なぜ僕は後輩にメモを取らせないのか

2021/11/02に公開約800字

なぜ僕は後輩にメモを取らせないのか

僕はメモを取らせるのが嫌いである。
なぜなら、メモを取るという行為は難易度の高い行為だからだ。

ちなみに、ここでのメモの定義は「要点をまとめて文書に残す」という定義だ。

そもそも難易度が高い

要点を文書に残すというのはそもそも非常に難易度の高い行為だ。
なぜなら、その話の中から骨子はなにか、抑えておくべき事項は何か、目的は何か、最重要事項は何か、何なら無視してよいか、、、

要点を抜き出すというのは抽象的思考に優れている必要がある(そして当然のごとく後輩のほうが抽象思考で劣っている)。そして、抽象的思考に優れていなければ対話を全て書き起こすしかなくなる(要点がわからないため)。

それに加え、ただでさえ人の話を聞くというのは認知的負荷の高い行為である。

なぜかというと、他人の頭の中にある概念、技術の概念、設計の概念などを暗黙の前提とし、その暗黙の前提が間違っていないかを逐一チェックしなければならないからである。
基本的に後輩に情報を伝える時、その後輩の頭のなかでは、それらの情報で脳のワーキングメモリは埋め尽くされる。

そうするとどうなるか。
指示を出す相手に向かって逐一自分が言ったことをメモさせるか(現実的に殆どの人は選択しない)、もしくは相手がクオリティの低いメモを取り、クオリティの低い成果物が上がってくるかだ。

僕はどうしているか

僕の場合は僕自身がメモをしながら指示であったり教育であったりは行っている。

そうすれば後輩は僕が言ったことを理解することに集中できる。そして、僕自身がメモを取っている間はその情報を整理できる。

副次的な効果として、自分の考えを整理できるというのもある。

このようにすれば、お互い伝え漏れがなく、また伝え漏れがあった場合に「こちらの責任」になるので凄く快適に過ごせるだろうと思う。

もちろん、全てをメモに残すわけではないが、それはメモを取らなかったとしても支障が無い場合に限る。

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