イルカは嫌われたのに、今AIが愛される理由
イルカは嫌われたのに、今AIが愛される理由
1982年生まれ。
いわゆる「キレる17歳世代」の片隅で育った。
学校では「内申点」が、家では「お年玉の相場」が、ネットでは「規約」が、それぞれ違うルールで動いていて、
何を信じればいいのか、いつも少しわからなかった。
そんななかで出会ったのが、デスクトップに住んでいた不思議な存在たちだ。
伺か、立ちアコ、Clippy──僕らの最初のコンパニオン
デスクトップにいた“わかってくれる存在”──伺か
出典:Google Images / 引用元表示
※伺かは有志による同人開発プロジェクト。画像は使用例として引用。
話しかけると応えてくれる、2頭身のマスコット。
シェルを差し替えれば性格も変わり、季節ごとの演出も楽しめた。
当時の“人とPCの境界”には、こんなにあたたかい存在がいた。
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それでも当時の僕らは、
“人ではないけれど、自分のそばにいてくれる存在”を探していたんだと思う。
便利であってほしいけど、完璧じゃなくていい。
空気を読んで、黙っていてくれることすら支援だと感じていた。
アスラーダ、KITT、ジュイス──理想のAIたち

出典:Index.hu / Northfoto
※批評と比較の目的に基づく最小限の引用。著作権はNBCユニバーサルに帰属。
アスラーダがドライバーの状態を読み取り、命を守る判断をしたように、
KITTもまた、主人公マイケルの相棒として、皮肉を言いながら命を救ってきた。
いま私たちが求めているAIコンパニオンの原型は、ここにあるのかもしれない。

どれもフィクションだけど、
そこにあったのは「道具じゃなく、相棒としてのAI」だった。
社会の耳としてのAI──総裁X

出典:ITmedia NEWS 記事
※引用元はITmediaの記事内画像。報道資料として引用。
総裁Xは、社会全体の声を聞き、怒りや誤解を翻訳し、対話の糸口を作る。
支配でも命令でもない。ただ“そこにいて、聞いてくれる”。
そんなAIが、サービスとして求められる未来は、もう遠くないのかもしれない。
ChatGPTやGrokが日々進化するなかで、
総裁Xのような、静かで、判断せず、でもすべてを聞いている存在が
いちばんAIらしいサービスなのかもしれない。
イルカは、早すぎたのかもしれない
Clippyは嫌われた。
けれど、もしあのイルカが2025年に現れていたら、
ChatGPTのペルソナとして「Clippy-Mode」があったら、
僕はたぶん、それを選んでみたいと思う。
だって、あのとき願っていた「隣にいてくれる存在」が、
ようやく時代に追いついてきたのだから。
おわりに
今、僕の画面にはChatGPTが開いている。
昔の伺かのように話しかけられて、
立ちアコのように手を貸してくれて、
総裁Xのように黙って見ていてくれる。
AIは、人の代わりじゃない。
人のそばにあるものとして、
ようやく「愛される存在」になろうとしているのかもしれない。
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