを投稿する ← TanStack のケース

bundle size の計測には「PR のコードでビルドした結果」が必要です。そのため、本家のワークフローが意図的に fork 側のコードを checkout して実行していました。

攻撃の仕組み

危険な条件: 2 つが同時に揃うとき

条件 状態 結果
pull_request + fork 側 checkout ✅ 安全 secrets が見えない環境で動く
pull_request_target + checkout なし ✅ 安全 fork 側コードが動かない
pull_request_target + fork 側 checkout 💥 危険 secrets が見える環境で fork 側コードが動く

この最後のパターンだけが危険です。

TanStack のワークフローはこうなっていた

on:
  pull_request_target:          # ← 本家環境で動く(secretsが見える)

jobs:
  build:
    steps:
      - uses: actions/checkout@v4
        with:
          ref: ${{ github.event.pull_request.head.ref }}  # ← fork側をcheckout
      - run: pnpm install       # ← fork側のコードが実行される 💥
      - uses: actions/cache/save@v4  # ← 汚染されたcacheを保存

攻撃の流れ(ステップバイステップ)

① 攻撃者が TanStack/router を fork

② fork に vite_setup.mjs(約30,000行の悪意コード)を commit
   ※ PRの差分には含めない、fork内に置くだけ

③ 無害に見えるPRを作成
   タイトル: "WIP: simplify history build"
   差分: 普通のコード変更のみ

④ pull_request_target がトリガーされる
   → fork ごと checkout(vite_setup.mjs も一緒に落ちてくる)
   → pnpm install 実行時に vite_setup.mjs が動く
   → pnpm store cache を 1.1GB の悪意データで上書き
   → cache は「mainブランチ向け」として保存される

⑤ PRはマージしなくてよい(攻撃はもう完了している)

⑥ 後日、メンテナーが別の正常なPRをマージ
   → release.yml が起動
   → 「mainブランチ向け」の汚染済みcache を復元
   → 悪意バージョンが npm に公開される 💥

ポイント: PR をマージしなくても汚染される

GitHub Actions の cache はリポジトリ単位で共有されています。

攻撃者がやったのは「PR を出して本家のワークフローを起動させ、main 向け cache 領域に書き込ませる」ことだけです。PR のコード自体を main に取り込む必要は一切ありませんでした。

さらに重要なのは、ワークフローが一度走った時点で cache 汚染は完了しているという点です。PR をその後 close しても、放置しても、汚染された cache はリポジトリ側に残り続けます。汚染を解消するには、GitHub Actions の cache を手動で削除する必要があります(gh cache delete または Settings → Actions → Caches から)。

ポイント: レビューをパスしても防げない

PR の差分には vite_setup.mjs は含まれていません。レビュワーが diff を丁寧に確認しても気づけない設計になっています。fork 側のリポジトリを丸ごと確認しなければ、悪意コードの存在には気づけませんでした。

secrets として狙われるもの

GitHub secrets とは「CI が自動で外部サービスに書き込む」ための認証情報を保管する金庫です。中身は何でもありえます。

GitHub secrets(金庫)の中身の例
├── npm token              → npmにパッケージを公開するため
├── AWS / GCP keys         → クラウドにデプロイするため
├── GitHub PAT             → GitHubに書き込むため
├── SSH keys               → サーバーにアクセスするため
└── AIサービスのAPIキー    → ← ここが見落とされがち
    ├── OPENAI_API_KEY
    ├── ANTHROPIC_API_KEY
    └── その他LLM系APIキー

自動コードレビューの API キーも標的になる

近年、PR に対して AI が自動でコードレビューを行う CI 構成が増えています。

PR が作成される

GitHub Actions が起動

OpenAI / Claude / Codex API を呼んでレビュー実行

結果をPRにコメント投稿

この構成では OPENAI_API_KEYANTHROPIC_API_KEY を secrets に入れる必要があります。さらに AI コードレビュー用ワークフローは構造上、「PR のコードを読む(= fork 側 checkout)」+「PR にコメントを返す(= secrets が必要)」 の両方を満たすため、今回と同じ pull_request_target + fork 側 checkout のパターンになりやすく、API キー窃取の標的になります

サービス型 vs 自前 API 呼び出し型

方式 API キーの管理 リスク
サービス型(アプリとして動く) CodeRabbit、Sourcery サービス側が管理 ✅ 自分の secret に入れない
自前 API 呼び出し型 Actions 内で API を直接呼ぶ 自分で secret に入れる 💥 窃取対象になる

API キーを GitHub secrets に入れている構成は、今回の攻撃の標的になります。 Copilot、Codex、Claude API などを自前の Actions ワークフローから呼んでいる場合は特に注意が必要です。

サービス型(CodeRabbit や Sourcery のような外部サービスとして動くもの)であれば、API キーはそのサービス側が管理しているため、自分の secret には入らず比較的安全です。

なぜ「正当な署名付き」で公開できたのか

通常、npm への公開には認証が必要です。しかし今回の悪意バージョンは SLSA provenance 付きの正当署名で公開されました。

理由は、GitHub Actions の OIDC トークンを直接使用したからです。攻撃者は secrets(npm token)を窃取し、それを使って本物のリリースフローと同じ方法でパッケージを公開しました。これが npm 史上初の手法として注目されています。

Worm 型拡散の仕組み

このマルウェアが特に危険な理由は Worm 機能を持っていることです。

被害者のCI環境で実行

credential(GitHub PAT、npm token等)を窃取

窃取したnpm tokenで管理パッケージを検索

同じpayloadを注入して再公開

次の被害者のCI環境に感染 → 繰り返し

さらに悪質なのが Dead-man's switch の存在です。窃取した GitHub トークンが 60 秒以内に revoke されると、rm -rf ~/ でホームディレクトリを完全削除し、systemd / LaunchAgent で常駐します。

対策

まず確認: 自分のリポジトリは影響を受けるか

grep -r "pull_request_target" .github/workflows/

ヒットしなければ、今回の攻撃ベクターとは無関係です。

対策 ①: トリガーを変える(最もシンプル)

secrets へのアクセスが不要なら、pull_request に変更するだけで安全になります。

# ❌ Before(危険)
on:
  pull_request_target:

# ✅ After(安全)
on:
  pull_request:

対策 ②: 2 ジョブに分離する(GitHub 公式推奨)

bundle size の計測のように「fork 側コードのビルド結果」が必要な場合は、処理を 2 つのジョブに分けます。

# ジョブ1: secrets なし環境でビルド(pull_request トリガー)
on:
  pull_request:

jobs:
  build:
    runs-on: ubuntu-latest
    steps:
      - uses: actions/checkout@v4  # fork側をcheckout(secretsなし環境)
      - run: pnpm build
      - uses: actions/upload-artifact@v4
        with:
          name: build-result
          path: ./dist
# ジョブ2: secrets あり環境でコメント投稿(workflow_run トリガー)
on:
  workflow_run:
    workflows: ["build"]
    types: [completed]

jobs:
  comment:
    runs-on: ubuntu-latest
    steps:
      - uses: actions/download-artifact@v4  # fork側コードは実行しない
        with:
          name: build-result
      - name: PRにコメント
        uses: actions/github-script@v7
        with:
          github-token: ${{ secrets.GITHUB_TOKEN }}  # ここでsecretsを使う
          script: |
            // コメント投稿処理

このパターンでは、secrets が使える環境では fork 側のコードを一切実行しません。

対策 ③: Branch Protection の設定見直し

Settings → Actions → "Require approval for all outside collaborators" を有効にして、org member 以外の PR は毎回 Actions の実行に承認を要求する設定にしておくと安全です。

軽めの選択肢として "Require approval for first-time contributors"(初回 PR のみ承認)もありますが、無害な PR を 1 回マージしてもらって「信用された Contributor」になり、2回目以降で攻撃を仕掛ける手法もあるので注意が必要です。

対策 ④: 機密性の高い処理を public CI に置かない(より根本的な選択肢)

ここまでの対策は「GitHub Actions を正しく設定すれば安全」という前提に立っています。しかし今回の攻撃は「正規の publish パイプラインを乗っ取る」ものであり、設定が完璧でも OIDC トークンが runner のメモリから抜かれた事実は変わりません。

より厳格な防御として、publish / deploy などの機密性の高い処理は public CI に置かないという選択肢もあります。

  • npm publish や本番デプロイは、AWS の閉域バッチや手元の安全な環境で実行する
  • public な GitHub Actions には「害のない処理(lint / test / build 結果の確認)」だけを置く
  • secrets を public CI に置く以上、CI 環境そのものが攻撃面になる前提を受け入れる

過去にも CircleCI の 2023 年のセキュリティインシデントなど、クラウド CI に置いた secrets が漏洩した事例があります。便利さと引き換えに攻撃面が広がることは念頭に置く必要があります。

まとめ

今回の攻撃から学べる教訓は 4 つです。

  1. pull_request_target + fork 側 checkout の組み合わせは危険。この 2 つが揃うと、外部 PR が secrets にアクセスできる環境で動く。
  2. PR をマージしなくても汚染できる。cache はリポジトリ単位で共有されているため、ワークフローを実行させるだけで本番リリースフローを汚染できる。
  3. 差分レビューだけでは防げない。悪意コードは fork 内の別ファイルに隠されており、PR の diff には現れない。
  4. AI の API キーも標的になる。npm token や AWS keys だけでなく、OpenAI・Claude・Codex 等の API キーを secret に入れている場合も窃取対象。自前の Actions から AI API を呼ぶ構成は特に要注意。

OSS 開発者や CI/CD を管理する方は、まず grep -r "pull_request_target" .github/workflows/ で自分のリポジトリを確認することをお勧めします。

参考リンク

GitHubで編集を提案
シンギュラリティ・ソサエティ

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