なぜ、IT業界"にわか"層は「Web系がSIerに比べて技術的に優位」という幻想を抱くのか?
はじめに
IT業界においてWeb系とSIerを比較する議論は長年繰り返されてきましたが、その多くは技術的優劣という形で語られています。
しかしこの議論をよく観察すると、技術そのものではなく認知の歪みが話題の中心に据えられていることが分かります。
とりわけITのにわか層においては、Web系は技術的に優位でSIerは劣位であるという単純化された幻想が強固に信じられています。
本稿では、この幻想がどのような構造によって生まれ、なぜ再生産され続けるのかを論理的に整理します。
議論の対象は技術文化ではなく、人事文化とマネジメント構造、そしてそれを誤認する人間側の認知メカニズムです。
技術は個人にしか宿らないという前提の欠落
技術は組織や業界に自動的に蓄積されるものではなく、あくまで個人の思考と試行錯誤の結果として身につくものです。
この当たり前の前提が抜け落ちた瞬間、「場所に行けば技術が身につく」という誤解が生まれます。
Web系というラベルが、あたかも技術力を付与する魔法の環境であるかのように語られるのはこのためです。
実際には、考え続けた人だけが技術を獲得し、考えない人はどこにいても何も残りません。
技術は人に宿る、環境は確率を変えるだけ、自動付与は存在しない、この三点を無視した議論はすべて幻想です。
人事文化やマネジメント文化との混同
Web系とSIerの違いは技術文化ではなく、人事評価の軸とマネジメントの設計思想にあります。
Web系ではアウトプットが短い周期で可視化されるため、個人の成果が評価に直結しやすい構造を持ちます。
一方SIerでは分業と調整が前提となり、説明責任や役割遂行が評価の中心になります。
この違いを見たにわか層は、評価軸の違いをそのまま技術力の差と誤認します。
評価構造、役割設計、責任分散というマネジメント上の差異が、技術文化の差として誤変換されているのです。
可視性バイアスと生存バイアス
Web系は成果物が外部に公開されやすく、GitHubや技術ブログなどを通じて技術的アウトプットが目に入りやすい環境です。
この可視性の高さが、「Web系には優秀な技術者が多い」という印象を強化します。
しかしこれは単なる観測可能性の問題であり、実態の分布とは一致しません。
さらにWeb系では技術的に尖った人が目立ちやすく、そうでない人が視界から消えやすいという偏りがあります。
可視性、選択的観測、生存者偏重という認知バイアスが、幻想を補強しています。
経済合理性と人材分布の現実
人材の分布は理想論ではなく経済条件によって決まります。
高い給与、安定した雇用、大規模な採用母集団を維持できるのは、どうしても大企業になります。
日本において大企業の多くがSIer側に存在する以上、優秀な人材の絶対数はSIerに多く集まります。
Web系は密度では優れて見えても、人数と資金力の差を覆すことはできません。
給料水準、会社規模、知名度、母集団サイズという現実要因が、最終的な人材分布を規定しています。
SIerが人をだめにする構造とその誤解
SIerという組織が多くの人をだめにしてしまうのは事実です。
しかしそれは技術文化が劣っているからではなく、技術を深く考えなくても生存できるレーンを大量に用意しているからです。
この構造は人を選別しない代わりに、人を鍛えもしません。
その結果として成長しない人が大量に残り、外部からは「技術的に弱い集団」に見えます。
構造的温存、非選別性、成長不要ルートという特徴が、文化論として誤って語られているのです。
にわか層が幻想を欲しがる心理
にわか層がWeb系技術優位論に強く惹かれるのは、裏技への期待と自己正当化の欲求があるからです。
努力や思考を積み重ねるよりも、正しい場所に行けば解決するという物語は非常に魅力的です。
また、自身の立場を誇る、あるいは嘆くためのポジショントークとしても文化論は便利です。
この種の議論では真偽は重要ではなく、感情の整合性が優先されます。
裏技願望、責任転嫁、自己物語化が、幻想を必要とする動機です。
「技術文化」という幻想上の言葉
技術文化という言葉は、本来は思考の深さや問題解決姿勢を指すはずのものです。
しかし現実の議論では、単なる業界ラベルや雰囲気の話に矮小化されています。
Web系という言葉に付与される先進性のイメージが、技術文化と短絡的に結びつけられます。
これは概念の乱用であり、議論の精度を著しく下げます。
概念混同、ラベル依存、定義不在が、誤った理解を固定化させています。
まとめ
ITのにわか者がWeb系をSIerより技術的に優位だと信じる理由は、技術の問題ではありません。
それは個人要因を無視し、評価構造を誤認し、認知バイアスに流され、経済合理性を見落とした結果です。
SIerは多くの人をだめにする構造を持っていますが、それは所属する人間の技術の低さを意味しません。
Web系が強く見えるのは密度と可視性の問題であり、分布全体を見ればどっこいどっこいに収束します。
技術は個人に宿る、人は金と規模に集まる、この二点を直視しない限り、この幻想は繰り返され続けるでしょう。
Discussion
何故醤油は和食より美味しいと考えられるのか
はじめまして、質問させていただきたいです
自分が全然わかってないからですが、比較としてweb系に対してはそれこそ組み込みやネイティブが浮かぶのですが、この場合のweb系というのはまた意味合いが違うものなのでしょうか
ご質問ありがとうございます。
上記は、プログラミングの階層が低レベルか高レベルかの違いの話をされているということでしょうか。Web系=高レベル、組込み・OS=低レベルって感じでしょうか。
私は大手SIer所属の組込みエンジニアではありますが、これはかなりレアであり、SIerのお仕事の大体は高レベルです。Web関連の受注は山のようにあります。だから上記のような区別はそもそもできません。
私は、世間一般の認識である以下の対比(これもある意味デタラメだが)を前提に話をしております。
Web系:自由な風土・アジャイル・自社サービス開発
SIer:JTC・ウォーターフォール・ユーザー企業から請負で受注
回答ありがとうございます
僕は中小のsierの経験はありますが、半分以上は派遣やsesで仕事しています。
構造的な階層で言うとたしかに縦のイメージなのはわかるのですが、たとえばプロジェクトへのアサインを考えたときに、技術や経歴に対しては別けるならwebか、ネイティブか、組み込みか、みたいなイメージでした。
なので、技術レベルが畑間でどう見えてるかというのは自分にはない感覚だったので、気になり質問させていただきました。
やはり、ちょっとニュアンスの異なる話だったようで、勉強になりました。
accidentg7さんはWebスキルというのを個人属性として考えていらっしゃるわけですよね。
そうであれば、私が記事に書いた話で説得しようとしている人間とは完全に別ということになります。
私の主張は「accidentg7さんのように考えよ」ということなのですから。
以下にSIerとWeb系の分類の仕方の基準を載せましたので、私の理論はこれベースだという点をご理解いただけると幸いです。
ありがとうございます、勉強させていただきます。
興味深い視点の記事でした。いくつか議論を深めたい点があります。
「確率」についての理解
まさにこの点、同意です。ただ多くの人が問題視しているのは、その確率差が実務レベルで無視できない大きさだという点ではないでしょうか。
Web系では自分でコードを書き、レビューを受ける機会が相対的に多く、SIerでは外注管理や調整業務の比重が高くなりがちです。この「確率の違い」は、キャリア形成において重要な要素だと考えています。
マネジメント構造と実務内容
人事文化やマネジメント文化の違いというご指摘、その通りだと思います。
ただ、そのマネジメント構造の違いが、日々の実務内容(コードを書くか、Excelを書くか)を規定し、結果として技術習得の機会に差が出るのではないでしょうか。構造の問題と技術習得の問題は、切り離せない関係にあると感じます。
技術選定の自由度
もう一点、技術選定の自由度についても考慮が必要かもしれません。
SIerでは顧客の既存システムに合わせる必要があり、Web系では自社で技術スタックを選択できることが多い。この違いも、学習機会の質に影響すると思います。
全体として
「個人の努力が最も重要」という主張には同意します。ただ、環境による確率差を認識した上でキャリア選択することも、合理的な判断ではないでしょうか。
SIerにも優秀な方は多くいますし、Web系にも成長しない人はいます。それでも構造的な違いは存在するように思います。
👆の ya さんような議論が始まりやすいのも、このテーマが言うところの「幻想」を鏡の裏から見ているからのような気がします。
観測点がどこなのかであって、対象は本質的に同質なのではないかと。
正確にはSierはWeb系に対して劣位な技術を採用しがちだというのがありますね。
数年前ですとJavaのバージョンが16とか二桁番号になっているのに1.6以降に追加された新機能の採用は禁止というのがザラでした。
互換性の維持というのが名目でしたがJava VMのバージョンは新しいものを運用しているので、積極的に勉強しないと使えない技術は使わせたくないとのが本音のようです。
最近では生成AI技術の導入で大差がついています。
Web系だとテストの設計、自動テストの作成と実行、テスト結果報告書の作成までAIがやるようになっているので、Sier系でいまだに好まれているExcelにスクショ貼り付けは原始時代の手法になってしまいました。
なので「Web系がSIerに比べて技術的に優位」というのが私の観測範囲では概ね真だと思います。