【心理学】認知的不協和はあまりにも有名だが、知識を有していることとITエンジニアの日常業務で意識的に解消できることとは別である
はじめに
対象
- 認知的不協和と業務を結びつけたい開発者向け。
認知的不協和をちょっとかじる
認知的不協和というと『ライアーゲーム』で聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。実はもっと前、子どもの頃から知っている現象です。イソップ寓話の『きつねとぶどう』を見聞きしたことがある方も多い筈。喫煙者の比喩もとても有名です。
ここでは基本に忠実に『きつねとぶどう』を使って解説を進めます。
狐と酸っぱい葡萄
腹を空かせた狐が美味しそうな葡萄を見つけた。しかし葡萄は高い場所に実っているため、どんなにジャンプしても手に入れることができなかった。狐は「どうせ酸っぱいに決まっている」と負け惜しみをぶつけ、その場を後にした。
この寓話における狐の認知は、以下の通りです。
- 認知1: 美味しそうな葡萄がある。 -解消-> 認知3: 酸っぱい葡萄がある。
- 認知2: 絶対に自分の腹には入らない。
美味しい葡萄があるのに、手に入れることができない。これはとても不快な状態です。だから狐は葡萄が酸っぱい・お腹を壊すかもしれないなどと理由を付けて、自分を納得させたという顛末です(寓話はバリエーションがあって面白いですよね)。
ところで、以下のような解決方法もあったとは思いませんか。
- 認知1: 美味しそうな葡萄がある。
- 認知2: 絶対に自分の腹には入らない。
- 認知4: 葡萄を食べられないのは自分だけではない。
- 認知5: 無理をすれば負傷する可能性がある。
狐がストレスを解消する方法は、明示されていないだけで沢山あります。これが人間ならもっと選択肢は増えるでしょう。欲しいものがあるが金がない。苦労して葡萄を手に入れるより、最初から自分達に縁のない贅沢品だと思えば惜しくもないでしょうか。
認知的不協和とは
認知的不協和とは、矛盾する2つの認知が同時に存在することで、不快感やストレスを感じる状態のことです。特に何も考えなければ、人はこの不協和状態を解消しようとします。
本当のところ、葡萄はきっと美味しいのでしょう。狐の嗅覚をもってすれば葡萄の良し悪しは分かる筈です。だから酸っぱい葡萄だという認知は、事実に反して改ざんされたものです。そして改ざんされた認知は、本人にとってとても心地良いものとなります。
これを気休めや言い訳だと、非合理的な慰めであり、認知的不協和に起因する解消のプロセスであると認識できていれば良いのですが。時に人は他人を巻き込んだり、解消に失敗して抱え込んだストレスを違う形で発散したりします。
次からは具体的に、ITエンジニアの業務を通して見ていきましょう。
現場レベルで理解する認知的不協和
過去の失敗を正当化する
誰しも自分の失敗は認めたくないものです。特に取り返しのつかない要素、技術選定や基本設計など後の工程に甚大な影響がある決定ほど、認めたくないものはありません。開発者も人ですから間違った選択をすることもあるでしょう。時に傷が浅いうちにやり直すことも必要です。
また不具合の原因となるコードを書いたのが自分だった、障害発生の原因を作ったのが本番環境への操作手順の誤りだった、なんてこともあるかもしれません。職務経歴が長い人ほど、そういった話は嫌と言うほど聞いてきたことでしょう。
自分自身は優秀で才能があって技術に聡くて凄腕の技術者である、という認知があったとしましょう。事実はどうあれ、本人がそう思っていると仮定してください。現実的には「そんなミスを犯すほど愚かな人材ではない」といったところでしょうか。自分の失態を認めたくない訳です。
そのとき認知的不協和が発生します。完璧で優秀で、そこまではいかなくとも普通より少し上くらいの自分が、とんでもないミスをしでかしたのです。さて何を思うでしょうか。そしてそれは事実に即したものになっているでしょうか。
◯◯はオワコン・◯◯こそ至高
IT技術の進歩は目覚ましく、開発者はキャッチアップができてなんぼの世界です。自分がある技術のプロフェッショナルであっても、時代の流れで案件が増減するのは避けられません。常に自分が置いていかれるのではないかという焦燥感と戦っていることと存じます。
大衆心理を煽る動画やブログ記事では、やれあのプラットフォームはオワコンだの、やれ新しく出てきた何が最高だのという、感情を逆撫でする煽り文句で溢れています。それが嘘か真かは分かりませんが、まだその技術で食ってる人視点では認知に矛盾が発生するという理屈です。
どうするのが正解かは内容次第です。本当にあるコミュニティが下火になる兆候があって、新しい技術にシフトしていかないといけないのか。実際はまだまだ必要とされている領域で、あと5年10年と安泰なのか。
それを確かめるために調査コストを支払うか、反射的に否定的なリプライを飛ばすかは、本人次第ですが。いずれにせよ認知的不協和の状態を脱しようと足掻いているのですね。
「AI開発こそ今後のスタンダードだ! 手動コーディングは時代遅れでオワコンだ!」
認知的不協和と上手く付き合う
認知的不協和は日常生活や他の職業でも確認できる、ある意味で普遍的な状態です。特にITエンジニアに限って起きるものではありませんが、意思決定と認識合わせが業務の主軸になっているからこそ、これが悪い方に作用したときは目も当てられません。
狐はその点、賢くはありませんが、愚かではなかったように思います。他の動物に迷惑をかけることも、葡萄の木に八つ当たりをすることもなかった。誰も傷つけない方法で自分を納得させたという意味では尊敬に値します。直ぐに切り替えしてますしね。
認知的不協和を語る上で、冷静な推論が展開されるのはよくあることです。しかし現実は違います。人間にはストレス解消のために取れる手段がいくらでもあって、認知的不協和を解消できないなら他の手段に打って出る輩もいるのです。
- 自分の状態を正しく認識すること。
- 事実に基づく正しい認知を元に解消を試みること。
- 解消できない場合、プロジェクトやチームに影響が少ない方法でストレスを発散すること。
他の場面では例外もあると思いますが、少なくともITエンジニアの業務においては、これらのポイントを押さえて動くことが必須であると考えています。
おわりに
考えているとは書きましたが、実践では難しいこともありましょう。前記事の二重過程理論で述べた通り、特に感情をコントロールすることは難しく、時に感情と理性の認知が不協和を起こすこともあるのです。頭では理解しているが、心が納得していない状態ですね。
今回の記事は物足りませんでしたか? 実はこの記事は単体でも成立するように執筆しましたが、本命は二重過程理論と合わせて、チーム開発中の話し合いにおける感情と理性の話を考えています。そこで改めて何が起きるのか、問題は何かについて考えていきましょう。
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