Qiitaで25本、Zennで29本書いた私が、AI時代にも記事を書く理由
はじめに
最近、こんなふうに感じることはありませんか?
- AI に任せるほど、自分が空洞化していく感覚
- 実装速度は上がったのに、成長実感が減っていく違和感
- このまま AI のオペレーターになるのでは、という怖さ
私自身、Claude Code に開発を任せるようになってから、まさにこの感覚に何度もぶつかってきました。
そして、「AI にコードを書いてもらう時代に、わざわざ記事を書く意味はあるのだろうか?」とも考えるようになりました。
実際、公式ドキュメントの要約程度であれば、AI に頼めば数秒で出てきます。
それでも記事を書き続けてきた中で、「やっぱり書いて良かった」と感じる瞬間が何度もあります。
エンジニア未経験のころは Qiita に 25 本、エンジニアになってからは Zenn に 29 本、合計 54 本の記事を書いてきました。
その経験を踏まえ、AI 時代に記事を書き続けてわかったことを整理してみます。
少しでも皆様の参考になりますと幸いです。
注意点
結論
54 本書いてわかったのは、AI 時代こそ記事を書く意味は増えるということでした。
具体的には、以下の 3 つです。
- AI に任せたコードは、書き直さないと自分の中に残らない
- AI が書けない「やってみた」こそ、人間が書くべき記事だ
- 記事執筆は、AI への指示力を上げるプロンプトエンジニアリングの素振りになる

① 記事を書くと、AI に任せただけでは残らない知識が定着する
AI にコードを書かせていた日々で起きていたこと
Claude Code に「この機能を実装して」と依頼すると、すぐにコードを書いてくれます。
また、レビュー、テスト、マージといった一連の流れもスムーズに進みます。
しかし、「このコードは何をしているのか」「この SDK はどんな仕組みなのか」といった、中身を理解するプロセスは、AI に任せているだけでは省略されていました。
AI に任せると、手を動かさずに済む代わりに、頭も動かさなくなっていました。
記事を書くと、何が起きるか
そこで、AI に任せて実装した領域でも、改めて記事として書き直してみることにしました。
書き始めると、必ずどこかで手が止まります。
- 「ここの仕組みって、結局なんでこうなってるんだっけ?」
- 「この用語、自分は本当に分かって使ってるのか?」
止まった場所が、自分が分かっていなかった場所です。
そこで公式ドキュメントを読み直したり、コードを追い直したりすることで、初めて頭に入ってきます。
書く=コードや知識を自分の言葉に翻訳する作業であり、AI に任せても省略できないプロセスだと感じています。
② 「やってみた」記事こそ、AI 時代の差別化になる
AI が書ける記事と、AI には書けない記事
AI に「Claude Code とは?」と聞けば、それらしい解説は数秒で出てきます。
公式ドキュメントの要約や基本概念の説明、サンプルコードの提示などは、AI がすぐに生成してくれる時代になりました。
「自分が同じことを書く意味はあるのか」と感じることも何度もありました。
しかし、実際にやってみた経験から得られる知見は、AI に頼んでも出てこないことが多いです。
- 実プロジェクトに導入してハマった点
- チームで運用して見えてきた課題
- 検証してみて意外だった結果
- 「やってみた」「やめた」のリアルな判断
このあたりは、実際にやった人にしか書けない一次情報です。
振り返ると、伸びた記事はだいたい「やってみた」型だった
54 本の中で反応をもらえた記事を振り返ってみると、そのほとんどが「やってみた」「検証してみた」「劇的に変わった」系の一次情報を扱ったものでした。
こうした記事に共通しているのは、「公式ドキュメントには載っていないが、実際にやってみたら分かった」運用知を書いていることです。
AI が「正解の要約」を出せる時代だからこそ、人間が書く価値は「試した結果」にシフトしているのだと感じています。
③ 記事を書くことで、AI への指示力が底上げされていく
記事を公開する以上、間違ったことは書けない
最初は意外に感じたのですが、記事を書く習慣はそのまま AI への指示力につながっています。
記事を公開する以上、適当な用語や曖昧な表現は使えません。
- 「Active Record」と「ActiveRecord」、正しい表記はどっちか
- そのライブラリの正式名称は何か
- 公式ドキュメントには何と書かれているか
こうしたことを毎回確認する習慣が自然とつきました。
記事執筆はプロンプトエンジニアリングの素振りである
実は、記事を書く習慣はそのまま AI に指示するときにも効いています。
AI は、雑な用語や曖昧な指示を投げると、雑な出力で返してきます。
逆に、正式名称・前提・制約を正確に渡せば、出力の精度は明らかに変わります。
AI に正確な指示を出すことと、記事を正確に書くことは、本質的に同じです。
書き続けることで、AI に渡せる文章の解像度が上がっていきます。
まとめ
54 本書いてわかったのは、AI 時代こそ記事を書く意味は増えるということでした。
- AI に任せたコードは、書き直さないと自分の中に残らない
- AI が書けない「やってみた」こそ、人間が書くべき記事だ
- 記事執筆は、AI への指示力を上げるプロンプトエンジニアリングの素振りになる
並べてみると、書くことは自分の中で完結するのではなく、
書く → 自分に入る → 一次情報として外に出る → AI 活用力につながる
という循環になっていることに気づきます。
AI がコードを書ける時代だからこそ、人間が記事を書く意味は減るのではなく、むしろ増えていると感じるようになりました。
もし「AI に任せて開発したけれど、頭に何も残っていない気がする」という感覚があれば、まずは記事を 1 本書いてみることをおすすめします。
書く内容は、AI に任せて作った機能を、自分の言葉で説明し直すだけで十分です。
それがそのまま、次に AI へ渡す指示の解像度を上げる素振りになります。
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