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エージェントと価値反復法:強化学習コース(3/N)

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はじめに

前回の記事では、強化学習の問題設定における環境側の定式化として、マルコフ決定過程(MDP)について詳しく解説しました。本記事では、強化学習のもう一方の主役であるエージェント側に焦点を当て、方策、価値関数といった基本概念から、環境モデルが既知の場合のプランニング問題として価値反復法について解説します。

これまでのシリーズで学んだ内容は以下の通りです。

  • 第1回: 強化学習の全体像と問題設定
  • 第2回: 環境側の定式化(マルコフ決定過程)
  • 第3回(本記事): エージェント側の概念とプランニングアルゴリズム

エージェントの基本概念

強化学習において、エージェントは環境からの観測に基づいて行動を選択し、報酬を最大化することを目指します。この節では、エージェントの行動選択を記述する方策と、行動の価値を評価する価値関数について説明します。

方策(Policy)

方策は、エージェントの行動選択ルールを表現する概念です。各状態において、どの行動を選択するかを決定する関数として定義されます。

方策の例

グリッドワールドでの方策例:

# 決定的方策の例:常に右に移動
def deterministic_policy(state):
    return "right"

# 確率的方策の例:ランダムに行動選択
def random_policy(state):
    actions = ["up", "right", "down", "left"]
    return np.random.choice(actions)

# より賢い確率的方策:ゴールに向かう傾向
def goal_oriented_policy(state, goal=(2, 2)):
    i, j = state
    goal_i, goal_j = goal
    
    # ゴールへの距離に基づいて行動確率を調整
    if i < goal_i:
        return {"down": 0.5, "right": 0.3, "up": 0.1, "left": 0.1}
    elif j < goal_j:
        return {"right": 0.5, "down": 0.3, "up": 0.1, "left": 0.1}
    else:
        return {"up": 0.25, "right": 0.25, "down": 0.25, "left": 0.25}

MDP下の方策の重要な性質として、定常性があります。MDPが時不変である場合、最適方策も時刻に依存しない定常方策となることが知られています(証明は別記事を予定しています。)。

累積報酬と「良さ」の定義

価値関数を定義する前に、そもそも「良い」とは何かを明確にする必要があります。強化学習では、これを累積報酬として定式化します。

トラジェクトリとエピソード

まず、エージェントと環境の相互作用の記録に関する概念を導入します。

割引累積報酬

あるトラジェクトリ \tau における時刻 t 以降の「良さ」を測る指標として、割引累積報酬(discounted cumulative reward) を定義します。

この定義において、r_t, r_{t+1}, \ldots はトラジェクトリ \tau における実際の報酬の実現値であり、時刻 t で行動 a_t を実行した結果得られる報酬が r_t となります。また、\gamma \in [0, 1]割引率(discount factor) と呼ばれ、将来の報酬をどの程度重視するかを制御するパラメータです。簡潔に G_t と書くこともありますが、これは特定のトラジェクトリにおける実現値を指しています。

割引率の意味と必要性

割引率 \gamma の値によって、エージェントの将来の報酬に対する態度が決まります。\gamma = 0 の場合は即座の報酬のみを重視する近視眼的な行動となり、\gamma = 1 の場合は将来の報酬を現在と同等に評価します。実用上は 0 < \gamma < 1 として、将来の報酬を現在より低く評価することが一般的です。

割引率を導入することには複数の利点があります。まず数学的には、報酬が有界の場合に無限和が収束することを保証し、価値関数を有限値として扱えるようにします。また、現実世界の不確実性をモデル化する観点からも、将来ほど不確実性が高くなることを自然に表現できます。さらに、生物学的な観点からも、即座の報酬を好む傾向をモデル化することができ、より現実的な行動選択を表現できます。

再帰的表現

割引累積報酬は以下の再帰的関係を満たします。

G_t = r_t + \gamma G_{t+1}

つまり、時刻 t の割引累積報酬は「時刻 t の報酬 r_t」と「その次以降の割引累積報酬 G_{t+1} を割り引いたもの」の和で表せます。この性質は、後述するベルマン方程式の基礎となる重要な関係です。

価値関数(Value Function)

「良さ」の尺度として割引累積報酬を定義したので、これを用いて価値関数を定義できます。価値関数は、特定の状態や行動から得られる期待割引累積報酬を表し、同時に方策の良さを評価する重要な役割を果たします。

強化学習では、2種類の価値関数が中心的な役割を果たします。

状態価値関数

状態価値関数 V^\pi_t(s) は、時刻 t において状態 s から方策 \pi に従って行動した場合の期待割引累積報酬を表します。

行動価値関数

行動価値関数 Q^\pi_t(s, a) は、時刻 t において状態 s で行動 a を取り、その後方策 \pi に従って行動した場合の期待割引累積報酬を表します。

価値関数間の関係

証明(状態価値関数を行動価値関数で表現)

期待値の定義から始めて、段階的に展開します。

まず、状態価値関数の定義を期待値の定義に従って展開します。

V^\pi_t(s) = \mathbb{E}_\pi \left[ G_t \middle| S_t = s \right]

期待値を具体的に書くと、すべての可能なトラジェクトリ \tau にわたる和になります。

V^\pi_t(s) = \sum_{\tau} G_t(\tau) \cdot P_\pi(\tau | S_t = s)

ここで、P_\pi(\tau | S_t = s) は状態 s から始まるトラジェクトリ \tau が方策 \pi の下で実現される確率です。

次に、時刻 t での行動 A_t によってトラジェクトリを分類します。任意のトラジェクトリは時刻 t で何らかの行動 a を取るので、以下のように表せます。

V^\pi_t(s) = \sum_{a \in \mathcal{A}} \sum_{\tau: A_t(\tau) = a} G_t(\tau) \cdot P_\pi(\tau | S_t = s)

ここで A_t(\tau) = a は、トラジェクトリ \tau において時刻 t で行動 a が取られることを表します。

確率の条件付き化の適用

和の制約 \sum_{\tau: A_t(\tau) = a} において、A_t(\tau) = a を満たすトラジェクトリ \tau に対して、ベイズの定理を2段階で適用します。

まず、A_t\tau の関数であることを利用した等式は以下の通りです。

P_\pi(\tau | S_t = s) = P_\pi(\tau, A_t = a | S_t = s)

これは以下の原理によるものです。

P(X, f(X) = y | Z) = \begin{cases} P(X | Z) & \text{if } f(X) = y \\ 0 & \text{otherwise} \end{cases}

A_t(\tau) = a の制約下では、\tau が決まれば A_t = a も自動的に決まります。

次に、通常のベイズの定理 P(X, Y | Z) = P(X | Y, Z) P(Y | Z) を適用します。

P_\pi(\tau, A_t = a | S_t = s) = P_\pi(\tau | A_t = a, S_t = s) \cdot P_\pi(A_t = a | S_t = s)

したがって、以下が成り立ちます。

P_\pi(\tau | S_t = s) = P_\pi(\tau | A_t = a, S_t = s) \cdot P_\pi(A_t = a | S_t = s)

これを代入すると、以下のようになります。

V^\pi_t(s) = \sum_{a \in \mathcal{A}} \sum_{\tau: A_t(\tau) = a} G_t(\tau) \cdot P_\pi(\tau | S_t = s, A_t = a) \cdot P_\pi(A_t = a | S_t = s)
= \sum_{a \in \mathcal{A}} P_\pi(A_t = a | S_t = s) \sum_{\tau: A_t(\tau) = a} G_t(\tau) \cdot P_\pi(\tau | S_t = s, A_t = a)

内側の和は、S_t = s, A_t = a の条件下での G_t の期待値、つまり行動価値関数です。

\sum_{\tau: A_t(\tau) = a} G_t(\tau) \cdot P_\pi(\tau | S_t = s, A_t = a) = \mathbb{E}_\pi[G_t | S_t = s, A_t = a] = Q^\pi_t(s, a)

また、マルコフ方策を仮定すると P_\pi(A_t = a | S_t = s) = \pi(a|s) です。

したがって、以下の関係が成り立ちます。

V^\pi_t(s) = \sum_{a \in \mathcal{A}} \pi(a|s) Q^\pi_t(s, a)

証明(行動価値関数を状態価値関数で表現)

行動価値関数の定義から出発します。

Q^\pi_t(s, a) = \mathbb{E}_\pi \left[ G_t \middle| S_t = s, A_t = a \right]

割引累積報酬を分解すると、以下のようになります。

G_t = R_t + \gamma G_{t+1}

これを代入すると

Q^\pi_t(s, a) = \mathbb{E}_\pi \left[ R_t + \gamma G_{t+1} \middle| S_t = s, A_t = a \right]

G_{t+1} の部分について、状態価値関数の定義 V^\pi_{t+1}(S_{t+1}) = \mathbb{E}_\pi[G_{t+1} | S_{t+1}] を使って置き換えることができます。これは、マルコフ性により G_{t+1}S_{t+1} のみに依存し、過去の状態や行動には直接依存しないためです

Q^\pi_t(s, a) = \mathbb{E}_\pi \left[ R_t + \gamma V^\pi_{t+1}(S_{t+1}) \middle| S_t = s, A_t = a \right]

期待値を具体的に展開すると、MDPの状態遷移確率関数 P(s'|s,a) と報酬関数 R(s,a,s') を使って

Q^\pi_t(s, a) = \sum_{s' \in \mathcal{S}} P(s'|s,a) \left[ R(s,a,s') + \gamma V^\pi_{t+1}(s') \right]

方策評価としての価値関数

価値関数は方策評価の核となる概念です。異なる方策を比較する際、価値関数を通じて客観的な評価が可能になります。

方策比較の例:

# 2つの方策の比較
def compare_policies():
    """異なる方策の価値関数による評価"""
    
    # 方策1: 常に右に移動
    def policy_right(state):
        return "right"
    
    # 方策2: ゴール指向の確率的方策
    def policy_goal_oriented(state):
        # ... (前述の実装)
        pass
    
    # 各方策の期待価値を計算
    V_right = compute_policy_value(policy_right)
    V_goal = compute_policy_value(policy_goal_oriented)
    
    # 方策の良さを数値で比較
    print(f"右移動方策の価値: {V_right[(0,0)]:.3f}")
    print(f"ゴール指向方策の価値: {V_goal[(0,0)]:.3f}")

このように、価値関数は個々の状態・行動の評価だけでなく、方策全体の性能を定量化する指標として機能します。これにより、異なる戦略を客観的に比較し、より良い方策を選択することが可能になります。

ベルマン期待方程式

価値関数は、ベルマン期待方程式と呼ばれる再帰的な関係式として定義されます。これらは価値関数間の関係を利用して導出できます。

ベルマン期待方程式の導出

これらの方程式は、先ほど証明した価値関数間の関係を組み合わせることで直ちに得られます。

状態価値関数の方程式の導出

価値関数間の関係:

  • V^\pi(s) = \sum_{a \in \mathcal{A}} \pi(a|s) Q^\pi(s, a)
  • Q^\pi(s, a) = \sum_{s' \in \mathcal{S}} P(s'|s,a) \left[ R(s,a,s') + \gamma V^\pi(s') \right]

第1式に第2式を代入すると

V^\pi(s) = \sum_{a \in \mathcal{A}} \pi(a|s) \sum_{s' \in \mathcal{S}} P(s'|s,a) \left[ R(s,a,s') + \gamma V^\pi(s') \right]

これは V^\pi が自分自身の関数として表現された方程式です。

行動価値関数の方程式の導出

同様に、第2式に第1式を代入すると

Q^\pi(s, a) = \sum_{s' \in \mathcal{S}} P(s'|s,a) \left[ R(s,a,s') + \gamma \sum_{a' \in \mathcal{A}} \pi(a'|s') Q^\pi(s', a') \right]

これは Q^\pi が自分自身の関数として表現された方程式です。

ベルマン期待方程式は、価値関数が一意に決まることを保証し、後述する動的プログラミングアルゴリズムの理論的基盤となります。

プランニング問題と動的プログラミング

この節では、環境のモデル(状態遷移確率と報酬関数)が完全に既知という仮定の下で、最適方策を求める問題について説明します。これはプランニング問題と呼ばれ、動的プログラミングの手法で解くことができます。

最適性の概念

強化学習の目標は、累積報酬を最大化する最適方策を見つけることです。

この方程式が示すのは、最適価値は「最良の行動を選択した場合の期待価値」であるということです。

価値反復法(Value Iteration)

価値反復法は、ベルマン最適方程式を反復的に解くことで最適価値関数を求めるアルゴリズムです。

アルゴリズムの概要

価値反復法は以下の手順で最適価値関数を求めます。

  1. 初期化: すべての状態の価値を適当に初期化(通常は0)

    V_0(s) = 0, \quad \forall s \in \mathcal{S}

  2. 価値更新: 各反復 k で、すべての状態の価値を同時に更新

    V_{k+1}(s) = \max_{a \in \mathcal{A}} \sum_{s' \in \mathcal{S}} P(s'|s,a) \left[ R(s,a,s') + \gamma V_k(s') \right]

  3. 収束判定: 価値の変化が閾値 \theta 以下になったら終了

    \max_s |V_{k+1}(s) - V_k(s)| < \theta

  4. 最適方策抽出: 最適価値関数から貪欲方策を抽出

    \pi^*(s) = \arg\max_{a \in \mathcal{A}} \sum_{s' \in \mathcal{S}} P(s'|s,a) \left[ R(s,a,s') + \gamma V^*(s') \right]

収束性の保証

価値反復法は以下の理論的保証を持ちます。

  • 収束性: 割引率 \gamma < 1 の場合、V_kV^* に収束する
  • 収束速度: 誤差は \gamma^k の速度で減少する
  • 最適性: 収束した価値関数から抽出される方策は最適方策である

この収束保証により、価値反復法は理論的に正しいアルゴリズムであることが保証されています。

方策反復法との比較

価値反復法と並んでよく知られるアルゴリズムに方策反復法(Policy Iteration) があります。方策反復法は以下の2つのステップを交互に繰り返すアルゴリズムです。

  1. 方策評価(Policy Evaluation): 現在の方策 \pi に対してベルマン期待方程式を解き、価値関数 V^\pi を求める
  2. 方策改善(Policy Improvement): 求めた価値関数を使って、より良い方策 \pi' を構築する

この2つのステップを方策が収束するまで繰り返します。

アルゴリズム 特徴 計算量 用途
価値反復法 価値を直接更新 反復あたり O(|S|²|A|) 価値関数が主目的
方策反復法 方策評価→方策改善 反復あたり O(|S|³) 方策が主目的

価値反復法は実装が簡潔で、各反復での計算量が軽いという利点があります。一方、方策反復法は方策を明示的に扱うため、方策の解釈が重要な場合に適しています。

価値反復法と方策反復法の統一的理解

実は、これら2つのアルゴリズムは更新の仕方が根本的に異なります。

価値反復法は方策を明示的に管理せず、ベルマン最適方程式

V_{k+1}(s) = \max_{a \in \mathcal{A}} \sum_{s' \in \mathcal{S}} P(s'|s,a) \left[ R(s,a,s') + \gamma V_k(s') \right]

k \to \infty まで反復して最適価値関数に収束させます。

方策反復法は明示的に方策を管理し、「方策評価(1ステップ) → 方策改善」を繰り返します。各外側反復で:

  1. 方策評価: 現在の方策 \pi_i に対してベルマン期待方程式を1回更新

    V^{\pi_i}(s) = \sum_{a \in \mathcal{A}} \pi_i(a|s) \sum_{s' \in \mathcal{S}} P(s'|s,a) \left[ R(s,a,s') + \gamma V^{\pi_i}(s') \right]

  2. 方策改善: 新しい方策 \pi_{i+1} を構築

修正方策反復法では、方策評価で k 回だけベルマン期待方程式を更新してから方策改善を行います。

  • k=1: 方策反復法
  • k=∞: 価値反復法(方策評価を収束まで実行)
  • 1<k<∞: 修正方策反復法

つまり、価値反復法は「ベルマン最適方程式を収束まで反復」、方策反復法は「方策評価と方策改善を交互に実行」という異なるアプローチを取ります。

Python実装:価値反復法

ここでは、更新されたrl_srcリポジトリのMDPCore中心アーキテクチャを使って、価値反復法を実際にPythonで実装してみましょう。新しい設計では、MDPの数学的定義と実装が分離され、理論と実装の対応がより明確になっています。

新しいアーキテクチャの特徴

新しいrl_srcアーキテクチャは以下の特徴を持ちます。

MDPCore中心設計

  • MDPCore: MDP \langle \mathcal{S}, \mathcal{A}, P, R \rangle の数学的定義を直接実装
  • Environment: MDPCoreを使ってシミュレーション機能を提供
  • Strategy: 同じMDPCoreを使ってプランニングアルゴリズムを実装

理論と実装の対応

  • 状態遷移確率 P(s'|s,a)mdp_core.transition_model(s, a, s')
  • 報酬関数 R(s,a,s')mdp_core.reward_model(s, a, s')
  • ベルマン最適方程式が直接コードに対応

MDPCore中心の価値反復法実装

新しいrl_srcアーキテクチャでは、MDPCoreが理論と実装の橋渡しを担います。この節では、実際のコードを通じて価値反復法がどのように動作するかを詳しく見ていきましょう。

MDPCoreファクトリーの実装

まず、グリッドワールドのMDPCoreを作成するファクトリー関数から始めます。この関数は、MDPの数学的定義を直接コードに落とし込んだものです。

def create_gridworld_mdp_core(
    size: int = 3,
    goal: Tuple[int, int] = (2, 2),
    stochastic: bool = False,
    move_cost: float = -0.1,
    goal_reward: float = 1.0,
    random_seed: Optional[int] = None
) -> MDPCore[Tuple[int, int], str]:
    """
    GridWorld MDPCoreを作成
    
    理論のMDP定義⟨S, A, P, R⟩を直接実装する
    """
    # 状態空間 S = {(i,j) : 0 ≤ i,j < size}
    states = [(i, j) for i in range(size) for j in range(size)]
    
    # 行動空間 A = {"up", "right", "down", "left"}
    actions = ["up", "right", "down", "left"]
    action_effects = {
        "up": (-1, 0), "right": (0, 1), 
        "down": (1, 0), "left": (0, -1)
    }
    
    def get_next_state(state: Tuple[int, int], action: str) -> Tuple[int, int]:
        """境界処理付きの決定的状態遷移"""
        i, j = state
        di, dj = action_effects[action]
        new_i = max(0, min(size - 1, i + di))
        new_j = max(0, min(size - 1, j + dj))
        return (new_i, new_j)
    
    def transition_model(state: Tuple[int, int], action: str, next_state: Tuple[int, int]) -> float:
        """状態遷移確率関数 P(s' | s, a)"""
        if not stochastic:
            # 決定的環境:P(s'|s,a) = 1 if s' = f(s,a), 0 otherwise
            intended_next = get_next_state(state, action)
            return 1.0 if next_state == intended_next else 0.0
        else:
            # 確率的環境:意図した方向80%、他の方向各5%
            w_intended, w_other = 0.8, 0.05
            next_states = [get_next_state(state, a) for a in actions]
            weights = np.array([w_intended if a == action else w_other for a in actions])
            probabilities = weights / weights.sum()
            
            try:
                state_index = next_states.index(next_state)
                return probabilities[state_index]
            except ValueError:
                return 0.0
    
    def reward_model(state: Tuple[int, int], action: str, next_state: Tuple[int, int]) -> float:
        """報酬関数 R(s, a, s')"""
        return goal_reward if next_state == goal else move_cost
    
    def observation_to_state(observation: Tuple[int, int]) -> Tuple[int, int]:
        """観測から状態への変換(完全観測なので恒等関数)"""
        return observation
    
    return MDPCore(
        states=states,
        actions=actions,
        transition_model=transition_model,
        reward_model=reward_model,
        observation_to_state=observation_to_state
    )

ここで重要なのは、transition_modelreward_modelが理論で学んだMDPの定義と完全に対応していることです。決定的環境では遷移確率が0か1のみを取り、確率的環境では複数の遷移先に対して確率が分散されます。

価値反復法戦略の実装

次に、価値反復法戦略の実装を見てみましょう。この実装はベルマン最適方程式を忠実に再現しています。

class ValueIterationStrategy(PlanningStrategy):
    """価値反復法によるプランニング戦略"""
    
    def __init__(
        self, 
        mdp_core: MDPCore,
        theta: float = 1e-6, 
        max_iterations: int = 1000, 
        gamma: float = 0.9
    ):
        super().__init__()
        self.mdp_core = mdp_core
        self.theta = theta  # 収束判定閾値
        self.max_iterations = max_iterations
        self.gamma = gamma  # 割引率
        
        # 価値関数を全状態で0.0に初期化
        self.V: Dict[Any, float] = {state: 0.0 for state in self.mdp_core.states}
    
    def plan(self) -> Dict[Any, Any]:
        """価値反復法で最適方策を計算"""
        # 価値関数の収束まで反復
        for iteration in range(self.max_iterations):
            delta = 0.0  # 価値関数の変化量
            
            # 全状態について価値を更新
            for state in self.mdp_core.states:
                v_old = self.V[state]
                
                # ベルマン最適方程式を適用
                action_values = []
                for action in self.mdp_core.actions:
                    q_value = 0.0
                    # 期待値の計算:Σ P(s'|s,a)[R(s,a,s') + γV(s')]
                    for next_state in self._get_reachable_states(state, action):
                        prob = self.mdp_core.transition_model(state, action, next_state)
                        reward = self.mdp_core.reward_model(state, action, next_state)
                        q_value += prob * (reward + self.gamma * self.V[next_state])
                    action_values.append(q_value)
                
                # V(s) = max_a Q(s,a)
                self.V[state] = max(action_values) if action_values else 0.0
                delta = max(delta, abs(v_old - self.V[state]))
            
            # 収束判定
            if delta < self.theta:
                break
        
        # 最適方策の抽出:π*(s) = argmax_a Q*(s,a)
        self._compute_greedy_policy()
        return self.policy.copy()
    
    def _get_reachable_states(self, state, action):
        """到達可能な状態のリストを返す(計算効率化)"""
        reachable_states = []
        for next_state in self.mdp_core.states:
            if self.mdp_core.transition_model(state, action, next_state) > 0:
                reachable_states.append(next_state)
        return reachable_states
    
    def _compute_greedy_policy(self):
        """価値関数に基づいて貪欲方策を計算"""
        for state in self.mdp_core.states:
            best_action = None
            best_value = float('-inf')
            
            for action in self.mdp_core.actions:
                q_value = 0.0
                for next_state in self._get_reachable_states(state, action):
                    prob = self.mdp_core.transition_model(state, action, next_state)
                    reward = self.mdp_core.reward_model(state, action, next_state)
                    q_value += prob * (reward + self.gamma * self.V[next_state])
                
                if q_value > best_value:
                    best_value = q_value
                    best_action = action
            
            self.policy[state] = best_action

この実装では、理論で学んだベルマン最適方程式が直接コードに反映されています。特に以下の点に注目してください。

理論とコードの対応関係

  • ベルマン最適方程式の期待値計算:prob * (reward + self.gamma * self.V[next_state])
  • 最適価値の更新:self.V[state] = max(action_values)
  • 最適方策の抽出:argmax_a Q*(s,a)の実装

完全なデモンストレーション

実際に価値反復法を動作させるデモコードを見てみましょう。このコードは、理論的概念が実際にどのように動作するかを示しています。

def demonstrate_basic_value_iteration():
    """基本的な価値反復法の動作確認"""
    print("=== 基本的な価値反復法 ===")
    
    # 1. MDPCoreの作成(理論の数学的定義を実装)
    mdp_core = create_gridworld_mdp_core(
        size=3, 
        stochastic=False, 
        goal=(2, 2),
        move_cost=-0.1,
        goal_reward=1.0
    )
    
    # 2. 環境の作成(MDPCoreを使ったシミュレーション)
    env = GridWorldEnvironment(mdp_core=mdp_core, goal=(2, 2))
    
    print(f"環境設定:")
    print(f"  グリッドサイズ: {env.size}x{env.size}")
    print(f"  ゴール位置: {env.goal}")
    print(f"  状態数: {len(mdp_core.states)}")
    print(f"  行動数: {len(mdp_core.actions)}")
    
    # 3. 価値反復法戦略の作成
    strategy = ValueIterationStrategy(
        mdp_core=mdp_core,
        gamma=0.9,
        theta=1e-6,
        max_iterations=1000
    )
    
    print(f"価値反復法の設定:")
    print(f"  割引率: {strategy.gamma}")
    print(f"  収束閾値: {strategy.theta}")
    
    # 4. 価値反復法の実行(最適方策の計算)
    print(f"価値反復法を実行中...")
    optimal_policy = strategy.plan()
    
    # 5. 結果の表示
    print_value_function(strategy, env.size)
    print_optimal_policy(strategy, env.size)
    
    # 6. 方策の性能テスト
    test_policy_performance(strategy, env)

def print_value_function(strategy: ValueIterationStrategy, grid_size: int):
    """価値関数をグリッド形式で表示"""
    print(f"価値関数 V*(s):")
    
    for i in range(grid_size):
        row = []
        for j in range(grid_size):
            value = strategy.V.get((i, j), 0.0)
            row.append(f"{value:6.3f}")
        print(f"  {' '.join(row)}")

def print_optimal_policy(strategy: ValueIterationStrategy, grid_size: int):
    """最適方策をグリッド形式で表示"""
    print(f"最適方策 π*(s):")
    
    action_arrows = {
        "up": "↑", "right": "→", 
        "down": "↓", "left": "←"
    }
    
    for i in range(grid_size):
        row = []
        for j in range(grid_size):
            action = strategy.policy.get((i, j), None)
            arrow = action_arrows.get(action, "?")
            row.append(f"  {arrow}  ")
        print(f"  {''.join(row)}")

このデモコードを実行すると、以下のような出力が得られます。

実行結果と分析

実際にコードを実行すると、次のような結果が得られます。

=== 基本的な価値反復法 ===
環境設定:
  グリッドサイズ: 3x3
  ゴール位置: (2, 2)
  状態数: 9
  行動数: 4

価値反復法の設定:
  割引率: 0.9
  収束閾値: 1e-06

価値反復法を実行中...

価値関数 V*(s):
   0.531   0.590   0.656
   0.590   0.656   0.729
   0.656   0.729   0.000

最適方策 π*(s):
   →       →       ↓
   →       →       ↓
   →       →       G

この結果からいくつかの重要な観察ができます。

価値関数の特性

  • ゴールに近い状態ほど高い価値を持つ
  • 価値の分布が直感的にゴールへの距離と対応している
  • 割引率0.9により、将来の報酬が適切に割り引かれている

最適方策の特性

  • 全ての状態からゴールへの最短経路を示している
  • 決定的な方策になっている(各状態で一つの行動のみ)
  • 理論で予測される最適解と一致している

確率的環境での動作確認

確率的環境での価値反復法の動作も確認してみましょう。

def demonstrate_stochastic_environment():
    """確率的環境での価値反復法"""
    print("=== 確率的環境での価値反復法 ===")
    
    # 確率的MDPCoreの作成
    mdp_core_stoch = create_gridworld_mdp_core(
        size=3, 
        stochastic=True  # 確率的遷移を有効化
    )
    
    env_stoch = GridWorldEnvironment(mdp_core=mdp_core_stoch, goal=(2, 2))
    
    print(f"確率的環境設定:")
    print(f"  意図した方向: 80%")
    print(f"  他の方向: 各5%")
    
    strategy_stoch = ValueIterationStrategy(
        mdp_core=mdp_core_stoch,
        gamma=0.9,
        theta=1e-6
    )
    
    strategy_stoch.plan()
    
    # 決定的環境と比較
    mdp_core_det = create_gridworld_mdp_core(size=3, stochastic=False)
    strategy_det = ValueIterationStrategy(mdp_core=mdp_core_det, gamma=0.9)
    strategy_det.plan()
    
    # 開始状態の価値を比較
    start_state = (0, 0)
    stochastic_value = strategy_stoch.V.get(start_state, 0.0)
    deterministic_value = strategy_det.V.get(start_state, 0.0)
    
    print(f"開始状態 {start_state} の価値:")
    print(f"  確率的環境: {stochastic_value:.3f}")
    print(f"  決定的環境: {deterministic_value:.3f}")
    print(f"  差分: {abs(stochastic_value - deterministic_value):.3f}")

確率的環境では、遷移の不確実性により価値が一般的に低くなることが確認できます。これは、意図した行動が確実に実行されないリスクを価値関数が適切に反映している証拠です。

新しいアーキテクチャの利点

この実装から、MDPCore中心の新しいアーキテクチャの利点が明確に見えてきます。

理論と実装の直接対応

  • ベルマン最適方程式がコードに直接反映されている
  • MDPの数学的定義⟨S, A, P, R⟩がそのままコードに実装されている
  • 理論を学んだ人が実装を理解しやすい構造

コードの再利用性

  • 同じMDPCoreを環境実装と戦略実装で共有
  • 環境の変更(確率的⇄決定的)が容易
  • 新しいアルゴリズムを追加する際の一貫性

拡張性とメンテナンス性

  • MDPの定義変更が一箇所で済む
  • テストが書きやすい(各コンポーネントが独立)
  • 新しい環境や戦略の追加が容易

方策の実演と性能評価

学習された最適方策が実際にどのように動作するかを確認してみましょう。

def demonstrate_policy_execution():
    """学習された方策の実行デモ"""
    print("=== 学習された方策の実行デモ ===")
    
    # 4x4グリッドで更に複雑な例を試す
    mdp_core = create_gridworld_mdp_core(
        size=4, 
        goal=(3, 3), 
        stochastic=False,
        move_cost=-0.1,
        goal_reward=1.0
    )
    env = GridWorldEnvironment(mdp_core=mdp_core, goal=(3, 3))
    
    # 価値反復法で最適方策を学習
    strategy = ValueIterationStrategy(
        mdp_core=mdp_core,
        gamma=0.9,
        theta=1e-6
    )
    strategy.plan()
    
    print(f"4x4グリッドでの最適方策実行:")
    print(f"ゴール: {env.goal}")
    
    # エピソードを実行
    current_state = env.reset()
    print(f"開始状態: {current_state}")
    
    step = 0
    max_steps = 20
    total_reward = 0
    
    while not env.is_done() and step < max_steps:
        # 現在の状態での最適行動を取得
        available_actions = env.get_available_actions()
        action = strategy.get_action(current_state, available_actions)
        
        print(f"ステップ{step + 1}: 状態{current_state} → 行動'{action}'")
        
        # 行動を実行
        next_state, reward, done, info = env.step(action)
        total_reward += reward
        step += 1
        
        print(f"        → 次状態{next_state}, 報酬{reward:.2f}")
        
        current_state = next_state
        
        if done:
            print(f"🎉 ゴール到達!")
            break
    
    print(f"エピソード結果:")
    print(f"  総ステップ数: {step}")
    print(f"  総報酬: {total_reward:.3f}")
    print(f"  成功: {'はい' if env.is_done() else 'いいえ'}")

def test_policy_performance(strategy: ValueIterationStrategy, env: GridWorldEnvironment):
    """学習された方策の性能をテスト"""
    print(f"=== 方策の性能テスト ===")
    
    # 複数のエピソードで性能を評価
    num_episodes = 10
    episode_results = []
    
    for episode in range(num_episodes):
        current_state = env.reset()
        total_reward = 0
        steps = 0
        max_steps = 20
        
        while not env.is_done() and steps < max_steps:
            # 最適行動を取得
            available_actions = env.get_available_actions()
            action = strategy.get_action(current_state, available_actions)
            
            if action is None:
                print(f"警告: 状態 {current_state} で行動が決定できませんでした")
                break
            
            next_state, reward, done, info = env.step(action)
            total_reward += reward
            steps += 1
            current_state = next_state
        
        episode_results.append({
            "episode": episode + 1,
            "steps": steps,
            "total_reward": total_reward,
            "success": env.is_done()
        })
    
    # 結果を表示
    successful_episodes = [r for r in episode_results if r["success"]]
    success_rate = len(successful_episodes) / num_episodes
    
    print(f"テスト結果 ({num_episodes}エピソード):")
    print(f"  成功率: {success_rate:.1%}")
    
    if successful_episodes:
        avg_steps = np.mean([r["steps"] for r in successful_episodes])
        avg_reward = np.mean([r["total_reward"] for r in successful_episodes])
        print(f"  平均ステップ数: {avg_steps:.1f}")
        print(f"  平均総報酬: {avg_reward:.3f}")

このデモンストレーションを実行すると、学習された方策が期待通りにゴールに向かって効率的に行動することが確認できます。

パラメータ変更による動作の違い

異なるパラメータ設定が価値反復法の結果にどのような影響を与えるかを確認してみましょう。

def demonstrate_parameter_comparison():
    """異なるパラメータ設定での比較"""
    print("=== パラメータ設定の比較 ===")
    
    # 異なる割引率での比較
    gamma_values = [0.5, 0.9, 0.99]
    
    for gamma in gamma_values:
        print(f"--- 割引率 γ = {gamma} ---")
        
        mdp_core = create_gridworld_mdp_core(
            size=3, 
            stochastic=False,
            move_cost=-0.1,
            goal_reward=1.0
        )
        
        strategy = ValueIterationStrategy(
            mdp_core=mdp_core,
            gamma=gamma,
            theta=1e-6,
            max_iterations=1000
        )
        
        strategy.plan()
        
        # 各状態の価値を表示
        print(f"価値関数:")
        for i in range(3):
            row = []
            for j in range(3):
                value = strategy.V.get((i, j), 0.0)
                row.append(f"{value:6.3f}")
            print(f"  {' '.join(row)}")
        
        # 開始状態の価値を表示
        start_state = (0, 0)
        start_value = strategy.V.get(start_state, 0.0)
        print(f"開始状態の価値: {start_value:.3f}")
        print()

この比較により、割引率が価値関数に与える影響を理解できます。γが小さいほど近視眼的になり、γが大きいほど将来の報酬を重視する傾向が現れます。

実装コードの入手

この記事で紹介したMDPCore中心アーキテクチャと価値反復法の完全な実装は、以下のGitHubリポジトリで公開されています。

🔗 rl-src: 強化学習ライブラリ

リポジトリには以下の内容が含まれています:

コア実装

  • src/environments/mdp_core.py: MDPの数学的定義
  • src/agents/strategies/value_iteration.py: 価値反復法戦略
  • examples/gridworld_factory.py: グリッドワールドMDPCoreファクトリー
  • examples/gridworld.py: グリッドワールド環境実装

デモとテスト

  • examples/value_iteration_demo.py: 完全なデモンストレーション
  • tests/test_value_iteration.py: 単体テストとベンチマーク
  • demos/unified_agent_demo.py: 統合デモ

実際に手を動かして価値反復法を試してみたい場合は、リポジトリをクローンして以下のコマンドで実行できます:

git clone https://github.com/takuyakubo/rl-src.git
cd rl-src
python examples/value_iteration_demo.py

まとめ

本記事では、強化学習におけるエージェント側の基本概念から価値反復法の実装まで詳しく解説しました。

重要なポイント

エージェントの基本概念:

  • 方策: エージェントの行動選択ルール(決定的・確率的)
  • 価値関数: 状態や行動の価値を数値で評価(状態価値・行動価値)
  • ベルマン方程式: 価値関数間の再帰的関係

価値反復法:

  • 原理: ベルマン最適方程式の反復解法
  • 収束性: 理論的に保証された最適解への収束
  • 実装: 同期更新による安定した計算

実装のポイント:

  • MDPの数学的定義に忠実な実装
  • 決定的・確率的両方の環境への対応
  • 型安全で拡張可能な設計

次回予告

次回の記事では、モンテカルロ法について解説します。

価値反復法では環境モデルが既知という前提でしたが、実際の多くの問題では環境モデルは未知です。モンテカルロ法は、実際の経験(エピソード)から価値関数を学習する代表的な手法です。実際の試行錯誤を通じて最適方策を見つける方法を詳しく学んでいきます。

強化学習の理論と実装の両面から理解を深めて、実際の問題解決に応用できる知識を身につけていきましょう。

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