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AI時代における開発組織のための DORA AI Capabilities Model

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はじめに

毎年発行されているGoogleのDORA(DevOps Research and Assessment)レポート。2025年版では、AI支援型ソフトウェア開発に関する新たな内容が盛り込まれました。
「DORA AI Capabilities Model」と名付けられたこのモデルでは、組織がAIツールから最大限の価値を引き出すために必要な7つの能力を明らかにしています。

このレポートを読んで、AIツール導入の成否を分けるポイントが非常に具体的で実践的だったので、皆さんにもシェアしたいと思います。

https://dora.dev/dora-report-2025/

DORAとは

DORAは長年にわたって、ソフトウェアデリバリーの現状を説明するだけでなく、組織が開発ツールやテクノロジーの絶え間ない変化にどう対応すべきか、データに基づいた意思決定を支援してきました。
DORA Core Modelは業界標準となり、多くの組織が開発パフォーマンスを測定・改善する際の指針となっています。

DORA Core Model
DORA Core Model

なぜAI Capabilities Modelが必要なのか

AIはソフトウェア開発を大きく変えつつあります。
急速な進歩は多くの刺激的な可能性をもたらす一方で、ソフトウェア開発がこの変化にどう適応すべきかという新たな課題も生み出しています。

今年、DORAは「誰がAIを採用しているか」「どう使っているか」という表面的な質問を超えて、AI支援型開発者(AI-assisted Software Developer)が最良の成果を出せる条件を調査しました。

DORA AI Capabilities Model

DORAチームは、AI支援型開発チームのより良い成果につながる可能性のある幅広い能力を検討しました。

結果として、以下の7つの能力が、AI採用の効果を増幅することが分かりました:

  1. Clear and Communicated AI Stance(明確で周知されたAIスタンス)
    組織のAI使用に関する公式な立場が明確で、開発者に周知されている

  2. Healthy Data Ecosystems(健全なデータエコシステム)
    内部データが高品質で、アクセス可能で、統合されている

  3. AI-accessible Internal Data(AIアクセス可能な内部データ)
    AIツールが内部の組織データソースやシステムに接続されている

  4. Strong Version Control Practices(強力なバージョン管理実践)
    頻繁なコミットとロールバック機能の活用による心理的安全性

  5. Working in Small Batches(小さなバッチでの作業)
    変更を迅速にテスト・評価できる管理可能な単位に分割する

  6. User-centric Focus(ユーザー中心の視点)
    エンドユーザーの体験を優先し、ビジネス成功との関連性を理解する

  7. Quality Internal Platforms(高品質な内部プラットフォーム)
    複数のアプリケーションやサービス間で共有される機能群

DORA AI Capabilities Model
DORA AI Capabilities Model

ここから分かるのは、AI支援型ソフトウェア開発を成功させるには、単に新しいツールを採用するだけじゃダメだということです。
組織として、技術面と文化面の両方で環境を整える必要があります。

それでは、各能力について詳しく見ていきましょう。

1. Clear and Communicated AI Stance

これは何か

「明確で周知されたAIスタンス」というのは、開発者がAI支援開発ツールをどう使うことが期待され、許可されているのか、組織の公式な立場がどれだけ明確に理解され、認知されているかということです。
組織がAI活用に対してどんな姿勢を持っているかを明確にすることで、開発者は安心してAIツールを使えるようになります。

どう測るのか

レポートでは、この能力を4つの指標で測っています:

  1. 職場でAI使用が期待されていると感じるか
  2. 組織が開発者のAI実験をサポートしているか
  3. 職場でどのAIツールが許可されているかが明確か
  4. 組織のAIポリシーが自分に直接適用されるか

影響

レポートによると、明確なAIスタンスがあると以下のような効果があると言っています:

  • 個人の効果性が増幅される:AIが個人の効果性に与える好影響がさらに強まる
  • 組織パフォーマンスが向上する:組織全体のパフォーマンスへの好影響も増幅される
  • 摩擦が減少する:開発現場での摩擦が減る

さらに、ソフトウェアデリバリーのスループットも向上することが分かったそうです。

2. Healthy Data Ecosystems

これは何か

「健全なデータエコシステム」というのは、組織の内部データシステムの全体的な品質のことです。
データが散らばっていたり品質が低かったりすると、AIツールがそこから学習しても効果的な支援ができません。

どう測るのか

データエコシステムの健全性は、3つの指標で測られています:

  1. 内部データソースの全体的な品質
  2. 内部データソースのアクセスしやすさ
  3. 内部データソースがサイロ化または分断されているか

要するに、内部データが高品質で、容易にアクセスでき、統合されている環境が理想的だということです。

影響

調査結果では、健全なデータエコシステムがあると、AIが組織パフォーマンスに与える好影響が大幅に増幅されると報告されています。

3. AI-accessible Internal Data

これは何か

「AIアクセス可能な内部データ」は、AIツールが内部の組織データソースやシステムにどれだけ接続されているかということです。
一般的なAIツールは公開情報から学習していますが、自社特有のコンテキストを理解させるには内部データへのアクセスが不可欠です。

どう測るのか

この能力は、4つの指標で測られています:

  1. 職場で使われるAIツールが内部の会社情報にアクセスできるという認識
  2. AIツールからの応答が内部の会社情報をコンテキストとして使ったという認識
  3. AIツールへのプロンプトに内部の会社情報を入力する頻度
  4. AIツールを使って内部の会社情報を取得する頻度

つまり、従業員が実際に内部データをAIツールで活用できている状態が理想ということです。

影響

DORAによると、AIアクセス可能な内部データがあると:

  • 個人の効果性が増幅される
  • コード品質が向上する

この2つの効果が確認されたそうです。

4. Strong Version Control Practices

これは何か

「強力なバージョン管理の実践」は、長い間、高パフォーマンスのソフトウェア開発チームの基礎となってきました。

生成AIの時代において、コード生成の量と速度が劇的に増加している今、バージョン管理の重要性はさらに高まっています。
AIが生成したコードも人間が書いたコードも、バージョン管理で適切に追跡できることが、チームの安心感と生産性につながります。

どう測るのか

この能力は、2つの側面で測られています:

  1. コミット頻度:バージョン管理へのコミットの頻度
  2. ロールバック能力:バージョン管理システムの「ロールバック」機能の使用頻度

影響

  • 頻繁なコミットがあると、AIが個人の効果性に与える好影響が増幅される
  • 頻繁なロールバックがあると、チームパフォーマンスへの好影響が増幅される

5. Working in Small Batches

これは何か

「小さなバッチでの作業」は、長年のDORA Capabilityで、チームが変更を迅速にテストおよび評価できる管理可能な単位にどれだけ分割しているかということです。
AIを使うと大量のコードを一気に生成できますが、それをそのまま受け入れるのではなく、小さく分割して検証する規律が重要です。

どう測るのか

小さなバッチでの作業は、3つの指標で測られています:

  1. 主要なアプリケーションまたはサービスの最新の変更でコミットされたコードの行数
  2. 単一のリリースまたはデプロイメントに通常組み合わされる変更の数
  3. 開発者が単一のタスクで割り当てられた作業を完了するのにかかる時間

要するに、変更ごとのコード行数が少なく、リリースごとの変更数が少なく、より短い時間で完了できる作業を割り当てているチームが高スコアということです。

影響

レポートによると、小さなバッチで作業すると:

  • 製品パフォーマンスへの好影響が増幅される
  • 摩擦が減少する

ただし、個人の効果性への影響は若干減少するというトレードオフもあるとのことです。

6. User-centric Focus

これは何か

User-centricな視点は、過去の年次調査にも含まれてきた指標です。
これは、チームが主要なアプリケーションまたはサービスのエンドユーザーの体験についてどれだけ考えているかということです。
AIによって個人の生産性が上がっても、それがユーザーの価値につながらなければ意味がありません。

どう測るのか

この視点は、3つのリッカート尺度で測られています:

  1. ユーザーに価値を創造することが自分の視点である
  2. ユーザーの体験が自分の最優先事項である
  3. ユーザーに焦点を当てることがビジネスの成功の鍵である

つまり、ユーザー体験を優先し、ビジネス成功との関連性を理解しているチームが高スコアということです。

影響

DORAの調査では、User-centricな視点を持つチームでAIを使うと、チームパフォーマンスへの好影響が大幅に増幅されると言っています。

ただし、ここで重要なのは、ユーザー中心の視点がない場合、AI採用はチームパフォーマンスに逆にマイナスの影響を与えるという点です。

7. Quality Internal Platforms

これは何か

過去の調査でも、高品質な内部プラットフォームの重要性は指摘されてきました。
ここでいう「プラットフォーム」とは、複数のアプリケーションまたはサービス間で共有される機能群のことで、組織全体で広く利用可能にすることを目的としています。
AIツールの効果を組織全体に広げるには、標準化された基盤が必要です。

どう測るのか

プラットフォームの品質は、12の特性のうちいくつを持っているかで測られています。

主な特性には以下が含まれます:

  • セルフサービス機能
  • 明確なドキュメント
  • 標準化されたAPI
  • 自動化されたプロビジョニング
  • 監視とロギング
  • セキュリティとコンプライアンスの組み込み
  • その他

影響

レポートによれば、高品質な内部プラットフォームがあると、AIが組織パフォーマンスに与える好影響が増幅されるとのことです。

ただし、興味深いことに摩擦が増加するというトレードオフも報告されています。

モデルを実践するためのアドバイス

レポートでは、7つの能力に基づいた実践的なアドバイスも提供されています。
これらは、組織が今日から実装できる具体的なステップです:

1. AIポリシーを明確にして周知する

AIに関する曖昧さは採用を妨げ、リスクを生み出します。
許可されたツールと使用法に関する明確なポリシーを確立して周知し、開発者の信頼を構築しましょう。
この明確さは、効果的な実験に必要な心理的安全性を提供し、摩擦を減らし、個人の効果性と組織パフォーマンスに対するAIの好影響を増幅します。

2. 作業項目のサイズを縮小する

AIは大量のコードを生成できますが、それが必ずしも最も重要な指標ではありません。
むしろ成果に焦点を当てて、小さなバッチでの作業の規律を徹底しましょう。
これにより、製品パフォーマンスが向上し、AI支援チームの摩擦が減少します。

3. データを戦略的資産として扱う

組織パフォーマンスに対するAIの効果は、健全なデータエコシステムによって大幅に増幅されます。
内部データソースの品質、アクセスしやすさ、統合に投資しましょう。
AIツールが高品質な内部データから学習できると、組織にとっての価値が高まります。

4. AIを内部コンテキストに接続する

AIツールを内部システムに接続して、一般的な支援を超えて、個人の効果性とコード品質の向上を引き出しましょう。
これは、単にライセンスを買うだけでなく、AIツールに内部ドキュメント、コードベース、その他のデータソースへの安全なアクセスを与えるためのエンジニアリング投資を意味します。

5. ユーザーのニーズを製品戦略の中心に据える

AIを使うと個人の効果性は大きく向上しますが、ユーザーのニーズに焦点が向いていないと、間違った方向に素早く進んでしまいます。
ユーザー中心の視点を持たないチームでは、AI支援開発ツールがチームに害を及ぼす可能性すらあります。
逆に、ユーザーのニーズを製品開発の指針として維持することで、AI支援開発者を適切な目標に導き、チームのパフォーマンスに強い好影響があります。

6. 内部プラットフォームに投資する

高品質な内部プラットフォームは、組織パフォーマンスに対するAIの好影響を拡大する重要な要因です。
これらのプラットフォームは、AIの効果が組織全体で効果的かつ安全にスケールすることを可能にします。

7. セーフティネットを強化する

AI支援コーディングは、変更の量と速度を増やす可能性があり、それはより多くの不安定性につながる可能性もあります。
バージョン管理システムは重要な安全網です。
チームがロールバックおよびリバート機能の使用に熟達することを奨励しましょう。

最後に

DORA AI Capabilities Modelについて紹介しました。

この7つの能力は、技術面と文化面の両方をカバーしており、相互に補完し合いながらAI採用の効果を増幅します。
組織がこれらの能力に投資することで、AIツールの真の潜在能力を引き出し、より高いパフォーマンス、より良いコード品質、そして幸せな開発者を実現できます。

AI時代の成功は、ツールだけでなく、それらのツールを使う組織の能力にかかっています。
皆さんの組織では、これら7つの能力、どれくらいできていますか?
このモデルを参考に、AI活用の次の一手を考えてみてはいかがでしょうか。

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