DROIDで見つける隠れたファイル形式の問題:デジタル保存の必須ツール
デジタルアーカイブや長期保存を担当している方なら、「このファイル、本当に拡張子通りの形式なのか?」と疑問に思ったことがあるはずです。今回は、そんな疑問を解決してくれる強力なツール「DROID」について、実際の分析結果を交えながら紹介します。
DROIDとは?
DROID(Digital Record Object Identification)は、英国国立公文書館(The National Archives)が開発したファイル形式識別ツールです。ファイルの拡張子だけでなく、ファイルの内部構造(シグネチャ)を分析して、真の形式を特定します。
DROIDの主な機能
- バイナリシグネチャによる識別:ファイルの内容を直接分析
- PRONOMレジストリとの連携:15,000以上のファイル形式データベースを活用
- 一括処理:フォルダ単位での大量ファイル分析
- 拡張子ミスマッチの検出:拡張子と実際の形式の不一致を発見
- CSV出力:分析結果をデータとして活用可能
なぜDROIDが必要なのか?
デジタルファイルには、以下のような問題がよくあります:
- 意図的な拡張子変更:ファイル形式を隠すため
- 誤った拡張子の付与:人為的ミスやシステムエラー
- 形式変換時の拡張子未更新:変換後に拡張子が古いまま
- 拡張子のない/不明なファイル:古いシステムからの移行時など
これらの問題は、長期保存計画や移行戦略に深刻な影響を与える可能性があります。
実例で見るDROIDの威力
実際にDROIDで分析したデジタル保存ワークショップのサンプルファイルから、興味深い問題が複数見つかりました。

🚨 発見された主な問題
1. 音声ファイルが画像ファイルを装っている
ファイル名: 412016__skymary__cat-purring-and-meow.tif
拡張子: .tif(TIFF画像形式を示唆)
実際の形式: Waveform Audio (PCMWAVEFORMAT)
PUID: fmt/141
MIME Type: audio/x-wav
状態: EXTENSION_MISMATCH = true
問題点:画像として扱われる可能性があり、適切な音声再生ツールでアクセスできない恐れがあります。
2. 新形式なのに古い拡張子
ファイル名: AusPreserves-CodeofConduct_20181115.doc
拡張子: .doc(Word 97-2003形式を示唆)
実際の形式: Microsoft Word for Windows 2007 onwards (.docx)
PUID: fmt/412
MIME Type: application/vnd.openxmlformats-officedocument.wordprocessingml.document
状態: EXTENSION_MISMATCH = true
問題点:古いWordバージョンでは開けない可能性があり、互換性の問題が発生します。
3. MP3ではなくMP4だった
ファイル名: AustralasiaPreserves_iPRES2019.mp3
拡張子: .mp3(音声ファイルを示唆)
実際の形式: MPEG-4 Media File
PUID: fmt/199
MIME Type: application/mp4, video/mp4
状態: EXTENSION_MISMATCH = true
問題点:音声専用プレイヤーでは正しく再生できない可能性があります。また、動画コンテナとしての追加情報(映像トラック等)が見落とされる恐れがあります。
4. カスタム拡張子による混乱
ファイル名: FloppyDisks.tif_original
拡張子: .tif_original(非標準)
実際の形式: Tagged Image File Format
PUID: fmt/353
状態: EXTENSION_MISMATCH = true
問題点:バックアップや元ファイルを示す意図があったと思われますが、標準的な画像ビューアでは開けません。
5. 形式が特定できないファイル
ファイル名: AustralasiaPreserves- modified.png
サイズ: 562,393バイト
FORMAT_COUNT: 0
状態: 形式特定不可
問題点:比較的大きなファイルですが、DROIDでも形式を特定できませんでした。破損しているか、非常に珍しい形式の可能性があります。
DROIDの分析結果から学べること
デジタル保存における実践的教訓
-
拡張子は信頼できない
- ファイルの拡張子だけで判断するのは危険
- 内部構造の検証が不可欠
-
早期発見が重要
- 問題を早く見つければ、対処コストが低い
- 定期的なファイル監査が推奨される
-
メタデータの正確性
- 正しいファイル形式情報が保存戦略の基盤
- 形式情報の検証プロセスが必要
-
移行計画への影響
- 誤った形式情報は移行ツールの選択を誤らせる
- リスク評価の精度に直結
DROIDの活用シーン
1. デジタルアーカイブの受入時
新規に受け入れるコレクションの品質チェックに使用。提供されたメタデータとファイルの実態を照合します。
2. 定期的な健全性チェック
既存コレクションの定期監査で、ファイル劣化や破損の早期発見に活用します。
3. 移行プロジェクトの準備
フォーマット移行の前に、対象ファイルの正確な形式を特定し、適切な変換ツールを選択します。
4. リスク評価
廃止予定のファイル形式や、サポートが終了した形式を特定し、優先順位をつけます。
DROIDの出力データの活用
DROIDはCSV形式で詳細なレポートを出力します。主な出力項目:
- PUID:PRONOMレジストリの一意識別子
- MIME_TYPE:標準的なMIMEタイプ
- FORMAT_NAME:形式の正式名称
- FORMAT_VERSION:形式のバージョン
- EXTENSION_MISMATCH:拡張子不一致フラグ
- MD5_HASH:ファイルのチェックサム
このデータを分析することで:
- コレクション全体の形式分布を把握
- リスクの高いファイルを優先的に処理
- 保存コストの見積もり
- 技術的メタデータの自動生成
実践:DROIDを使い始めるには
基本的なワークフロー
-
DROIDのダウンロードとインストール
- The National ArchivesのWebサイトから無料でダウンロード
- Java実行環境が必要
-
分析対象の選択
- 単一ファイルまたはフォルダ全体を選択
-
プロファイル実行
- DROIDがファイルをスキャンし、形式を識別
-
結果の確認
- GUI上で結果を確認
- 拡張子ミスマッチに注目
-
レポート出力
- CSV形式でエクスポート
- さらなる分析や記録保存に使用
注意すべきポイント
- PRONOMの定期更新:新しいファイル形式に対応するため
- 複数形式の可能性:一部のファイルは複数の形式として識別される場合がある
- コンテナ形式の理解:ZIP、DOCX等のコンテナ形式は内部構造も分析される
まとめ
DROIDは、デジタル保存における「見えない問題」を可視化する強力なツールです。今回の実例から分かるように、予想以上に多くのファイルが正しくない拡張子を持っていることがあります。
デジタルアーカイブの責任者として、以下を推奨します:
✅ 定期的なDROID分析の実施
✅ 拡張子ミスマッチファイルの優先的な修正
✅ ファイル形式情報の記録と管理
✅ 受入時の必須チェック項目に追加
正確なファイル形式情報は、デジタル資産の長期アクセス性を保証する基礎です。DROIDを活用して、あなたのコレクションの「真の姿」を明らかにしてみてはいかがでしょうか?
参考リソース
- DROID公式サイト: The National Archives (UK)
- PRONOMレジストリ: https://www.nationalarchives.gov.uk/PRONOM/
- ファイル形式レジストリ: 15,000以上の形式定義を参照可能
関連記事(今後の予定)
- PRONOMレジストリの深掘り解説
- Siegfried:DROIDの代替ツール比較
- デジタル保存ワークフローにおけるファイル形式識別の位置づけ
このブログ記事は、iPRES2025ワークショップのサンプルデータを基に作成されました。実際の分析結果を使用することで、DROIDの実践的な価値を示しています。
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