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「SaaSは死ぬ」は雑すぎる

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はじめに

どもども、フリーランスエンジニアとして働いている井上弥風(いのうえみふう)です。

久しぶりの記事投稿です。

著者プロフィール

簡単にですが、エンジニアやってます。
主にバックエンド(Go, Typescript, Python)とインフラ(AWS)メインですが最近は機械学習周り(XGBoost, LightGBM, FeatureTools, Optuna...)触ってます。

この記事について

最近、AIの普及により、SNSやネット記事で「SaaSは死ぬ」と騒がれてますよね。

何となくは分かっているつもりです。
「AIの進化が凄い → 従来のSaaSを使わなくてもAIで行けるよね → SaaSは死ぬ」という流れで言われているんだろうな、と。

ただ、本当に死ぬの?という点が気になりました。

そこでこの記事では、以下のことを調べて整理してみました。

  • なぜ「SaaSは死ぬ」と言われているのか
  • 2026年2月に株価暴落があったが、あれの真意は何なのか
  • 各種SaaSは各業務に最適化されているが、それを簡単にAIが代替できるのか
  • SaaSが死ぬならエンジニアとしてSaaS系の開発は辞めたほうがいいのか
  • SaaSといっても色々あるが、どういうものが危険なのか

「SaaSは死ぬ」の経緯 ― 実は段階がある

まず、「SaaSは死ぬ」と今年に入ってやたら見る機会が増えましたが、実は段階的に議論が進んできています。ここではその経緯を時系列で3段階に分けて整理していきます。

第1段階:2022年 ― SaaS企業の株価下落

まず、2022年にSaaS企業の株価下落が発生しています。

じゃあ2022年から「SaaSは死ぬ」と言われていたのか?というと、これは話が違くて、この頃の株価下落は、金利上昇・インフレ・景気不安という複合的な問題によるものです。

確かにSaaS系の企業が中心的に株価が下落しましたが、実際にはSaaSを含む高成長・高期待されていた企業全般の株価が下落しており、そのメインがSaaS企業だった、というだけです。

つまり、この時点では「AIがSaaSを脅かす」という文脈ではなく、マクロ経済の影響による下落でした。

第2段階:2024年12月 ― MicrosoftのCEOが「SaaSアプリは崩壊する」と発言

2024年12月、MicrosoftのCEOであるSatya Nadella(以下、ナデラと呼ぶ)が、投資家Brad GerstnerとBill Gurleyがホストを務める「BG2 Podcast」で、SaaSの将来について踏み込んだ発言をしました。

なお、メディアやSNSでは「SaaSは死んだ」と要約されて広まりましたが、ナデラ本人の発言はもう少しニュアンスが異なります。実際の発言を引用します。

"SaaS applications or biz apps — the notion that business applications exist, that will probably collapse in the agent era."
(SaaSアプリケーション、つまりビジネスアプリ——ビジネスアプリケーションが存在するという概念自体が、エージェント時代にはおそらく崩壊するだろう)

"Because if you think about it, they are essentially CRUD databases with a bunch of business logic."
(考えてみれば、それらは本質的にはビジネスロジックの塊を持ったCRUDデータベースに過ぎない)

"All of the logic will be in the AI tier; once the AI tier becomes the place where all the logic is, then people will start to replace the back ends."
(すべてのロジックがAI層に入る。AI層がすべてのロジックの場所になれば、人々はバックエンドを置き換え始めるだろう)

参考:BG2 Podcast - Satya Nadella Episode(Spotify)
参考:OfficeChai - SaaS Applications "Will Collapse"

つまりナデラが言ったのは「SaaSは死んだ」ではなく、「ビジネスアプリケーションという概念自体がエージェント時代に崩壊するだろう」という話です。「死」ではなく「変容・崩壊」という表現であり、直接的に「SaaS = 終わり」と言ったわけではありません。

ナデラの発言の趣旨としては、現在のSaaSは多くのサービスが増えすぎており、以下のような「複雑さ」が業務効率を阻害しているというものです。

  • ユーザーが複数ツールを行き来しなければならない
  • 認証・UIがバラバラで非効率
  • データが分断されている(サイロ化)

そしてAIエージェントが複数のSaaSを横断して作業を自動化する未来では、画面操作やUIに依存しない新しい働き方が生まれる、という話です。例えば「先週の経費申請を承認して」と命令すると、AIが複数システムをまたいで作業する、というイメージです。

IDCの分析と予測

ナデラの発言から約1年後の2025年12月、調査会社IDCがこの議論を踏まえた分析記事を公開しています。

参考:IDC - Is SaaS Dead? Rethinking the Future of Software in the Age of AI

IDCはこの記事の中で、課金モデルについても変化を予測しています。従来の「ユーザー数 × 月額課金」は次第に陳腐化し、IDCは以下のように予測しています。

"By 2028, pure seat-based pricing will be obsolete as AI agents rapidly replace manual repetitive tasks with digital labor, forcing 70% of vendors to refactor their value proposition into new models."
(2028年までに、AIエージェントが手作業の反復タスクをデジタルレイバーで急速に置き換えるため、純粋なシートベース課金は時代遅れになり、70%のベンダーが新しいモデルへと価値提案を再構築せざるを得なくなる)

参考:CIO.com - New software pricing metrics will force CIOs to change negotiating tactics

つまり、「シート課金が完全に消える」のではなく、70%のベンダーが新しい課金モデルに移行を迫られるという予測です。代わりに注目されるのは以下のようなモデルです。

  • 消費ベース課金(use-based)
  • 結果(アウトカム)に基づく課金
  • 組織の価値や生産性に基づくモデル

ここで重要なのは、2024年時点で言われていた「SaaSは死ぬ」は、「死ぬ」というよりも「再定義される」というニュアンスが強かったことです。 もちろん、その波に乗り遅れたSaaSは将来的に危険という意味合いも含まれますが、「AIによりSaaSの運命は暗い」という文脈ではありませんでした。

第3段階:2026年 ― Claude Cowork / Pluginsの登場

そして2026年、Anthropicが提供するClaudeの新機能により議論が一気に加速しました。(Claude自体は2023年から存在していますが、ここで重要なのは2026年1月に登場した新機能です。)

まず用語を整理します。

  • Claude Cowork = Anthropicの「作業実行型(エージェント型)のデスクトップ体験」の本体。2026年1月12日にリサーチプレビューとして公開された。従来のチャット型とは異なり、ローカルファイルにアクセスして複数ステップのタスクを自律的に実行できる
  • Plugins = Coworkを職種ごとに強化する拡張機能。2026年1月30日にオープンソースで11種類が公開された
  • Legal plugin = Pluginsの一つ(法務向け)。契約書の条項レベルのレビュー、NDA(秘密保持契約)のトリアージ・スクリーニング、コンプライアンスワークフローなどが可能

参考:Introducing Cowork | Claude
参考:TechCrunch - Anthropic brings agentic plug-ins to Cowork

SNSでは「SaaSが死ぬ」の話としてCowork全体がよく語られていましたが、株価暴落が起きた直接的なトリガーの一つは2026年1月30日に公開されたPlugins群、特にLegal pluginでした。もちろん市場は複数の要因で動くものであり、事後的に「これが原因だ」と物語が構築されやすい面もありますが、「法務の具体的な業務を代替できるAI機能が登場した」ことが市場心理に大きく影響したのは確かです。

参考:Law.com - Anthropic Releases Legal Plugin

ここで注目すべきは、Coworkが単にデスクトップ上でSaaSを操作する道具ではなく、一部のタスクレベルの業務(契約書レビューや財務分析など)については、専用のSaaSツールを使わずともCowork上で完結できるケースが出てきたという点です。「特定の業務がSaaSなしでもできるようになった → SaaSやばいんじゃね?」という流れで株の暴落につながりました。

ただし、これは「すべてのSaaSが不要になった」という話ではありません。実際にGartnerのアナリストは以下のように述べています。

"potential disrupters for task-level knowledge work but are not a replacement for SaaS applications managing critical business operations"
(タスクレベルのナレッジワークにとっては潜在的な破壊者だが、重要なビジネスオペレーションを管理するSaaSアプリケーションの代替ではない)

参考:Fortune - AI agents aren't killing SaaS

つまり、CoworkやPluginsが得意なのは「タスクレベル」の作業代替であって、SaaS全体の代替ではない、というのが専門家の見方です。

株価暴落の真意

2026年2月に起きた株価暴落について補足します。2月3日(月曜日)にLegal pluginの報道が広まると、この日だけで約2,850億ドル(約$285 billion)の時価総額が消失し、「SaaSpocalypse(日本語では「SaaSの終焉」や「SaaSの終末」)」とまで呼ばれました。

参考:xpert.digital - SaaS Apocalypse on Wall Street: $285 Billion

具体的にどの企業がどの程度影響を受けたかを見ると、以下のようになっています。

企業 主なサービス 2月3日の下落幅
Thomson Reuters Westlaw(法務データベース) 約-16〜18%
RELX LexisNexis(法務・学術) 約-14.4%
Wolters Kluwer 法務・税務・会計 約-11〜13%
Pearson 教育・出版 約-6.2%

参考:Morningstar - Thomson Reuters, RELX, Wolters Stocks Crushed After Anthropic Debuts Claude Legal Plug-in

その後、株の売りはSaaS全般に波及し、Salesforce(年初来-38%)、ServiceNow、Workday(2月25日に52週安値を記録)、Atlassianなども大幅に下落。2月全体では1兆ドル超の時価総額が消失したとの報道もあります。ただし、この下落はAI懸念だけが原因ではなく、金利動向やテック全体の調整、リスクオフの流れなど複数の要因が重なっている可能性が高い点には留意が必要です。

参考:Yahoo Finance - Anthropic's Claude triggered a trillion-dollar selloff
参考:FinancialContent - The $1 Trillion Software Carnage

ただ、市場は不安や恐怖に反応しやすく、極端に振れる傾向があります。つまり「過剰反応」と「構造変化への懸念」が混ざっている状態です。実際に、暴落後の2月24日にはAnthropic CEOのDario AmodeiがSalesforce CEOのMarc Benioffと共同で「AIはSaaSを置き換えるのではなく補強する」というメッセージを出し、市場の安定化に動いています。

そのため、現状を正しく見極めたいなら、株価の動きやSNSの煽り、知らん人の発言だけを見るのではなく、実際の解約率や利用率の推移、売上の変動、シート数の伸びや利用量課金への移行状況といった実データに目を向けるべきです。

経緯のまとめ

「SaaSは死ぬ」という議論には主に二つの段階があります。

  1. 2024年:AIの脅威によるネガティブな意味合いというよりも、「SaaSが再定義される」というニュアンスが強かった
  2. 2026年:AIの進化により「SaaS自体が不要になるのでは?」という説が浮上した。ただし、SaaS自体が完全に不要になるという話は少し短絡的で、実際には「SaaSの役割が変わる」に近い

SNSで見られる意見

SNSでは様々な意見が飛び交っていますよね。
「SaaSは死ぬ」とか「オワコン」とか色々と

ここでは肯定的な意見と否定的な意見を整理して、その上で私なりの考察を書いてみます。

「SaaSは死ぬ」に肯定的な意見

  • AIエージェントがSaaSのUIをバイパスして直接データ操作・業務実行するから、人間がポチポチする席課金モデルが終わる
  • Claudeが法務・財務・営業を自動化するプラグインを出した瞬間、SalesforceやWorkdayの価値が消えた
  • SaaSはただのデータ倉庫になる。価値はAIエージェント側に移る
  • CursorやClaude Codeで5分でSaaS機能が自作できる → 購読不要
  • ソフトウェアがコモディティ化。AIで誰でも作れるから参入障壁ゼロ、価格競争激化

「SaaSは死ぬ」に否定的な意見

  • SaaSは死なない。AIエージェントの「受け皿」になるSaaS(Shopifyなど)は黄金期
  • データ・セキュリティ・法改正対応はSaaSが強い
  • ナデラの発言は「死」ではなく「形態変化」。SaaSはAIフレンドリーなDBになるだけ
  • 投資家がパニック売りしているだけで、実際の売上はまだ影響を受けていない

本当にSaaSは死ぬのか? ― 私の考え

ここからは、これらの議論を踏まえて私なりに考えたことを書いていきます。

結論から言うと、死ぬSaaSもあれば、死なないSaaSもある。「SaaS = 死ぬ」という言い方はあまりにも雑すぎる、が私の結論です。

まずSaaSの定義を再確認する

SaaSとは、インターネット経由でソフトウェアを利用できるサービスのことです(Software as a Serviceの略)。

実際にどんなSaaSがあるか見てみましょう。

カテゴリ 代表的なサービス
コミュニケーション Slack, Microsoft Teams, Zoom, Google Workspace, Notion
ストレージ / ファイル共有 Dropbox, Box
会計 / 財務 freee, マネーフォワードクラウド, QuickBooks Online, Xero
CRM(顧客管理) Salesforce, HubSpot, Zoho CRM, Microsoft Dynamics 365
マーケティング Marketo, Mailchimp, SendGrid, ActiveCampaign
カスタマーサポート Zendesk, Freshdesk, Intercom
開発 / DevOps GitHub, GitLab, Datadog, Sentry
クリエイティブ / デザイン Figma, Canva
EC / ビジネス運営 Shopify, Wix

こうして見ると、SaaSと一口に言っても本当に色々あります。これを全部ひっくるめて「死ぬ」と言うのは無理がある気がしています。

「AIがあればSaaS不要」は本当か?

ネットでは「AIが凄いからSaaSのUIでポチポチはもう不要」「CursorやClaude Codeで5分でSaaS機能が自作できる」といった発言を見かけます。

でも、本当にそうでしょうか?

まず、「SaaSが死ぬ」議論の中心にある業務用SaaSで考えてみましょう。

例えばfreeeやマネーフォワードクラウドのような会計SaaS。年末調整の複雑な計算ルール、電子帳簿保存法への対応、税制改正への追従——これらをAIが完全にカバーできるのか?仮にAIが計算できたとしても、法改正のたびに正確にルールが更新される保証は?ミスがあったら税務署に指摘されるのは自分自身です。こうした「間違えたら実害がある業務」で、AIだけに任せるのは現実的ではないのでは、と思っています。

また、DatadogやSentryのような監視・DevOps系SaaS。これらはリアルタイムのメトリクス収集、アラート設定、ダッシュボード、インシデント管理など、「痒い所に手が届くニッチな機能」を提供しています。これらすべてをAIに自然言語で指示して再現するのは、かなり無理があるのではないか、と思っています。

さらに、FigmaやCanvaのようなデザインツール。ビジュアルな操作が本質的に必要なサービスに対して、テキスト入力ですべてを表現しようとするのは不便すぎやろ、と思ってます。

「5分でSaaS機能が自作できる」という話も、冷静に考える必要があります。プロトタイプを作ることと、本番運用可能なサービスを構築することは全く別の話で、SaaSの価値にはインフラ運用、バグ修正、セキュリティパッチ、カスタマーサポート、データバックアップなども含まれます。「作れる」ことと「運用できる」ことは違います。

つまり、「AIがあればSaaS不要」は一部のケースでは正しくても、全部に当てはまるわけではないのです。

「AIを介す方が楽かどうか」が本質

ここまで考えて思うのは、SaaSが死ぬかどうかの本質は「AIを介した方が便利か、それとも直接SaaSを使った方が便利か」という点にあるということです。

よく「将来はこうなる」と言われる図式があります。

- 現在:ユーザー → SaaSアプリ → データ
- 未来:ユーザー → AIエージェント → バックエンドAPI / モジュール

理屈としては分かります。AIが普及すればAIがUIになり、SaaSはバックエンドになる。でも、これは全部がこうなるかというと、そうではないよな、と思っています。

実際には、AIを介さない方が楽なケースも多いからです。例えばSlackでチャットする場面。メンバーとのやりとりにいちいちAIを介して「○○さんに○○と送って」と入力するでしょうか?直接Slackを開いてメッセージを打つ方がよっぽど楽です。Jiraでチケットのステータスを更新する場面だって、ドラッグ&ドロップで一瞬で終わるのに、AIに自然言語で指示する方が手間です。
(ただ、ケースによってはSlackなども自然言語操作の方が楽な場合もあると思っています)

もちろん、逆にAIを介した方が明らかに便利なケースもあります。例えば「先月の経費精算レポートをまとめて」とか「複数のSaaSからデータを集めて横断レポートを作って」みたいな、複数ツールにまたがる面倒な作業は、AIエージェントが自動化してくれた方が圧倒的に楽です。

つまり、AIが代替した方が便利な領域と、SaaSを直接使った方が便利な領域は、明確に分かれるということです。「全部AIになる」でも「SaaSのまま変わらない」でもなく、業務ごとに最適な手段が選ばれていくのだと思います。

もう一つの現実として、市場の反応と社会実装のスピードにはタイムラグがあるという点もあります。前述の通り、株式市場は2月だけで1兆ドル超の時価総額を吹き飛ばしました。市場は「将来の変化」を先取りして反応します。しかし、実際にすべての企業がAIに移行するには時間がかかります。日本ではITに関係のない会社ではまだAIを使ったことがない人も多い。

つまり、市場が見ている「未来」と、実際の社会への浸透には差があるということです。AIは確かに普及するし、AIベースの業務フローもできてくるはずですが、いきなりすべてがAIオンリーに変わるということはないだろうな、と考えています。

生き残るSaaSと危険なSaaSの線引き

では、どんなSaaSが生き残り、どんなSaaSが危険なのか。私の考えを整理します。

AIに代替されやすいSaaS

  • 独自の付加価値が薄いラッパーSaaS:OpenAIなどのAPIを叩いてUIを綺麗にしただけのもの(ライティング補助、要約ツール、質問AI、相談AIなど)。独自のデータパイプラインやRAG(検索拡張生成)、ファインチューニングなどの付加価値がなく、AI本体が進化すれば存在意義がなくなるもの
  • 単純なCRUD+綺麗なUIだけのSaaS:バックエンドに特殊な処理がなく、AIで同等の機能を持つプロトタイプが簡単に作れてしまうもの(ただし、前述の通り「作れる」と「運用できる」は別なので、すぐに消えるわけではない)

現時点ではAIに代替されにくいSaaS

  • 業務ロジックが深いSaaS:専門家の知見、法律、特定ジャンルの深いドメイン知識を組み込んでいるもの。現時点ではAIが単体ですべてを完璧に制御するのは難しい。ただし、Legal pluginが法務SaaSの株価を暴落させた事例が示すように、「業務ロジックが深い = 安全」とは言い切れない。AIは「タスクレベル」での代替から始まり、徐々に領域を広げていく可能性がある。重要なのは、業務ロジックの「深さ」だけでなく、AIでは対応しきれない「責任・監査・規制対応」を含んでいるかどうか
  • APIベース・利用量ベースで課金されるSaaS:AIエージェントの「受け皿」として機能できる。例えばShopifyはAIエージェントが操作するEC基盤として、むしろAI時代に強化される可能性がある
  • AI向けのAPIを提供しているSaaS:AIとの連携を前提に設計されているもの。Cowork自体がGoogle DriveやDocuSignと連携して使う設計になっていることからも分かるように、AIの「裏方」として機能するSaaSはむしろ需要が増える

注意が必要だが、一概には言えないもの

ネットでは「バックエンドが弱いSaaSは死ぬ」と言われることがありますが、これは少し違うと考えています。
バックエンドが弱くても、ユーザーにとって利便性が高くてAIを介すより直接操作した方が楽なら、生き残る可能性は十分あります。例えば、Slackのようなリアルタイムコミュニケーションツールは、バックエンドの複雑さよりも「チームの全員が使っている」というネットワーク効果が価値の源泉です。これはAIが単体で代替しにくい構造的価値です。

また、スケジュール管理サービス系も、やっていることは比較的TODOアプリの延長線(もちろんそんな簡単じゃないですが)ですが、私自身スケジュール管理やタスク管理で割と使っています。
なので、SaaSは死ぬ、とか、○○のアプリは死ぬ、とかそういう0-100の話じゃなくて、

  • バックエンドが強くても、AIに機能を吸収されて死ぬ場合がある
  • バックエンドが弱くても、ネットワーク効果や習慣性で生き残る場合がある
  • AIに代替できない“構造的価値”(データ蓄積・組織統合・規制対応など)を持っている
  • AIで理論上は代替可能だが、代替するほどの経済合理性がない
  • かつ、自らAIを取り込んで価値を再定義できている

このように見ると、「バックエンドの強弱」よりも、
①構造的価値があるか、②切り替えコストが高いか、③AIを内包できるか
の方が重要な判断軸になります。

「シート課金は終わる」という話も半分正解・半分不正解だと思っています。確かに、AIが1ユーザーの利用料金で100人分の作業をしたら収益モデルは崩れます。ただ、管理者向けの監視・チェック系の業務ではAIによる生産性爆上げというより人間の確認が必要な場面が多く、そういったシート課金は生き残る余地があります。IDCの予測でも「70%のベンダーが新モデルに移行」であって、裏を返せば30%はシート課金のままでもやっていける可能性があります。

4象限で整理する

SaaSの生き残りやすさを「UI依存度」と「不可欠性」の2軸で整理すると、以下のようになります。

不可欠性が低い 不可欠性が高い
UI中心 消えやすい / 価格崩れ UIは残るがAI内蔵が重要に
UI依存が低い バックエンド部品化されやすい AI時代にむしろ強い基盤

それぞれの象限に具体例を当てはめてみます。

  • UI中心 × 不可欠性低(消えやすい):AIのAPIをラップしただけのライティング補助ツール、シンプルなタスク管理ツールなど
  • UI中心 × 不可欠性高(UIは残るがAI内蔵が重要に):Slack、Notion、Figmaなど。UIが価値の中心だが業務に不可欠なので消えはしない。ただしAI機能を取り込まないと競合に負ける可能性がある
  • UI依存低 × 不可欠性低(部品化されやすい):シンプルなメール配信SaaS、基本的なフォーム作成ツールなど。AIエージェントが直接APIを叩く「裏方」として部品化されていく
  • UI依存低 × 不可欠性高(AI時代にむしろ強い基盤):Shopify(EC基盤)、Datadog(監視基盤)、Salesforce(CRMデータ基盤)など。AIエージェントの「受け皿」として、むしろ需要が増える可能性がある

さらに、生き残るためにはAPIを提供しているだけでは不十分です。

  • AI接続性:APIがあるだけでなく、権限・監査・安全な書き込みまで整っているか
  • 課金の再設計余地:シート課金以外(利用量・成果・実行回数・データアクセス)へ移行できるか

これらも重要な判断軸になります。

AIが得意なこと・苦手なこと

ここで、現時点でのAIの得意・苦手を整理しておきます。(AIの進化速度を考えると、この境界は今後変わっていく可能性がある点には留意してください。)

AIが得意な領域

  • 情報整理・要約
  • 言語処理・文章生成
  • 複数ソースの横断検索
  • 手順化・ワークフローの自動化
  • 定型的な繰り返し処理

現時点でAIが苦手な領域

  • 責任の所在が重い承認(最終判断を人間が負う必要がある業務)
  • 想定外の例外処理
  • 監査証跡の管理(誰が・いつ・何をしたかの記録)
  • 権限分離(この人にはこの操作を許可する/しないの制御)
  • 法規制への対応
  • 誤操作のコストが高い業務(金融取引、医療判断など)

つまり、AIは「汎用」的に広くこなせるのに対し、SaaSは「特化」した強みを持っています。特定ドメインの深い制約処理、既存業務への組み込み、組織運用への最適化といった部分は、現時点ではSaaSの方が強いのです。

エンジニアとして、SaaS系の開発に携わるべきか

ここまで読めば分かるように、SaaS = 危ないわけではありません。「SaaSを辞める」ではなく、「作る場所が変わる」と捉えるべきです。

これから価値が上がる領域

SaaSの中でも、以下の領域は今後さらに重要になると考えています。

  • API・統合・イベント駆動(オーケストレーション):AIエージェントがSaaSを「裏方」として使う未来では、AIが安全に叩けるAPIを設計・実装できるエンジニアの需要が高まる。Coworkが既存SaaSとPlugin経由で連携している構造がまさにこれ
  • 権限 / 監査 / 安全設計:AIが操作するとなると「誰が(AIが)何をしたか」を記録・制御する仕組みが不可欠になる。これは前述の「現時点でAIが苦手な領域」であり、人間が設計する必要がある
  • データモデリング、業務ロジック、ルールエンジン:AIはデータを処理できるが、業務ルールの「正しさ」を定義するのは人間。税制・法規制・業界固有のルールをシステムに落とし込む力はむしろ重要性が増す
  • AI組み込み(評価・監視・コスト・安全):SaaSにAI機能を組み込む際の品質評価、幻覚(ハルシネーション)検知、コスト管理、安全性の担保といった領域は、AI時代に新たに生まれる需要

価値が下がりやすい領域

一方で、以下の領域は競争が激しくなり、価値が下がりやすいです。

  • 「LLMを呼んでUIをつけただけ」のラッパー:独自のデータパイプラインやファインチューニングがなく、AI本体の進化で差別化が消えてしまうもの
  • 単純なCRUD+綺麗なUIだけのもの:AIがプロトタイプを高速に生成できるようになった今、「UIが綺麗なだけ」では差別化が難しくなる

結局、どう判断すればいいのか

見極めのポイントをまとめると、以下のような観点で自分の関わっているSaaS(または関わろうとしているSaaS)を評価できると思います。

  1. そのSaaSは、AIエージェントの「受け皿」になれるか?(APIが整備されているか)
  2. AIで代替しにくい価値があるか?(深い業務ロジック、ネットワーク効果、規制対応など)
  3. 課金モデルはAI時代に耐えられるか?(シート課金一本足ではないか)
  4. AI機能を取り込む余地があるか?(既存SaaSにAIを組み込んで強化できるか)

これらの観点で判断できれば、SaaS開発に携わることは今後も十分に価値があると考えています。むしろ、AI時代に「SaaSをどう進化させるか」を考えられるエンジニアは、これまで以上に求められるはずです。

まとめ

長々と書きましたが、

  • 「SaaSは死ぬ」は雑すぎる。死ぬものもあれば、むしろ強くなるものもある
  • AIが得意なのはタスクレベルの代替であって、業務基盤そのものの代替ではない(現時点では)
  • 大事なのは「AIを介した方が楽か、直接SaaSを使った方が楽か」という視点
  • エンジニアとしては、API設計・権限管理・業務ロジックなど「AIが苦手な領域」を押さえておくと強い

SNSの煽りや株価の動きに振り回されず、実際の構造変化を冷静に見ていきましょー

※あくまで個人の考察・仮説なので、気持ち半分くらいで読んでもらえると嬉しいです!!

ここまで読んでくださった方、ありがとうございました!

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