AI時代のデータモデリング
(この記事は ナレッジグラフ Advent Calendar 2025 の参加記事です)
はじめに
生成AIがソフトウェア開発や設計のワークフローに深く入り込むようになり、「モデルを描くこと」や「構造を考えること」の意味が少しずつ揺らいでいるように感じています。ナレッジグラフの領域でも、データや概念の関係性をどこまで人間が設計し、どこからをAIに委ねるべきかは大きなテーマです。そこで、AI時代におけるデータモデリングの専門性がどう再定義されようとしているのかを知るために、モデリングフォーラムに参加しました。
モデリングフォーラムは、UMLモデリング推進協議会(UMTP) がモデリング技術普及の一環として毎年開催するイベントです。今年は「AI時代のシン・データモデリングとは?」というテーマで講演、パネルディスカッション、ワークショップが開催されました。
UMLモデリング推進協議会(UMTP)は、名称に「UML」を冠していますが、活動のスコープは現在、特定の記法やツールセットを超え、より広範な「モデリング」という行為そのものへと広がっています。例えば、データモデリング、概念モデリング、ビジネスモデリングといった多様な手法が含まれます。
かつてはソフトウェア設計におけるUMLの普及が中心でしたが、昨今はDX(デジタルトランスフォーメーション)の進展に伴い、ビジネス全体やデータ基盤の設計といった分野でのモデリングの重要性が高まっています。UMTPは、こうした時代の変化に対応し、UMLに限らず、汎用的な「考える技術」としてのモデリング全般の普及と実践的な活用を推進しています。
基調講演: 科学的思考におけるモデル:説明、創造、そして概念工学へ
東京大学大学院情報学環・学際情報学府の植原亮准教授による基調講演。
科学的思考の中核にある「モデル」を手がかりに、説明・創造性・概念工学を通して、AI時代のモデリングの意味を問い直す内容でした。
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モデルとは、複雑な現実から要点だけを抜き出し、ときに理想条件を置いて「なぜそうなるか」を考えるための道具である。仕組みの説明や理解の促進、概念の習得度を測るための基盤となるもの。
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創造性とは、「新しく、何らかの価値あるものを生み出すこと」。創造のプロセスは結合的・探索的・変形的という三つの型に分類され、例えばAlphaGoが従来の定石という制約を外れる手を指したように、既存の概念空間そのものを書き換える変形的創造性が、人間とAIの違いを考えるうえで重要な論点となる。
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概念工学とは、現行の概念を分析・評価し、目的に応じて改訂し直し、社会に実装する営みである。科学的世界像(決定論)と道徳的責任(称賛や非難)を両立させる自由意志概念の改訂がモデルケースとして示された。
変形的創造性という考え方がとても新鮮だった。結合的創造性と探索的創造性は現状モデルのリファクタリングという捉え方もできるが、変形的創造性は、現状モデルでは表現しきれない新しい知を扱う非連続なタイプであり、そもそもの前提や概念空間を問い直して組み替える発想を求めてくる。自分がナレッジグラフでやっていることの多くは前者にとどまっていて、本当に変形的なレベルに踏み込むには、モデルの外側にある「何を世界として見るか」という枠組み自体を意識的に設計し直す必要があるのだと気づかされた。
AI readyデータ整備のためのデータモデリング
株式会社データアーキテクト 代表取締役 真野正氏による講演。AIの精度を高めるにはデータマネジメントが不可欠であり、その鍵となるのがエンタープライズレベルのデータモデリングであるという内容でした。
- 現状の企業データは重複や定義の不一致、コードの不統一など課題が多く、そのままAIに利用させると誤った結果(ハルシネーション)を招くため、データの品質向上と整備が不可欠。
- AI readyデータ整備にはデータアーキテクチャの構築が鍵であり、具体的には、データの所在・構造・関係を示す「データ地図」と、データ発生源から加工経路を示す「データ系統図」の整備が求められる。
- データマネジメントの課題(モデル陳腐化、品質劣化、属人化)に対し、AIエージェントによる品質維持やメタデータ収集などの支援が期待されるが、複数事業にまたがるエンタープライズモデリングはまだ難しい。
データマネジメントでAIを活用するなら、データ地図もデータ系統図も構造化データとして整備が必要でしょうね。オントロジー領域だと、データの出所情報はオントロジー定義の一部としてメタデータやアノテーションを用いて表現されます。体系的に記録するためのオントロジー標準(例えば、PROV-O) も存在します。このあたりはニッチですが改善の余地がありそうです。
生成AI時代のドメインモデリング ― OOPとFPを超えて
株式会社ウルフチーフ 代表取締役 川島 義隆氏による講演。生成AI時代におけるドメインモデルの位置づけを見直し、「仕様モデル」を中心に据えたインサイドアウトな開発アプローチを提唱する内容でした。
- ドメインモデルを概念・仕様・実装の3層で整理し、本来重視すべきは実装技術に依存しない仕様モデルである。現在は仕様と実装が混ざりがちで、その結果、モデルが実装都合に引きずられている。
- 良い仕様モデルは、制約性、一般性、明確性を満たす。そのために、データ抽象と振る舞い抽象をきちんと設計し、全ての入力で破綻しない全域性を満たす関数的なスタイルを追求すべき。
- 業務コアが不明瞭なままUIやDB設計から入る「アウトサイドイン開発」では、配線的なコードになりがち。まず仕様モデルを言語で書き切り、そこからUIやDBに展開する「インサイドアウト開発」を推奨。仕様が十分に明確なら、外側のコード生成はAIに任せられ、人間はドメインの本質的な構造化に集中できる。
多くのナレッジグラフ案件は、想定システムに知識データベースとして組み込む、あるいはナレッジグラフ構築自体を目的としていていると思います。
ナレッジグラフとして表現する知識が業務コアなのであれば、本来それを中心に据えてAIシステムをインサイド・アウトで開発すべきなのではと考えさせられました。
Excelデータ分析で学ぶディメンショナルモデリング~アジャイルデータモデリングへ向けて~
株式会社風音屋(カザネヤ)代表取締役の横山翔氏(ゆずたそ)氏による講演。Excelでの身近な集計作業を入口に、ビジネスユーザにも扱いやすいディメンショナルモデリングとアジャイルなデータモデリングの考え方を紹介する内容でした。
- 多くの現場では、Excelファイルやシートが地域・年月ごとに分かれて管理されている。当初想定していない切り口(例:業種別、複数データソース横断)で数字を見ようとすると途端に苦しくなる。
- 分析の切り口となるディメンション(顧客・商品・日付など)と集計対象となるファクト(契約や注文などの出来事)に着目してモデル化する。
- ビジネス環境やチームの変化に応じてデータモデルも継続的な改善が必要。生成AIを活用するためにもデータの品質とSSoT(信頼できる単一の情報源)の担保が鍵となる。
スモールスタートする場合、表形式は馴染みがあって始めやすいですね。ナレッジグラフ構築では、OpenRefineという強力なツールが役立ちます。このツールを使えば、表形式のデータに対し、前処理、クレンジング、外部知識ベースへの参照といったナレッジグラフへの変換作業をアジャイルに進めることができます。
こんにちは! データモデリング
エークリッパー・インク 代表 羽生章洋氏による講演。AI時代のアプリ開発において、データモデリング専門家の役割を紹介する内容でした。
- AIアプリの粗製乱造を防ぐには、上流工程でのしっかりとしたデータモデリングがこれまで以上に重要。
- 突然「DX人材」に指名され戸惑う現場の人々。データモデリングは、経営層を含むすべてのビジネスパーソンに求められるDXリテラシーであるべき。
- AIが生成したデータモデルの妥当性を判断しレビューする役割は、依然として人間にあり、専門家が非専門家を優しくリードしていくことが重要。
気軽に相談できる関係性や、伴走という姿勢が大切ですね。
要件定義の中心にモデルを置きLLMが出力した要件に責任をもつ
株式会社バリューソース 代表取締役社長 神崎善司氏の講演。要件定義にAIを活用した(AI活用に振り切った)手法を紹介する内容でした。
- 複雑な要件定義に対応するため、要件の組み立て方を定義したナレッジをモデルベースで事前に準備する。このナレッジを複数のフェーズに分割し、AIに段階的に実行させることで、複雑な成果物の生成を可能にする。
- フェーズごとにAIが生成した成果物は、次のフェーズのAIへの適切なコンテキスト情報として渡される。この出力を人間が見直し、明らかに不適切な点などを軌道修正することで、要件定義の内容を段階的に洗練させていく。
- 段階的な要件の組み立てと軌道修正の過程を経ることで、最終的にはモデルの構造に沿った整合性のある要件定義を確定させる。
ナレッジグラフはせっかく構造を持っているのだから、こうした生成系のシステムにも活用したいところ。
モデリングと生成AIで築く安心の設計 ― メタモデルに基づく設計書自動生成 ―
株式会社東芝 前田尚人氏、鈴木昴裕氏による講演。モデリングと生成AIを活用したソフトウェア設計の自動化手法を紹介する内容でした。
- 生成AIを活用したVibe Codingは、説明可能性や品質保証、セキュリティのリスクを伴う。特に社会インフラ系では慎重な制御が必要。
- 生成AIに対して、ルール(プロセス定義)を教え、必要な知識(メタモデル)を与え、生成物をレビューすることで、その挙動を管理する。
- 設計開発標準をベースにした設計メタモデルは、設計に必要な要素や構造を定義する共通言語として機能し、プロセス定義と組み合わせることで、上流から下流まで一貫性を保った設計書の自動生成を可能にする。
社会インフラ系のように標準品とカスタマイズ品から成るプロダクトラインを前提とする領域では、設計メタモデルをプロダクトラインの共通資産として定義し、その上で生成AIにバリアントを展開させるアプローチは有効だと思います。
パネルディスカッション シン・UMTP宣言 モデリングネイティブを育てるには?
パネルディスカッションでは、「AI時代のシン・データモデリングとは?」をテーマに、AI時代におけるデータモデリングの変化と将来について議論されました。
- 企業全体でデータがどこにありどう流れているかを示す「データの地図」を作り、業務やアプリ構造と結びつけることが、AIに妥当な回答をさせる前提であり、データマネジメントの中核となる活動である。
- AIの回答をそのまま受け入れるのではなく、モデルを使って問いを立てて検証することで、人間が主体的に判断し続けることが重要であり、モデリングはそのための武器である。
- コード中心の開発から、仕様モデルや設計モデルを先につくり、それを基盤にAIがコードや設計書を生成する「仕様モデル駆動設計」「AI駆動モデルベース開発」へ移行すべきである。
- データモデルの生成や変換といった作業はAIに任せ、人間はビジネスの意味や概念モデルの設計、経理や簿記に代表されるビジネスの基本構造理解に力を注ぎ、AIとの役割分担を明確にすべきである。
- モデリング人材は一部の専門家だけでなく、現場のビジネスパーソンやエンジニアも含めて裾野を広げて育成し、ワークショップや実案件での伴走を通じてモデルを描く・読み解く力を組織的に高めていく必要がある。
人材育成や学びの観点で聴いていましたが、「人間は意味の理解に集中すべき」「対象領域の文脈理解が重要」「段階的に学ぶと効果的」などのポイントは、ナレッジグラフの世界でもほとんど同じだと感じました。一方で、「既存事例を題材に素振りをして学ぶ」というアプローチは、ナレッジグラフでは実践的な教材が少なく、前提となる技術知識も多いため、ハードルがやや高いようにも思いました。
まとめ
今回のフォーラムを通じて、AI時代のモデリングは、人とAIが共有する意味空間をどう設計するかという「リテラシー」として捉え直す必要があると感じました。AIエージェントとの協調では、プロンプトの書き方だけでなく、その背後にある意味空間をどこまで共有できているかが結果を左右します。そのとき、「何を新しく作りたいのか」「何を発見したいのか」といった人間側の意図や主体性が、これまで以上に問われてくるのだと感じました。
なお、UMTPの年会費が今年度より無料になったと知り、個人会員として入会しました。
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