💡

なぜ「固有方程式」はあらゆる場所に現れるのか?

に公開

本記事は UEC25 その4 Advent Calendar 2025 の24日目の記事です。

はじめに


こんにちは。 makken と申します。今日はクリスマスイブですね。世の中の皆さんは、ケーキを食べたり、イルミネーションを見に行ったり、あるいは水曜日なので、年末の忙しさの中でいつも通り過ごされていたりと、様々かと思います。私は、レポートに追われつつ、ディスプレイのバックライトをイルミネーション代わりに、キーボードを叩く音を聖なる鐘の音として、この原稿を書いています。

さて、今回は、少し趣向を変えて数学と物理の話をします。

高校数学で習う「漸化式」、大学の微積分で習う「常微分方程式」、そして線形代数の「行列の対角化」。一見するとバラバラに見えるこれらの分野で、判を押したように**特性方程式(固有方程式)**と呼ばれる同じ形の方程式が登場することに違和感を覚えたことはありませんか。
さらに物理学へ目を向けると、電気回路の振動も、量子力学のシュレーディンガー方程式も、実はすべて同じような見た目をしています。

結論から言うと、これらはすべて、線形代数における固有値問題という一つの概念の、異なる側面を見ているに過ぎません。

この記事では、数列から量子力学まで、いろいろな分野の問題を、線形代数の固有値問題として統一的に理解するための道筋を、数式を用いて解説します。


固有値問題とは何か。

まず、線形代数の基本を再定義します。
n 次正方行列 A があるとします。行列とは、ベクトル \mathbf{x} を別のベクトル \mathbf{y} に変える写像です。

\mathbf{y} = A\mathbf{x}

通常、行列を掛けるとベクトルの「方向」も「大きさ」も変わります。しかし、中には変換しても方向が変わらず、大きさだけが \lambda 倍になるような特別なベクトルが存在します。これを探すのが固有値問題です。

A\mathbf{x} = \lambda \mathbf{x} \quad (\mathbf{x} \neq \mathbf{0})
  • A:変換そのもの
  • \mathbf{x}:その変換の特徴を表すベクトル(固有ベクトル)
  • \lambda:その特徴の強さを表す値(固有値)

この式を変形します。

(A - \lambda I)\mathbf{x} = \mathbf{0}

ここで、もし行列 (A - \lambda I) が逆行列を持っていたら(正則だったら)どうなるでしょうか。

両辺に左から逆行列を掛けると、

\mathbf{x} = (A - \lambda I)^{-1}\mathbf{0} = \mathbf{0}

となり、\mathbf{x} はゼロベクトルになってしまいます。原点が動かないのは当たり前なので、これでは意味がありません。私たちが探しているのは、\mathbf{x} \neq \mathbf{0} 、すなわち、実体のあるベクトルです。これ解に持つための条件は、行列 (A - \lambda I) が逆行列を持たないこと、すなわち行列式が 0 になることです。


漸化式は離散時間の固有値問題である。

高校数学の、隣接3項間漸化式を思い出してみます。

a_{n+2} - p a_{n+1} - q a_n = 0

これを解くとき、t^2 - pt - q = 0 という式を作りました。これは、なぜでしょう。

第 n 項と、その次の項をセットにしたベクトル \mathbf{u}_n を考えます。

\mathbf{u}_n = \begin{pmatrix} a_{n+1} \\ a_n \end{pmatrix}

次のステップ \mathbf{u}_{n+1} はどうなるでしょうか。

\begin{aligned} a_{n+2} &= p a_{n+1} + q a_n \\ a_{n+1} &= 1 \cdot a_{n+1} + 0 \cdot a_n \end{aligned}

これを行列で書くとこうなります。

\begin{pmatrix} a_{n+2} \\ a_{n+1} \end{pmatrix} = \underbrace{\begin{pmatrix} p & q \\ 1 & 0 \end{pmatrix}}_{A} \begin{pmatrix} a_{n+1} \\ a_n \end{pmatrix}

つまり、漸化式とは以下の行列計算そのものです。

\mathbf{u}_{n+1} = A \mathbf{u}_n

時間を1ステップ進めることは、行列 A を1回掛けることと等価です。ならば、n ステップ進めるには A を n 回掛ければよいと分かります。

\mathbf{u}_n = A^n \mathbf{u}_0

行列の n 乗を計算するには、対角化が必要です。対角化には固有値が必要です。
行列 A の固有方程式を計算してみましょう。

\det(A - \lambda I) = \det \begin{pmatrix} p - \lambda & q \\ 1 & -\lambda \end{pmatrix} = -\lambda(p-\lambda) - q = \lambda^2 - p\lambda - q = 0

微分方程式は、連続時間の固有値問題である

次は、物理で頻出する定数係数の2階線形常微分方程式です。

y'' - a y' - b y = 0

これも漸化式と全く同じアプローチが可能です。関数 y(t) とその微分 y'(t) をセットにしたベクトル \mathbf{u}(t) を作ります。

\mathbf{u}(t) = \begin{pmatrix} y'(t) \\ y(t) \end{pmatrix}

このベクトルを時間 t で微分します。

\frac{d}{dt} \mathbf{u}(t) = \begin{pmatrix} y'' \\ y' \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} a y' + b y \\ y' \end{pmatrix} = \underbrace{\begin{pmatrix} a & b \\ 1 & 0 \end{pmatrix}}_{A} \begin{pmatrix} y' \\ y \end{pmatrix}

つまり、方程式は以下の形になります。

\frac{d}{dt} \mathbf{u}(t) = A \mathbf{u}(t)

1変数の微分方程式 u' = ku の解が u = C e^{kt} であったことを思い出すと、この行列版の解は、e^{At}を用いて次のように書けます。

\mathbf{u}(t) = e^{At} \mathbf{u}(0)

e^{At} を計算するためには、やはり A の固有値を知る必要があります。
固有方程式 \det(A-\lambda I)=0 を計算すると、\lambda^2 - a\lambda - b = 0 となり、これも微分方程式の特性方程式と一致します。

微分演算子について

なぜ微分方程式で「解を y = e^{\lambda t} と置く」と習うのか。ここにはもっと深い理由があります。

「微分」という操作 \frac{d}{dt} 自体を、巨大な行列(演算子 D)だと考えてみます。

微分方程式を解くとは、この演算子 D の性質を知ることです。線形代数で最も扱いやすいのは、変換しても定数倍にしかならない固有ベクトルでした。
では、微分演算子にとっての固有ベクトル(固有関数) とは何でしょうか。

D f(t) = \lambda f(t) \quad \Rightarrow \quad \frac{d}{dt} f(t) = \lambda f(t)

微分しても形が変わらず、定数倍になって戻ってくる関数。それは、世界でただ一つ、指数関数 e^{\lambda t} だけです。

  • 行列 A の場合: A \mathbf{x} = \lambda \mathbf{x} となるベクトルを探す。
  • 微分 D の場合: \frac{d}{dt} (e^{\lambda t}) = \lambda (e^{\lambda t}) となる関数を使う。

電気回路の振動と、複素固有値

ここからは応用編です。LC回路(コイル L とコンデンサ C)の振動現象を見てみましょう。
キルヒホッフの法則より、以下の式が立ちます。

L \frac{d^2 q}{dt^2} + \frac{1}{C} q = 0 \quad

これを状態ベクトル \mathbf{x} = \begin{pmatrix} q \\ \dot{q} \end{pmatrix} (電荷と電流)を用いて行列化します。

\frac{d}{dt} \begin{pmatrix} q \\ \dot{q} \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} 0 & 1 \\ -\frac{1}{LC} & 0 \end{pmatrix} \begin{pmatrix} q \\ \dot{q} \end{pmatrix}

この行列 A の固有値を計算してみます。

\det \begin{pmatrix} -\lambda & 1 \\ -\frac{1}{LC} & -\lambda \end{pmatrix} = \lambda^2 + \frac{1}{LC} = 0
\lambda = \pm i \sqrt{\frac{1}{LC}}

固有値が純虚数になりました!
線形代数において、実数の固有値は「伸縮」を表し、虚数の固有値は「回転」を表します。
オイラーの公式 e^{i\theta} = \cos\theta + i\sin\theta より、解は振動します。

  • 固有値 \lambda:回路の共振周波数i\omega を決定する。
  • 固有ベクトル:その周波数における電圧と電流の位相関係を表す。

もしここに抵抗 R が入ると、固有値の実部が負になり(\lambda = -\alpha \pm i\omega)、e^{-\alpha t} の項が現れて、減衰振動になることも、固有値を見ると、理解できます。


量子力学とシュレーディンガー方程式

最後は、量子力学です。
時間を含まないシュレーディンガー方程式は以下の形をしています。

\hat{H} \psi(x) = E \psi(x)

この式をよく見てみると、A \mathbf{x} = \lambda \mathbf{x} と同じ形をしています。

  • \hat{H} (ハミルトニアン):全エネルギーを表す演算子。行列 A に相当。
  • \psi(x) (波動関数):電子の状態を表す関数。ベクトル \mathbf{x} に相当。
  • E (エネルギー):観測されるエネルギー値。固有値 \lambda に相当。

量子力学では、関数を無限次元のベクトル空間(ヒルベルト空間というらしい)の点として扱います。
\hat{H} は微分を含む複雑な演算子ですが、やることは線形代数と同じです。

演算子 \hat{H} を作用させても、形が変わらず定数倍Eになるような特別な状態、すなわつ固有状態を探せと言っているのです。

なぜ量子化するのか。

例えば、電子を箱の中に閉じ込めた場合(井戸型ポテンシャル)、境界条件がつきます。
これは行列の固有値問題において、解ける条件が制限されるのと似ています。
その結果、許される固有値 E は、連続的な値ではなく、

E_1, E_2, E_3, \dots

という飛び飛びの値しか取れなくなります。これが量子化の正体です。


すべてをつなぐ線形代数

これまでの話を一つの表にまとめます。

概念 線形代数 (数学) 微分方程式 (解析) 電気回路 (物理) 量子力学 (物理)
対象 ベクトル \mathbf{x} 関数 y(t) 状態ベクトル \begin{pmatrix} q \\ \dot{q} \end{pmatrix} 波動関数 \psi(x)
変換 行列 A 微分演算子 \frac{d}{dt} システム行列 A ハミルトニアン \hat{H}
支配方程式 A\mathbf{x} = \lambda \mathbf{x} \frac{d}{dt}\mathbf{u} = A\mathbf{u} \dot{\mathbf{x}} = A\mathbf{x} \hat{H}\psi = E\psi
固有値 \lambda 指数 \alpha (e^{\alpha t}) 複素周波数 s エネルギー E
意味 変換の倍率 成長・減衰の速さ 周波数と減衰率 観測される物理量

終わりに

ここまで、長々と数式と理屈を並べてきましたが、いかがでしたでしょうか。この拙い記事が、あなたの学習のモチベーションの一助となれば、これ以上の喜びはありません。

明日のアドベントカレンダーの担当者は、てごんさんです。お楽しみに!!

Discussion