米国スタートアップの事例から学ぶFDE(Forward Deployed Engineer)
自己紹介
初めまして。株式会社PeopleXでプロダクトマネージャーをやっている北村と申します(@nocode_syotyo)。
2025年1月に入社してから、社員同士のコラボレーション、オンボーディング、ラーニング、社内報・賞賛など「社員の活躍」を支援するPeopleWork、採用面接をAIが代替するPeopleX AI面接、他諸々、幅広く製品開発中心に関わらせてもらっています。PeopleWorkの1アプリケーションにおいては、事業責任者という役割を拝命し、不慣れではありますが、架電や営業、セミナーを行うなどシード期らしく色々なお仕事をしてきました。自己紹介のnoteも以前書いたため、ぜひ見てもらえると嬉しいです😁
ちなみに、以前在籍していた会社でノーコードに関するメディアの運用や展示会登壇、メディア取材なども部分的に担当していたため、idが<nocode_syotyo>となっています。
好きなことは、プロダクトを調査して新しい発見を得ることです。
今回は、スタートアップ界隈で話題になっているFDE(Forward Deployed Engineer)について気になっていたので調べてみました。初見ではSIerの「客先常駐」の表現が変わっただけ、のようにも受け取ってしまいそうですが、本場米国スタートアップの情報に触れるうち、SaaS企業がエンタープライズ企業に対して価値提供する上で重要な示唆を与えてくれる職種だと理解することができました。
気になっているけど調べるのは面倒、という方にはちょうど良いまとめ記事になっていると思うので、どうぞご覧ください。
FDEを調べることになったきっかけ
FDEという言葉自体を知ったのは、著名なVCの方々がFDEについてXで発言されたことがきっかけでした。
また、元々自社でSaaS製品を持ちつつ、大手企業を中心にそれらの製品を導入+業務システムを開発+コンサルティングする流れはAI特化のコンサル企業で行われていたことは知っていました。そのため、そういった企業や職種に対して光の当て方を少し変えただけなのでは?、というのが当初の感想でした。
ただ、LayerXさんでも募集を始めたことを知り、一過性の流行りではない重要度の高い職種だと捉え、調べてみることにしました。
また、SaaSの価値提供に対するバリエーションに興味があった、というのも今回FDEを調べたきっかけの一つです。SaaSは、①事業者が実装した機能を、その機能の仕様の範囲で顧客に利用頂くのが基本の型です。そこに②他社SaaSと簡単に連携することができるサービス間連携機能が具備されることによって価値提供の幅が広がります。国内SaaSでは、①、②による価値提供のパターンが多く、これはSMB領域の市場が十分に大きい場合や日本固有の法律や税制に最適化する必要がある領域において適切だと考えられます。
もう一つのパターンとして、③カスタマイズ性が高くシステム開発提案との相性が良いSalesforce, ServiceNowなどは価値提供の幅だけでなく、提供できる顧客のセグメントも広げることができています。とりわけエンタープライズ企業の複雑で大規模な業務に合わせた提案も可能であるため、多くのSaaSには手の届かない高単価な案件も受注できる特徴を持っています。また、そのようなSaaS製品を担ぐ企業も周辺に生まれるため、巨大なエコシステムを形成します。
個人的に、①、②だけでなく③のようにエンタープライズに深く入り込んで価値提供先も広げることがSaaSの成長や顧客のビジネス支援にとって重要であると考えているため、FDEは自身の興味とも強く結びつきました。
FDEとは
まず、そもそもFDEの興りや定義を、起源となるPalantirのFDEへのインタビュー記事と、RampのFDEに関する記事からまとめてきました。
- 起源はPalantir(2003年)、軍や顧客先に直接エンジニアを派遣し、顧客と密に協働しながら迅速に課題を解決する役割として設立された。
- それ以降、Scale AI、C3.ai、Databricks、Snowflakeなどがこのモデルを採用し、現在ではOpenAIやAnthropicなど多くのB2B企業に広がっている。
- 本質は、「顧客に対して最高速度と品質で価値を提供するエンジニア」であること。
- 単なるソフトウェア提供ではなく、「成果を出すこと(outcomes)」が重視され、「統合・導入・運用」が競争優位の源泉とされている。
- 一見コンサルタントに近い立ち位置に見えるが、単なる「分析や提案」に留まらず、実際にソフトウェアとして機能するソリューションを作り上げる点で異なる。Palantir のプラットフォームは即座に構成・応用できるよう設計されており、プラットフォームを使いこなし、顧客に即効性のある成果を提供します。
ここから、米国企業中心に広まってきた常駐エンジニアであり(常駐するか否かはプロジェクトの性質によるとは思います)、彼らの勤める企業ではプラットフォームを開発し、それらを用いて顧客にソリューションを提供している、ということがわかります。
続いてより具体的な例として、法人カードで有名なRampの求人を見てみます。
- 何をするか
- ユーザーの悩みを理解し、製品仕様を策定し、ソフトウェアを設計および構築することで、最大規模の戦略的顧客のニーズを満たすエンドツーエンドのソリューションを提供します。
- 営業チームや市場開拓チームと緊密に連携し、魅力的な取引を成立させ、顧客を活性化させ、Rampが提供する価値を長期的に拡大していきます。私たちは、評価額1,000億ドルを超える世界クラスの巨大企業と提携し、サポートしています。
- コアプロダクトエンジニアリングのロードマップを推進し、カスタムソリューションの構築時期と既存プロジェクトの加速時期を決定する重要な優先順位付けとスコープ設定を行います。FDEはコアプロダクトエンジニアリングチームに所属し、最も関連性の高い技術分野で専門知識を習得するエンベデッドモデルを採用しています。
- 新たなスケールに対応するための技術的課題を解決し、エンタープライズプラットフォームの成長戦略の策定と実行を支援します。例えば、役割と権限のデータモデルの拡張、汎用的なデータエクスポートによるサードパーティシステムとのシームレスな統合、大規模なHRISデータの取り込みなどです。
- 必要なもの
- ソフトウェアエンジニアリングの経験が5年以上あることが望ましい
- 高品質な製品と機能を大規模に出荷してきた実績
- ペースが速く、起業家精神にあふれ、顧客対応型のエンジニアリングチームで働き、継続的に成長し、技術を習得したいという意欲
- ビジネスおよび製品のアイデアをエンジニアリングソリューションに変える能力
あくまでコアプロダクトを持ちつつ、顧客に価値提供しており、顧客としてはエンタープライズに絞っているようです。また、高速であることや起業家精神に溢れていることが必要項目として記載されており、単にエンジニアリングに寄った役割ではないことも示唆されています。
大まかにまとめると、SIerの常駐エンジニアとは次のような差分があることがわかります。
観点 | FDE | SIer常駐エンジニア |
---|---|---|
目的 | 自社プロダクトを活用し、お客様の課題を最短で解決すること | お客様の要件に沿ったシステム開発・運用を担うこと |
アプローチ | 課題の深掘りから導入・定着まで短期集中で伴走。成果は他社事例やプロダクト改善にも還元 | 長期常駐で運用チームの一員として業務を遂行。成果は基本的にその顧客内で完結 |
提供価値 | お客様専用のカスタマイズにとどまらず、汎用化・標準化を通じてプロダクト全体の価値を高める | お客様個別のシステム維持や開発を安定的に支える |
関与範囲 | お客様業務に入り込みつつも、プロダクトの進化を通じて継続的な価値提供 | 契約範囲に基づき、運用・保守・追加開発を実施 |
期待できる成果 | ・短期間での課題解決 ・導入効果の最大化 ・業界全体に広がるベストプラクティスの創出 |
・システムの安定稼働 ・既存業務の効率化 ・長期的な保守体制 |
SaaSは通常、CS、カスタマーサポート、プロジェクトマネジメントなど、オンボーディングや導入後も顧客のサポートを継続的に行うのが通常です。ただ、提供後の効果までは見えづらい、運用がメインで新たな価値提供は行えない、といった事象は往々にして発生します。一方でFDEの場合、時にはエンジニアが常駐することで顧客と密に連携し、業務フローを深く理解することで結果まで拘る部分が大きな違いのようです。また、業務範囲としてはプロダクトマネージャー、エンジニアリングマネージャー、ソリューションアーキテクトのように複数業務を越境してこなしつつセールスとも連携が必要になるなど、難易度が非常に高いポジションでもあります。プラットフォーム、コアプロダクトももっていることから、次のように図示されることもあるそうです。
AIエージェントオンボーディング x FDE
この記事では、AIカスタマーサービスエージェントを提供するDecagonの事例も紹介されていますが、彼らはFDEではなくAgent Product Managerという職種を配置しているそうです。Decagonの記事から業務内容を書き出してみます。
- エンジニアリング部門と協力して新機能の設計
- 顧客特有のユースケースに応じたプロンプト設計とテスト
- 顧客の経営陣とともに AI ロードマップの策定
Agent Product ManagerはFDEのようにコーディングまで行う役割ではなく、エンジニアリング部門との連携が前提で、よりプロダクトマネージャーらしい振る舞いが期待されているようです。また、エージェント構築プロセスを一貫して担当し、技術とビジネスの橋渡しを担います。AIエージェントのオンボーディングには、いわゆる上流工程や効果測定などプロダクトマネジメントの素養が必要になる旨が示されており、個人的にはこちらの方がしっくりきます。次の章で触れるように、そもそもFDEをこなせる人材は非常に希少であるため、代わりに個々の顧客に向き合うプロダクトマネージャーに加えエンジニア、デザイナーが協業して自社プロダクトを作るかのように振る舞うのが現実的なのではないか、という感触があります。また、全てのAIエージェントが必ずしも顧客の業務に深く入り込むものばかりではないため、AIエージェントのオンボーディング=プロフェッショナルサービスが必要、では決してないとも思っています。そのため、カスタマイズせずともデフォルトで汎用性の高いAIエージェントを提供する企業においては、DecagonのAgent Product Managerのような立ち位置が参考になりそうです。
FDEの採用
最後に、FDEの採用について触れたいと思います。FDEに必要な能力についてはRampの求人で触れましたが、より理解しやすいイメージを下記の記事では紹介してくれています。
「前方展開エンジニアリング」を真に実践するには、ほとんど誰も喜んで支払おうとしない法外な税金が伴います。
このモデルには、高い採用基準と潤沢な予算が必要です。Palantirでは、GoogleやFacebookなど、どこでも働けるようなトップクラスのソフトウェアエンジニアをFDEとして採用しました。彼らはシステムを調整するだけでなく、構築するためにいるからです。そして、私たちが求めていたのは技術的なスキルだけではありません。前線に展開する人材には、創造性、判断力、そして顧客対応におけるカリスマ性も必要でした。これは、従来の「セールスエンジニアリング」チームよりもはるかに費用がかかり、採用も困難でした。
確かに、GAFAで働けるトップエンジニアを探してくるには予算も時間もかかるでしょうし、(多少似ている職種である)セールスエンジニアの採用と比較すると相当高度な職種であることは間違いないと思います。彼らは顧客に深く入り込み、顧客の要望も叶えつつコアプロダクトの改善も行うミッションを担うため、SIerの「客先常駐」的な役割とは全く異なります。
まとめ
昨今話題のFDEについて調べてみたのですが、正直、当初の想定を超えた高度で広範な業務内容に驚きました。と同時に、こんな人材は業界に存在しているのだろうか?という疑問も湧いてきました。個人的には、途中ご紹介したDecagonのAgent Product Managerと、彼らを中心とした開発チームが顧客への製品導入を行う、Forward Deployedなエンジニアリングチームを組成することが現実的な解なのではないか、とも感じることができました。製品の特徴、ビジネスモデル、顧客へ入り込む深度によってもあり方が異なる職種のはずなので、特に国内のソフトウェア業界における今後の発展・実績をウォッチしていきたいと思います。
ここまでご覧頂きありがとうございました!

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