第52回欧州ファイナンス学会年次大会(EFA2025)に参加してきました
概要
2025年8月20~23日にフランスのSKEMA Business Schoolで開催されていた、第52回欧州ファイナンス学会年次大会(European Finance Association; EFA2025)に参加してきました。

会場のSKEMA Business School
参加の目的
MTECではアカデミアとの交流を国内に留まらず重視しており、世界トップレベルの研究者が注目するテーマについての情報収集や海外の研究者との関係構築を目的として、海外のトップカンファレンスに定期的に研究員を派遣しています。
例年、MTECは米国ファイナンス学会(AFA)を始めとする各種国際学会にに参加していますが、EFAへの参加は今回が初めてになります。
EFAの特徴
EFAはファイナンス研究のカンファレンスとしては欧州のみならず世界でも第一級の規模と質を誇る大会であり、ここで報告された研究の多くがその後トップジャーナルに掲載され、後続の多くの研究に影響を与えています。 開催者によると今回の 報告採択率は10.6% だったということで、競争的な学会であることがわかります。(なお、ファイナンス分野では学会報告採択はあまり業績とは見做されず、ジャーナルやその後の引用数が重視される傾向があります。)
また、例年参加している米国のAFAも同様にトップクラスの学会ですが、こちらは隣接分野との共同開催のため、大会規模が大きいのが特徴です。 一方でEFAは単独開催なので比較的小規模で、ファイナンス分野の研究者と密に交流しやすいように感じました。
当然ながら開催地(パリ)の関係もあり、参加者は大多数が欧州の大学の研究者でした。参加者の大半を占めていたのは、ヨーロッパ域内の研究者・博士課程の学生で、次いで米国や中国の研究者・博士課程学生が多い構成でした。実務家の参加者は少なく、その多くも各国中央銀行の職員や金融データベンダーの社員という印象でした。なお、残念ながら日本からの参加者は、少なくとも私の見聞きした範囲では私以外に見つかりませんでした。また、エア・カナダのストライキの影響で、カナダからの研究者の多くは現地参加がかなわず、オンラインでの参加となっていました。
報告の進め方は経済学やその隣接分野に伝統的に見られる学会スタイルに従っています。各報告では報告者による発表直後に、事前に割り当てられた討論者がその発表に対して討論(報告者の主張の簡単なまとめ→疑問点・改善点を指摘、という構成の発表)を行うという仕組みになっています。 討論者による討論は、もちろん発表者の研究を改善することを意図しているものですが、副次的な効果として発表内容にそこまで明るくない聴衆が内容をより深く理解するきっかけにもなります。 私も初めて聞く分野の発表ではついていけないことが何度もありましたが、その度に討論パートの解説で助けられました。
プログラム
プログラムはこちらです。セッションの内訳を見ると、
- Asset Pricing(資産運用や投資家行動など): 19
- Corporate Finance(資金調達やコーポレート・ガバナンスなど): 14
- Financial Intermediary(銀行論やローン市場など): 14
- Household Finance(家計による金融活動など): 8
- Sustainable Finance(持続可能性や気候変動など): 6
- Market Microstructure(取引制度の影響など): 3
- スポンサーセッション: 7
となっています。
Asset Pricing, Corporate Finance, Financial Intermediaryの3つはどこの学会でも比較的多くの発表を占める人気分野ですが、Household FinanceやSustainable Financeが一定の規模を占めているのは欧州主催のEFAならではと言えるかもしれません。
現地の研究者との雑談で聞いたところでは、これはEUの研究者であればHousehold Financeで必要となる家計の金融データ(匿名化された銀行口座、保有ポートフォリオ、さらには兵役時の認知能力まで!)にアクセスしやすいこと、またSustainable FinanceはEUが政策的に強く推し進めていることなどが背景としてあるという認識だそうです。
発表の内容
私が聴講することができたのは上記プログラムのうちの一部の報告に限られますが、ここではその中でもAI技術を用いたファイナンス研究で印象に残ったものについて、1つだけ紹介したいと思います。
Analysts' Belief Formation in Their Own Words
イェール大学のShikun Keによる研究です。
概要
多くの経済現象は、市場参加者の主観的信念に依拠しており、その行動がしばしば合理性から乖離すること、そしてそうした乖離が資産価格の変動といった重要な経済現象を説明しうることが、多くの研究で示されています。 しかし、投資家向けサーベイの分析などでは、そもそもその信念がどのようなプロセスを通じて形成されているのかについては、依然としてブラックボックスのままです。
一方、株式アナリストのレポートには、EPS予想や目標株価といった数値情報だけでなく、その背景となる分析や論理がテキストとして詳細に記述されています。これにより、アナリストがどの情報を重視し、どのようなメカニズムで信念(予想)を形成しているのかを、テキスト分析を通じて直接的に検証することが可能です。 したがって、株式アナリストの予想(およびその説明テキスト)を分析することは、「実際の経済主体の信念がどのように形成され、市場や資産価格にどのような影響を与えているのか」を理解するうえで、極めて重要であるといえます。
株式アナリストによる将来の企業業績予想については、短期的には過小反応し、長期的には過大反応する傾向があることが知られています。すなわち、将来の企業業績が高くなると見込まれる場合、近い将来については予想が控えめにとどまりやすい一方で、遠い将来については実績に比べて楽観的な予想になりやすい、という特徴があります。
本研究では、この現象に対して、株式アナリストが予想と同時に公表するレポートのテキストを分析することで、予想の過小反応・過大反応が、レポートのどのような内容と結びついているのかを明らかにし、また、なぜそのような結果になるのかを考察しています。
手法
過去25年間の米国のアナリストレポート110万件を用い、まず純利益を説明するような「トピック」を27個定義します。トピックの作成には下記画像のようなパイプラインを作成し、情報抽出を行っているようです。

Ke(2024) Figure 2より引用
また、各レポートをそれぞれのトピックに分割します。
次に、各レポート内に記載されている各トピックの内容の埋め込み表現を作成します。例えば "Sales"(売上高)に関するトピックであれば、レポート
というようなベクトルが作成されます。このベクトルにはアナリストによるトピックの中身が表現されています。
次に、このベクトルを用いて、
という回帰式の
ここで推定された
を得ることができます。次にこれを用いて、修正版のCoibion-Gorodnichenko回帰
の
ここでCoibion-Gorodnichenko回帰(以下CG回帰)を「修正」している理由ですが、もともとCG回帰はマクロデータ(GDPや鉱工業生産指数など)のコンセンサスに適用されている手法であり、今回のように個々のアナリストの予想に適用してしまうと、アナリストごとの系統的なエラーの存在によって、推定される係数にバイアスが入ってしまうためだそうです。
CG回帰をミクロデータに適用する場合の問題については下記の記事が詳しいです。
結果
結果としては、
- 短期的(開示まで1-2年以内)な予想に関しては多くのトピックについて
が有意に正\beta_{TICG}^{k} - 長期的(開示まで3年より先)な予想についてはトピックによって
の正負が異なる\beta_{TICG}^{k}
という結果になっています。
特に長期的予想のトピックの係数については、定量的なトピック(利益、キャッシュ、コスト)の係数は正であり、定性的なトピック(人的資本、消費者需要、法務、リーダーシップ)の係数は負となっているようです。

Ke(2024) Figure 6より引用。短期予想サプライズに対する各トピックごとのリビジョンの係数がほぼ全て正になっていることがわかる

Ke(2024) Figure 6より引用。長期予想サプライズに対する各トピックごとのリビジョンの係数がトピックによっては負になっていることがわかる
これはつまり、短期的な予想についてはどのようなトピックでレポートを書いても過小反応した業績予想となる一方で、長期的な予想についてはトピックによってそれが異なり、特に定性的なトピックが過大反応を招いていることを示唆しています。
筆者はさらにこの要因を深堀りしており、詳細は割愛しますが、既存の先行研究の提示した仮説のうち自信過剰とハーディング(集団全体と同じような行動を取ること)がこれらの現象を説明できるとしています。
具体的には、
- 長期の過大反応についてはアナリストの自信過剰を示すようなテキスト("we are confident" や "undoubtedly")を定量化した指標で説明される
- 短期の過小反応についてはアナリストのハーディングを示すようなテキスト("street estimates" や "public consensus forecasts")を定量化した指標で説明される
ということを示しています。
感想
株式アナリストの主観的信念の形成過程を扱うという問題意識は伝統的ですが、110万件のアナリストレポートをOCRとレイアウト認識で整理し、LLMとBERTで処理することで、よく知られた現象の原因を突き止めるという点が非常に現代的なアプローチであると感じました。
LLMを用いたファイナンスの応用研究は実務家を中心に近年増えつつありますが、その再現性や先読みバイアスについて十分気を配られている研究はそこまで多くないのが現実です。 本研究はLlama3.1のようなオープンウェイトモデルを用いて再現性を担保し、また埋め込み表現を得る際には ChronoBERT (manelalab/chrono-bert-v1-19991231) という過去テキストのみで学習したモデルを用いて先読みバイアスを回避しており、これらのテクニックは後続のLLMを使用した研究でも参考にすべきものであると思います。 (一方で、Llama3.1が精度低めの軽量(8B)モデルを用いている点など、懸念すべき点が無いわけではありませんが。)
討論者により指摘されていた点としては、純利益のリビジョンが各トピックの要素の線形結合で表せるという仮定は怪しいのでは、というものがありました。例えば、法人税率は掛け算で掛かってきますし、リーダーシップやR&Dについては純利益に非線形に効いてきそうです。個人的にはこの意味での非線形性がこの研究の結果にクリティカルに効いてくるとは直観的には思えませんでしたが、ロバストネスチェックとしては必要かもしれません。
また、株式アナリストの業績予想は、そもそもサプライズを最小化することを目的として決まっているわけではないのではないか、という指摘もありました。アナリストのインセンティブが、必ずしも純利益を高い精度で予測することと一致しているとは限らないためです。 例えば、楽観的な純利益予想を提示した結果、実績がそれを下回った場合と、悲観的な純利益予想を提示した結果、実績がそれを上回った場合とで、その帰結によってアナリストが得る便益が対称であるかどうかは、議論の余地があるでしょう。 さらに、多くの株式アナリストは証券会社に所属しており、証券会社の他部門ビジネスとの利益相反を通じて、意図的あるいは無意識のうちに予想を過小・過大にバイアスさせる可能性も十分に考えられます。
上記に述べた点以外も活発に意見が出ていました。おそらく、近いうちにこれらの問題を乗り越えて、よりブラッシュアップされた研究として論文が出版されることと思います。
さいごに
普段は直接会う機会の少ない海外のファイナンス研究者と数多く交流し、さまざまな情報を得られたことが、今回のEFAでの最も大きな収穫でした。
特に記憶に残っている内容としては、
- 最近聞いた面白い研究、面白いデータセット
- 今後行く予定の学会はどこか
- ファイナンス博士課程のコースワークで最近重視されているトピック
- 米国での大学助成金カットの影響はどうか
あたりでしょうか。こういった雑談に近い(が、今後のファイナンス研究を活用する上では重要な)内容はZoomなどで画面越しに発表を覗いているだけでは得られないものだと思います。
これまでに米国のAFAにも参加したことがありますが、それと比べると、欧州のEFAはより参加者同士のコミュニケーションを重視しているように感じました。EFAは参加者同士の交流を活性化することを強く意識したプログラム構成になっており、全体でのコーヒーブレークが頻繁に設けられているほか、ネットワーキングイベントとしてディナークルーズも用意されていました。また、完全に主観ですが、英語が母語の人が少ないので英語が流暢でない人(=私)に対して、コミュニケーションのスピードを落として配慮してくれる人が多かった印象です。

コーヒーブレイクの様子
研究内容についても、採択率約10%という厳しい審査を通過した発表だけに、いずれも大変刺激的でした。進行中の研究がどこで苦労しているのかは、出版後の論文を読むだけでは分からないため、活発なディスカッションを間近で見て多くを学びました。普段からトップジャーナルに論文を掲載する第一線の研究者による報告でも、学会でフィードバックを受ける段階では不完全な点が少なからずあり、研究がブラッシュアップされていく貴重な過程を目の当たりにしました。
一方、技術面では、LLMをはじめとする機械学習を用いた研究は、想像していたよりも少なかったというのが正直な感想です。
実務では、テキストを要約できることや特定の予測問題の精度を高めること自体が、業務効率化・省力化の観点から直接的な価値を持ちます。一方で、ファイナンスの現象をどれだけ解明できるかに価値が置かれるアカデミアにおいては、LLMによる分析そのものは必ずしも高く評価されるわけではないのだと感じました。
上記で紹介したLLMを用いた研究も、テキスト解析という手法自体に価値があるというより、「株式アナリストの信念形成」というファイナンス上の現象を分析するための有用なツールとして、現時点ではLLMやBERTモデルの活用が最適だった、という位置づけだったように思います。実際、会場ではシニア研究者から「Embeddingsが何かよく分からないので補足してほしい」といった質問もあり、実務で一般的な手法・技術がアカデミアで広く用いられているわけではないことも実感しました。
裏を返せば、実務で当たり前に使われている手法や技術をアカデミアの問題意識にうまく適用できれば、新規性のある研究が生まれる可能性があるかも、という希望を持ちましたし、逆に、実務では見落としがちな視点をアカデミアから取り入れることができれば、それが金融実務における価値につながることもあるかもしれません。アカデミアと実務の両方のいいとこ取りをしつつ、今後も調査・研究を進めていこうと思います。
MTECでは海外学会も含め、金融実務に応用できる最先端の研究の調査・活用を精力的に行っています。興味のある方は是非ご連絡ください。
参考文献
- Ke, Shikun, Analysts' Belief Formation in Their Own Words (November 16, 2024). Available at SSRN: https://ssrn.com/abstract=5025830
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