👣

10年キャリア迷子だったエンジニアが、気づいたらアーキテクトになっていた理由

に公開

この記事が語ること

キャリアを描けなかった、あるエンジニアの話。
10年間、エンジニアとしてのキャリアに迷い続けた結果、気づけばアーキテクトと呼ばれる役割に至っていた経緯を振り返る。
エンジニアとしてのキャリアに悩んでいるあなたへ。

キャリアの行き先って、最初から分かるものなんだろうか

あなたには、明確なキャリア像があるだろうか?

少なくとも俺(筆者)には、明確なキャリア像なんてなかった。

組織人なら、上司との面談で一度は必ず聞かれることになるだろうこの質問。


「自分のキャリアプランをどう考えてる?」


俺は、この手の質問が苦手で仕方なかった。

じゃあ将来的なビジョンは?
ロールモデルは?
……と聞かれても、何も思い浮かばない。

その時にやるべきこと、できることを精一杯こなし、自分なりに目の前の仕事に取り組んできた。
偉くなりたいわけでも、技術を究めたいわけでもなかった。
しっくりくる答えなど持ち合わせていないから、回答できない。

少なくとも俺は、キャリアというものを全く追いかけていなかったのだ。

ケース1:誰もやらなかった仕事

キャリアには興味がなかったが、現場で目の前の壊れそうなものには敏感だった。

「その仕事は評価されないよ」

巨大な技術的負債に立ち向かっていたとき、そんなことを言われたことがある。
それは、事実なのかもしれない。
しかし、それは開発チーム全員が悩まされている負の遺産だった。
誰も処理するつもりはないらしかった。
だから、俺が断固として立ち向かった。
ガタガタのコードベースに建てたプロダクトは、すぐに崩れるし直せない。
美しくない構造に嫌気が差した俺は、1年をかけて負債を取り去った。

ケース2:名前のなかった行動

俺は、自分自身を、特段秀でたところのない平凡なやつと思っていた。
技術でリードするわけでも、会話の潤滑剤になるわけでも、優れたプレゼン力を持ち合わせているわけでもなかった。
会話の輪に入れない場面があっても、不満はほとんどなかった。
自分がいなくても回るなら、それでいいと思っていた。

しかし、ただ一つ、敏感に感じ取れることがあった。
議論や会議を観察していると、引っかかりを頻繁に感じることがあったのだ。

「今、これ、全員の前提揃ってんのか?」

それは単に、細かいところを気にする性格によるものだと思っていた。
実際に、誰もそこに触れる人はいなかった。

会議の最後に、俺は気になって発言し、突っ込んでみた。
すると、その会議がひっくり返った。

根底から見直しが必要となったようで、会議の結論は次回へと持ち越しとなった。

このときもまだ、キャリアに結びつく行動だったなんて思ってもいない。
やらかしたのか?もっと早く言えばよかったか?とか、思うことはその程度だ。

ケース3:登場人物の補完

開発案件が降りてきた。
設計を進めてみるも、企画部が持ってきたこの資料、何かが足りない。
ステークホルダー一覧を見返して、すぐに気づいた。
運用者が、明らかに抜け落ちていた。
あとで企画部に聞くと、「その仕様で運用部門もOK出してるから問題ない」というような答えが返ってきた。

このままではマズい。
要件は必ず後戻りする。
そう直感した。

これは運用部門の問題ではない。現場の実運用者たちの問題なのだ。
急な仕様変更があろうものなら、問い合わせや追加要求が、後から山のように出てくる。
それは容易に想像できた。
資料をしたため、運用担当者たちに時間をもらい、予定されている仕様変更の説明をした。
誰もやらなかった仕事だ。

するとどうだろう。
湧き出る要求で企画が白紙に戻った。

企画部門は、運用担当者への根回しやヒアリングをせずに、開発計画を立てていたのだ。
運用担当者の意見を吸い上げることでプランが変わることを恐れたのか、それとも軽視していたのか。
この後の展開は言わずもがな、関係者を集めて要求から再定義するフェーズに戻った。

余計なことをせずに作ってしまえばよかったか?自分たちの首を絞めたか?やぶ蛇だったか?
そんなことを思ったりもした。
俺はただ、キャリアとか立ち位置とかは無関係に、整っていない場に成果物を生み出すのがイヤだっただけなのだ。

そしてそれらは、正しい判断だった、と、今になってようやく自信を持って言えるようになった。

評価は"視点"として返ってきた

そうした行動を続けているうちに、ある時期から、俺の発言に対して評価を受けることが増えた。

上長からは、

「君のツッコミは鋭い。評価している」

と言われた。

同僚からも、期待されることが増えた。

ただし、これはすべての行動が必ず評価される、という話ではない。
たまたま俺のいた環境では、それを拾い上げてくれる人がいた、ということだ。
仮に評価されなかったとしても、その行動が間違っていたということにはならない。

自分ではただ当たり前に振る舞ってきただけで、それ以上に意識したことはなかった。
しかし、この評価を受けたときから、小さかったが、しかし確実に俺独自の立ち位置が生まれた。

そういえば、新卒入社当初にも人事担当者に言われたことがあった。

「君のそのあり方を、ぜひ貫いてほしい」

その言葉は"職種"ではなく、俺の中の特徴や性格そのものを指していたのだと思う。
その人が、それが俺のキャリアプランへ結びつくものだと確信していたのかはわからない。
しかし、俺にしかないものを見出し、それを磨け、と言われていたんだな、と本当に今更ながらに気づいたのだ。

単に俺の性格のせいだと思っていた行動は、実は職能に結びついていた。
そして、周囲からの指摘は、俺の道標になった。

気づいたらアーキテクトになっていた

自分の棚卸しを徹底的にやる中で、これまでの仕事の仕方に共通点があることに気づいた。

まず整地する。
前提を疑う。
関係者と言葉をすり合わせる。

振り返ってみると、ここに挙げたこれらの資質は、アーキテクトと呼ばれる仕事そのものだった。

「俺はアーキテクトをやってきていたのだ」

と気づいた瞬間だった。

ただ、その時その時で最適だと思う行動を選んできただけだ。
もちろん、すべて行動に移せたわけではない。
だが、俺が歩いてきた道は、まさにアーキテクトそのものだった。

俺がアーキテクトという概念と出会ったのは、恥ずかしながら現場で10年働いてからだった。
そして、アーキテクトという肩書きを自己に当てはめたことで、責任も生まれた。
毎日忙しく働いているなかで自分と見つめ合う機会を取るのは、本当に難しいんだと実感した瞬間でもあった。

伝えたいこと

今、キャリアで悩んでいる若手やリーダー層に、自分の経験から伝えておきたいことがある。

まず、徹底的に自己の棚卸しをすることをお勧めしたい。
ただし、ただの過去の棚卸しではない。
数字や規模といった定量的分析ではなく、以下のような定性的分析を重視してみてほしいのだ。

  • 好き嫌い
  • 周囲の評価
  • 思わず取ってしまう行動
  • 譲れない・見過ごせない瞬間
  • 自分の使う判断軸

「そんなことで?」と思うかもしれない。
しかし、あなたの成した実績以上に、あなた自身の嗜好や判断、あるいは周りの反応がそれを物語っていることも多い。
きっと、あなたのこれまでの道のりと、キャリアを紐付けるヒントがあるはずだ。

そして、ここが意外と肝心なのだが、本人が苦にしていない行動ほど、本人はそれを強みだと自覚しにくい。
だからこそ、キャリアは意図して描くものでもあるが、繰り返した行動を周囲が観測し、役割として示すことで立ち上がるものでもある、と思っている。

キャリアとは、自分で追いかけることが全てではない。
それは後から付いてくる、そういうパターンも世の中にはたくさんあることを知っておいてほしい。

実直に取り組んできたからこそ形成されていたキャリアも、きっとあなたの中にある。

Discussion