Canton Network の仕組み:機関投資家が選んだブロックチェーン
こんにちは!ブロックチェーンエンジニアの山口夏生です。
ブロックチェーン×AI Agentで自律経済圏を創る開発組織Komlock labでCTOをしています。
今回は、ブロックチェーン業界のなかで静かに、しかし確実に規模を拡大している「Canton Network」を取り上げます。EthereumでもSolanaでもBitcoinでもない、機関投資家が実際に数兆ドル規模の資産を動かしているチェーンです。
6兆ドルが動く、もう一つのブロックチェーン
Canton Network というブロックチェーンを知っていますか。
DeFi や NFT の文脈で名前が出ることはほぼありません。Crypto Twitter の話題の中心にもいません。それでも、Canton Network 上では以下のような規模の経済活動が動いています(2026年8月時点)。
| 指標 | 値 |
|---|---|
| 参加機関数 | 700+ |
| Validator ノード数 | 800+(2026年5月時点) |
| Super Validator 数 | 55+(承認済み企業数、2026年Q1時点) |
| 日次トランザクション数 | 900,000+(2026年Q1の平均日次 902K) |
| 月次取引量 | $9 trillion(2026年Q1) |
| Canton 上のリアル資産(RWA) | $6+ trillion |
| 日次 US Treasury レポ取引量 | $357 billion |
最後の日次レポ取引量だけは読み方に注意が必要です。これはネットワーク全体の数字ではなく、Canton 上で稼働する Broadridge の Distributed Ledger Repo という単一アプリの処理量です(2026年6月時点の平均日次。同月の月間処理量は7.5兆ドルを超えています)。
参加している顔ぶれは、Goldman Sachs、BNY、JPMorgan(Kinexys)、DTCC、Euroclear、Deutsche Börse、LSEG、Nasdaq、Chainlink Labs、Circle、Visa といった、金融と決済の中枢を担う組織です。
これだけの規模と顔ぶれでありながら、Canton Network の設計思想や技術アーキテクチャは、普段 Ethereum 系のチェーンを触っているエンジニアにはあまり馴染みがありません。Canton は単一のブロックチェーンではなく「ネットワークのネットワーク」と呼ばれる構造を持ち、スマートコントラクトも Daml という Solidity とは別系統の言語で書かれます。
この記事では、Canton Network がなぜ生まれたのか、どんな技術で動いているのか、そして Ethereum や Corda、Hyperledger Fabric、Aleo といった他のチェーンとどう違うのかを、ブロックチェーンの基礎は知っているという前提で、じっくり解き明かしていきます。
Canton Network とは
Canton Network は、Digital Asset Holdings という米ニューヨークに本拠を置く企業が開発した、機関投資家向けのプライバシー機能付きブロックチェーンです。CEO は共同創業者の Yuval Rooz 氏。
「パブリック&パーミッション型」という位置づけで、バリデータノードの申請は誰でも可能ですが、現状はスポンサーが必要です。実際にノードを運営しているのも、金融機関を中心とした組織になっています。
タイムライン
Canton の歴史を時系列で整理すると、以下のようになります。
| 時期 | イベント |
|---|---|
| 2023年5月 | Canton Network 発表 |
| 2024年3月 | 大規模パイロット完了(22アプリ・350件超の模擬取引) |
| 2024年7月 | Global Synchronizer が稼働開始(同日 Canton Coin もメインネット稼働) |
| 2025年6月 | Digital Asset が $135M のシリーズ資金調達(DRW VC、Tradeweb 主導) |
| 2025年8月 | 初のオンチェーン US Treasury レポ取引を実施 |
| 2025年9月 | Chainlink Labs が Super Validator に加入 |
| 2025年10〜11月 | Canton Coin の一般配布と取引所上場が本格化 |
| 2025年12月 | DTCC と Treasury Tokenization パートナーシップ発表 |
| 2026年1月 | 欧州国債・米国債を用いた初のクロスボーダー・イントラデイレポ(Industry Working Group 第3弾、2026年1月15日) |
| 2026年2月 | トークン化した UK Gilts を非GBPのトークン化預金と交換する初のクロスカレンシー・イントラデイレポ(第4弾、2026年2月24日) |
| 2026年3月 | Visa が Super Validator に加入、LayerZero との統合で165+チェーンに接続 |
| 2026年3月 | Zenith が Canton のネイティブ EVM/SVM 実行層としてローンチ |
| 2026年6月 | Digital Asset が a16z crypto 主導で $355M を調達(評価額約20億ドル) |
| 2026年7月 | DTCC が本番環境でトークン化証券のライブ取引を実行 |
なお Canton Coin 自体は2024年7月のメインネット稼働時から発行されており、2025年に新規に作られたトークンではありません。
一言でいうと何か
Canton Network を一言で表すとこうなります。
金融機関が規制・競争上の機密・スケーラビリティの3つの制約を満たしながら、異なるアプリケーション間で原子的な決済を行える、相互運用可能なブロックチェーン。
短くまとめれば「機関投資家向けに設計された、プライバシー重視の相互運用可能なブロックチェーン」です。
既存チェーンの限界と Canton が生まれた理由
Canton の技術詳細に入る前に、「なぜこのチェーンが必要だったか」を押さえておくと、以降の設計判断が腑に落ちやすくなります。
機関投資家にとって、既存のブロックチェーンには3つの大きな壁がありました。
Ethereum の「透明性の呪い」
Ethereum の大きな魅力のひとつは、あらゆるトランザクションが全世界に公開されていることです。個人にとっては「誰にも検閲されない」「公平に検証できる」というメリットになります。
しかし、機関投資家にとっては話が変わります。例えばある大手ファンドが 100億ドル分の米国債を動かしたとします。Ethereum 上で同じことをすれば、そのウォレットアドレスに紐づいたポジションは世界中から丸見えです。
具体的に発生する問題は以下のとおりです。
| 課題 | 内容 |
|---|---|
| 競争上の機密漏洩 | 自社のポジション、マージン、取引タイミングが競合に筒抜けになる |
| フロントランニング | 大口取引が可視化されることで、先回り取引の標的になる |
| 規制対応の困難さ | GDPR の「データ最小化」や「忘れられる権利」とパブリックチェーンの永続公開は両立しない |
| スケーラビリティの壁 | Ethereum L1 は2026年時点でも日次平均 25 TPS 前後で、機関決済量を処理できない |
Polygon や Arbitrum といった L2 を使っても、この「透明性」自体は解消しません。むしろ L2 は Ethereum のデータ可用性に依存する以上、公開性の前提は変わらないと考えるのが自然です。
Corda と Hyperledger Fabric が解けなかった課題
もちろん「機関向けのブロックチェーン」という発想自体は Canton が最初ではありません。R3 の Corda や LF Decentralized Trust の Hyperledger Fabric は、機関投資家を意識した設計として先行していました。
ただ、どちらにも構造的な弱点がありました。
Corda はトランザクション単位でプライバシーを持ちますが、「バックチェーン」と呼ばれる取引履歴をたどる仕組みがあります。Alice → Bob → Charlie の取引列があったとき、Charlie は Bob から資金を受け取る際に Alice → Bob のトランザクション全体を見る必要があり、結果として過去の取引相手の存在が漏れていきます。
Fabric は「チャネル」という単位でプライバシーを区切ります。しかし、チャネルの内側には一切プライバシーがありません。Channel A に参加する Bank1 と Bank2 は、そのチャネルの全取引を互いに見ることになります。粒度がチャネル単位でしか選べないため、取引ごとに見せる相手を変えたければチャネルを増やすしかありません。
そして両者に共通する、より大きな問題が相互運用性の欠如です。Corda のビジネスネットワーク A とビジネスネットワーク B、あるいは Fabric のチャネルとチャネルの間で、原子的(All or Nothing)に決済を行うことは基本的にできません。異なるコンソーシアムは依然として「島」のままで、島同士の橋渡しはオフチェーンの手作業に依存していました。
機関投資家が本当に欲しかったもの
以上を踏まえると、機関投資家が求めていた要件は次の3点に集約されます。
- プライバシー:取引の「本当に知る必要がある人」だけが中身を見られる
- 相互運用性:異なるアプリケーション間で原子的に決済できる
- スケーラビリティ:全ノードで全取引を処理する必要がない
Canton Network は、この3つを同時に満たすために設計された、と整理できます。
Canton のアーキテクチャ全体像
それでは Canton の技術スタックを見ていきます。最初に、全体像を押さえておきます。
Canton のアーキテクチャを構成する主要な要素は、以下の3つです。
| 構成要素 | 役割 |
|---|---|
| Validator Node | 各機関が自社で運用するノード。Daml スマートコントラクトとデータを保持 |
| Subnet(サブネット。本記事では以降 Application Chain とも呼びます) | レポ、MMF、FX、決済などアプリごとに独立したチェーン |
| Global Synchronizer | 異なる Application Chain の間をつなぐ相互運用レイヤー |
重要なのは、Canton は単一のブロックチェーンではないという点です。Ethereum や Solana のように「ひとつの台帳を全員が共有する」のではなく、各アプリケーションが独立したチェーンとして動き、それらを Global Synchronizer が接続する構造になっています。これが「ネットワークのネットワーク(Network of Networks)」と呼ばれる所以です。
この発想は、一見すると複雑ですが、スケーラビリティとプライバシーの両方にとって本質的な意味を持ちます。詳しくは各セクションで見ていきます。
Daml:Solidity ではないスマートコントラクト言語
Canton Network のスマートコントラクトは、Ethereum でお馴染みの Solidity では書きません。Daml(Digital Asset Modeling Language)という、Haskell 系の関数型言語で記述します。
Daml と Solidity の根本的な違い
いきなり Daml と言われてもイメージしにくいと思うので、Solidity との比較で特徴を整理します。
| 観点 | Daml | Solidity |
|---|---|---|
| パラダイム | 宣言的(What) | 手続き型(How) |
| 基盤言語 | 関数型(Haskell系) | 命令型(JavaScript寄り) |
| マルチパーティ設計 | 言語レベルでネイティブ | コントラクト内で手動実装 |
| 可視性制御 | 契約条項として記述 | 設計パターンで対応 |
| 権限・可視性の扱い | 契約の型定義そのものに含まれる | 静的型付けではあるが、権限や可視性は型で表現されず実行時チェックに委ねられる |
| 想定用途 | 複雑な金融契約・マルチパーティ取引 | DeFi・パブリックアプリ全般 |
Solidity で複数のパーティが関わる金融契約を書くと、「誰が何を見えるか」「誰が何を変更できるか」を都度コード内で制御する必要があり、設計が複雑化します。Daml はこの「マルチパーティ取引」を言語の中心に据えている点が特徴的です。
Daml では、契約(Template)を書くときに以下のような情報を宣言します。
- 誰がこの契約の当事者(Party)か
- 誰がこの契約のどの項目を見ることができるか(Observer)
- 誰がこの契約でどんな行動(Choice)を取れるか
これは、コード内で「アクセス制御ロジック」を書くのではなく、契約の性質として最初から記述するスタイルです。法律家がリーガルコントラクトを読む感覚に近い、というのが Daml の設計思想として説明されています。
なぜ金融に向いているのか
金融取引の多くは「複数の当事者が、異なる権利と義務を持って参加する契約」です。例えばデリバティブ取引であれば、買い手、売り手、CCP(中央清算機関)、カストディアンなど、複数の役割が絡みます。
Solidity でこのような契約を書く場合、「誰が何を呼び出せるか」を require 文や modifier で制御することになります。関係者が増えれば増えるほど、コントラクトは肥大化し、バグのリスクが上がります。
Daml の宣言的アプローチは、こうした複雑な契約を簡潔に記述でき、かつコンパイラが静的に検査できるため、金融業界が求める「監査可能性」「正確性」と相性がよいと言えます。
Application Chain と Validator
Daml でコントラクトを書くとして、それはどこで動くのでしょうか。答えが「Application Chain」です。
各アプリが独立したチェーンとして動く
Canton では、Repo(レポ取引)、MMF(マネーマーケットファンド)、FX、担保管理といった個別アプリケーションが、それぞれ独立したチェーンとして稼働します。各アプリケーションは公式用語では「Subnet」と呼ばれ、自分たち独自の決済ルールや参加メンバーを持てます。
各 Application Chain には、その業務に関係する機関が Validator Node を立てます。例えば、Goldman Sachs と BNY が参加する MMF アプリケーションでは、両社が自社のバリデータを運用し、自社に関係するトランザクションを検証します。
Proof-of-Stakeholder コンセンサス
Canton のコンセンサス機構は、Ethereum の PoS(Proof-of-Stake)とはかなり異なります。Canton が採用しているのは Proof-of-Stakeholder と呼ばれる方式です。
Ethereum 型の PoS では、基本的にすべてのバリデータがすべてのトランザクションを検証します。セキュリティの観点では理にかなっていますが、ネットワーク全体のスループットがひとつのノードの能力に制約されます。
一方 Canton の Proof-of-Stakeholder では、「そのトランザクションに利害関係を持つ当事者(Stakeholder)」だけが検証に参加します。Alice から Bob への送金であれば、Alice と Bob(と、送金に関連する一部のバリデータ)だけが検証に関わります。関係のない機関は、そのトランザクションの存在すら知りません。
この設計により、次の2つが同時に実現します。
- プライバシー:取引の存在自体が関係者以外から見えない
- スケーラビリティ:関係ない取引を検証する必要がないので、並列処理が効く
Global Synchronizer:相互運用性の要
Application Chain が独立して動くと、ひとつ重要な問題が出てきます。「異なる Application Chain 間の取引は、どう整合性を取るのか」という問題です。
例えば、Repo アプリで担保として預けている米国債を、別の MMF アプリで売却したい。あるいは、FX アプリでの USD/JPY 取引を、担保管理アプリと連動させたい。こうしたクロスアプリ取引は、機関投資家の日常業務では当たり前に発生します。
この課題を解決するのが Global Synchronizer です。
「封緘された手紙を扱う郵便局」
Global Synchronizer は、Canton 公式の表現を借りると「封緘された手紙を扱う郵便局」のような役割を果たします。
- 各 Application Chain から送られてくるメッセージを受け取る
- メッセージに対して順序(タイムスタンプとシーケンス番号)を付ける
- 他の Application Chain に届ける
ここで重要なのは、Global Synchronizer はメッセージの中身(ペイロード)を復号しないという点です。エンドツーエンドで暗号化されたメッセージの、外側にあるメタデータ(誰から誰へ、どのトピック)だけを見て、順序付けと配送を行います。
つまり Global Synchronizer は、ネットワーク全体の「時計と交通整理」の役割を持ちつつ、個別取引のプライバシーには踏み込まない、という絶妙な立ち位置に設計されています。
BFT コンセンサスと Super Validators
Global Synchronizer そのものは、BFT(Byzantine Fault Tolerant)コンセンサスで運営されています。具体的には 2/3 多数派方式で、Super Validators と呼ばれる特別な役割のノードが合意形成を担います。
2026年時点で、Super Validator として承認された企業は 55 社を超えています。ここで注意したいのは、承認済み企業数と、シンクロナイザ層で実際に稼働するノード数は別の数字だという点です。承認を受けた企業がすべて常時ノードを動かしているわけではありません。
代表的な Super Validator は以下のとおりです。
| カテゴリ | Super Validator の例 |
|---|---|
| 清算・決済 | DTCC、Broadridge |
| マーケットインフラ | Tradeweb、Nasdaq |
| 決済・フィンテック | Visa、Circle |
| インフラ・ミドルウェア | Chainlink、Fireblocks、LayerZero |
| 金融グループ | SBI |
一方、Super Validator ではないものの、Canton Foundation のメンバーやアプリケーション提供者として深く関わっている組織もあります。この2つは混同されやすいので、分けて整理しておきます。
| 組織 | 立ち位置 |
|---|---|
| Goldman Sachs | GS DAP という Canton 上のアプリケーションの提供者 |
| BNY | トークン化預金の提供者 |
| DTCC、Euroclear | Canton Foundation の共同議長 |
| Deutsche Börse | Canton Foundation メンバーの市場インフラ事業者 |
| Northern Trust | トークン化資産のカストディを構築 |
| S&P Global | Digital Asset の $355M ラウンドの出資者 |
Global Synchronizer のガバナンスは、Canton Foundation(旧 Global Synchronizer Foundation)を通じて運営されています。設立時は Linux Foundation との提携で立ち上げられ、2025年9月22日に現在の名称へ改称されました。現在の共同議長は DTCC と Euroclear です。特定の企業が単独で支配できない構造になっており、ここにも「中央集権と分散の中間」を狙う設計意図が見えます。
2026年3月には、決済大手の Visa が Super Validator として加入し、大きなニュースになりました。
決済の中枢企業が参加するという事実は、Canton の位置付けを象徴的に示しています。
Sub-Transactional Privacy:Canton 最大の発明
Canton のもっとも独創的な部分が、Sub-Transactional Privacy(サブトランザクションレベルのプライバシー)です。
従来のプライバシー設計の限界
既存のブロックチェーンにおけるプライバシー設計は、おおむね以下のどれかに分類されます。
| プライバシー型 | 代表例 | 粒度 |
|---|---|---|
| 完全公開 | Ethereum、Solana | 全員が全トランザクションを見る |
| トランザクション単位 | Corda | 関係者だけが取引を見るが、取引全体は見える |
| チャネル単位 | Hyperledger Fabric | チャネル参加者はチャネル内の全データが見える |
| ゼロ知識 | Aleo、Aztec | トランザクションごとに暗号的にプライバシー化 |
Canton の Sub-Transactional Privacy は、これらとはまた別の方向に振っています。ひとつのトランザクションの中の「見える部分」を、Daml コントラクトのレベルで細かく切り分けるのです。
DvP 取引で見るプライバシーの仕組み
具体例として、金融で代表的な DvP(Delivery versus Payment、資産と決済の同時交換)を考えます。
ポイントは、「ひとつの取引」なのに、見える情報が参加者ごとに違うことです。
| 参加者 | 見える情報 |
|---|---|
| Seller(売り手) | 現金受領の事実と金額 |
| Buyer(買い手) | 資産受領の事実と資産ID |
| Registrar(所有権管理者) | 所有者が変更になったという事実 |
| 関係ない他の機関 | そもそもこの取引の存在を知らない |
Seller は「自分の資産をどの相手が買い、それがどこに転送されたか」の詳細を知る必要はなく、ただ「約束通りに現金を受け取れたか」だけを検証すれば十分です。Buyer も同様で、資産を受け取ったことが検証できればよい。Registrar に至っては「誰に何が売れたか」を知る必要すらありません。
ただし Global Synchronizer が完全に何も見えないわけではなく、トランザクションのステータスや関与する当事者の識別情報といった限定的なメタデータは Synchronizer から見えます。
技術実装のポイント
この仕組みは、以下のような技術で実現されています。
- 2段階コミットプロトコル:第1段階で各当事者が自分の担当部分を検証し、第2段階で Global Synchronizer がメッセージ順序を確定する
- エンドツーエンド暗号化:ノード間のトランザクションデータは E2E 暗号化され、Synchronizer も中身を復号できない
- Need-to-Know Basis:Daml コントラクトが、どの Party にどの情報を渡すかを宣言レベルで決める
GDPR と KYC/AML への対応
Sub-Transactional Privacy がもたらす副次的な効果として、GDPR や KYC/AML への対応のしやすさがあります。
GDPR の「データ最小化原則(Data Minimization)」は、必要最小限のデータのみを処理することを求めます。Canton では、プロトコルレベルで「その人が知る必要のない情報は渡さない」という原則が働くので、開発者がうっかりコードを書き間違えて個人情報を余計に拡散する、ということが起きにくい構造になっています。
「忘れられる権利(Right to be Forgotten)」についても、情報が限定的にしか保存されないため、削除対応の範囲を絞りやすくなります。ただしデータの削除そのものは各参加者ノードのプルーニング機能に依存する運用の話であり、Canton が GDPR に準拠していると公式に断定した文書があるわけではありません。Ethereum のような全ノードに永続保存されるチェーンと比べれば対応しやすい、という程度に捉えておくのが妥当です。
Atomic Settlement:金融取引の原子性
プライバシーと並んで、Canton が重視しているのが Atomic Settlement(原子的決済)です。
Herstatt Risk という教訓
金融の世界には Herstatt Risk と呼ばれる決済リスクがあります。1974年に破綻したドイツの Bankhaus Herstatt という銀行の名前が由来です。
当時、Herstatt は FX 取引の決済日、ドイツの営業時間内に相手からドイツマルクを受け取った後、ニューヨークでの対価のドル支払いを行う前に業務停止命令を受けました。Herstatt のコルレス銀行だった Chase Manhattan は米東部時間10時30分過ぎに破綻の報を受け、約6億2000万ドルの支払いを停止しました。結果として、相手行は払ったマルクを取り返せず、ドルも受け取れない、という形の損失が発生しました。
これは、「2つの異なる脚(Leg)を持つ取引で、片方だけが成立して片方が失敗する」という、決済インフラの根本課題を象徴する事件です。
All-or-Nothing セマンティクス
Canton では、Global Synchronizer が複数 Application Chain にまたがる取引を原子的に処理します。複数の脚を持つ取引は、全部成功するか、全部失敗するかのどちらかです。
例えば、Party A が資産を、Party B が現金を、Party C が現金決済を担当するような三つ巴の取引でも、途中でひとつの脚が合意に至らなければ、すべての脚が元に戻ります。Herstatt 型のリスクは、プロトコルレベルで構造的に排除されます。
UTXO モデルによる並列処理
Canton は内部的には UTXO(Unspent Transaction Output)の発想にもとづく台帳モデルを採用しています。Non-consuming choices(契約を消費しない選択肢)では行使しても契約がアーカイブされないため、同じ契約に対する操作が競合しにくく、並列処理の自由度が上がります。
これは Ethereum のアカウントモデル(ひとつのアカウントに連続した nonce でトランザクションが並ぶ)とは異なる発想で、競合のない並列トランザクションであれば、原理的に無制限にスケールできる構造になっています。
Canton Coin(CC)のトークン経済
機関投資家向けのブロックチェーンと聞くと、「ネイティブトークンはないのでは?」と思うかもしれません。しかし Canton には Canton Coin(CC)というネイティブトークンが存在します。
基本情報
市場データに基づくと、2026年8月10日時点の状況は以下のとおりです。
| 指標 | 値 |
|---|---|
| 価格 | $0.1013 |
| 時価総額 | $3.98B |
| 時価総額ランク | #24 |
| 流通供給量 | 393億 CC |
| 24時間出来高 | $22.8M |
| 最大供給量 | 無制限(初期10年で最大1000億 CC まで発行可能) |
| 主要取引所 | Bybit、Gate、OKX、Kraken |
Canton Coin の役割
CC は主に3つの用途に使われます。
| 用途 | 内容 |
|---|---|
| ネットワーク手数料 | スループット、メッセージング、Global Synchronizer の利用料 |
| ネットワーク参加者へのインセンティブ | Super Validator だけでなく、通常のバリデータやアプリケーション提供者(Featured App)にも報酬が配分される |
| ガバナンス参加 | Super Validator を通じたプロトコル変更の投票 |
アプリケーションを提供する開発者にも報酬が回る点は、Canton のトークン設計の特徴です。
手数料は「処理データ量(MB)」と紐づいたモデルになっており、ネットワーク使用量が増えると必然的に CC の消費(Burn)が増える構造になっています。なお手数料そのものは USD 建てで定義されているため、CC の価格が動けば同じ処理量に必要な CC の枚数も変わります。
Burn-Mint Equilibrium
興味深いのは、CC の供給設計です。Canton は Burn-Mint Equilibrium と呼ばれる経済モデルを採用しています。
押さえておきたいのは、新規発行は価格に反応して起きるわけではないという点です。発行は10分ごとの「ラウンド」ごとに発行上限に従って行われ、バリデータやアプリケーション提供者への報酬として自動的に鋳造されます。一方の焼却は、USD 建てのトラフィック手数料を CC で支払うことで発生します。均衡とは、年間の焼却量が年間の発行量(約25億 CC)に追いつく状態を指します。トークンの価値が「投機的な期待」ではなく「実際のネットワーク使用量」に連動することを狙った、ユーティリティ寄りの設計です。
2026年1月には halving が実施され、ミンティングラウンドあたりの最大発行量が50%削減されました。あわせて報酬の配分も変わり、Super Validator の取り分は48%から20%へ引き下げ、アプリケーション提供者への配分は62%へ引き上げられています(CIP 100 により、報酬の5%は Protocol Development Fund に配分されます)。
上場後の価格動向
Canton Coin は2025年10月末から11月にかけて、TGE(Token Generation Event)と取引所への上場が行われました。上場直後の2025年11月中旬は $0.11〜0.12 前後で、2026年2月に最高値 $0.1942 をつけたあとは下落基調にあり、2026年8月時点では $0.10 前後で推移しています。なお史上最安値は2025年12月6日の $0.0590 です。
Canton が動かす本物の資産
ここまで技術的な話を続けてきましたが、実際に Canton 上ではどんな取引が行われているのかを見ていきます。これが Canton を「動く金融インフラ」として理解する上でもっとも大事な部分です。
US Treasury レポ取引
2025年8月12日、Canton で初のオンチェーン US Treasury レポ取引が実行されました。これは資産と代金を交換する DvP ではなく、米国債を担保に資金を調達するレポ取引です。担保にはトークン化された米国債、キャッシュレグには USDC が使われ、実行場は Tradeweb でした。土曜日にアトミック決済されており、24時間365日で完結する米国債ファイナンスが成立したことになります。
レポ取引(Repo)は、米国債などを担保に短期で資金を借り入れる金融取引で、短期金融市場の中核をなします。通常は市場時間の制約を受け、金曜の午後に実行すると決済が月曜まで遅れる、といった非効率がありました。
Canton 上のレポ取引は、以下のように改善されています。
- 24時間365日取引可能(週末・市場時間外にも実行できる)
- アトミック決済(担保渡しと資金借入が同時に成立)
- リアルタイムのファイナリティ(秒単位で不可逆)
取引量も伸びています。Canton 上で稼働する Broadridge の Distributed Ledger Repo は、2026年6月時点で平均日次 $357 billion を処理しています。Digital Asset が主導する Industry Working Group には、Bank of America、Circle、Citadel Securities、Cumberland DRW、Digital Asset、DTCC、Hidden Road、Société Générale、Tradeweb、Virtu Financial が参加しています。
Money Market Fund(MMF)のトークン化
2025年7月には、Goldman Sachs と BNY が Canton 上で Money Market Fund(MMF)のトークン化を発表しました。Canton 上で稼働する Goldman Sachs の GS DAP(Daml ベース)を使い、BNY の LiquidityDirect で申し込んだ MMF 持分をミラー記録としてトークン化する仕組みです。参加する運用会社は BlackRock、BNY Investments Dreyfus、Federated Hermes、Fidelity、Goldman Sachs Asset Management です。
MMF は、短期の安全資産で運用される投資信託で、機関投資家の現金管理の中核です。ただし発表時点で実現したのは持分の記録をブロックチェーン上にミラーすることまでで、担保としての利用や移転性の解放は今後の課題と位置づけられています。
MMF をデジタル資産として扱えるようになれば、他のオンチェーン取引と組み合わせた使い方、例えば担保として差し入れる、レポ取引の対価にするといった展開が視野に入ります。
クロスボーダーコラテラル管理
2026年1月15日には、欧州国債・米国債とユーロ現金・米ドル現金を使った初のクロスボーダー・イントラデイレポが実施されました(Industry Working Group 第3弾)。続く2026年2月24日には、トークン化した UK Gilts(英国債)を非GBPのトークン化預金と交換する、初のクロスカレンシー・イントラデイレポが実行されています(第4弾)。第4弾に参加したのは LSEG、Euroclear、Citadel Securities、Tradeweb、Société Générale、Virtu Financial、DTCC、Digital Asset、Cumberland DRW、TreasurySpring、Archax、IntellectEU です。
これらは、異なる通貨・異なる国の法制度下にある担保資産を、ひとつのネットワーク上で統合管理できる可能性を示したマイルストーンです。
Canton 上の RWA 構成
2025年12月時点で、Canton 上には6兆ドル超のトークン化されたリアル資産(Real World Assets, RWA)があり、内訳としては米国債レポ、シンジケートローン、MMF、モーゲージ、コモディティ取引などが含まれます(金額の公式な内訳は非公表です)。レポ取引の担保として一時的にロックされている資産も、この規模に含まれます。
参考までに、Ethereum 上の DeFi TVL は2026年初頭時点で約680億ドル、2026年8月時点では約420億ドルです。6兆ドル対0.042兆ドルで、およそ140倍の開きがあります。この規模の「リアル資産」が、Canton 上では既に動いているというのが現状です。
競合分析:他のブロックチェーンとの比較
ここからは、Canton Network と他のブロックチェーンを比較していきます。Canton は「機関投資家向け」という独自のポジションにいるため、単純に Ethereum と比べるだけでは全体像が見えません。3つの陣営に分けて整理します。
主要チェーンの比較表
まず、代表的なチェーンを12軸で比較した表です。
| 項目 | Canton | Ethereum | Polygon / Arbitrum | Solana | Corda | Hyperledger Fabric | Avalanche L1(旧 Subnet) |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| タイプ | L1 機関向け | L1 パブリック | L2 | L1 | DLT コンソーシアム | DLT 許可型 | L1(旧 Subnet) |
| プライバシー | Sub-transaction | なし | なし | なし | Transaction-level | チャネルレベル | L1 内 |
| 相互運用性 | ネイティブ Atomic | Bridges | Bridges | Bridges | 単一ドメイン | チャネル内のみ | L1 間ブリッジ |
| スケーラビリティ | アプリ単位の並列化で上限を設けない設計(ネットワーク全体の実測は平均10 TPS台) | 25〜60 TPS(2026年、ガスリミット6,000万) | 理論値 7,000+ TPS | 理論上限 65,000 TPS(実測は数千 TPS) | 公式な数値非公表 | 公式な数値非公表(Fabric-X は10万 TPS 超を主張) | L1 ごと |
| Finality | 秒 | 約12.8分 | 数分 | 秒 | notary が一意性コンセンサスに署名した時点で確定 | 決定的ファイナリティ(コミット時点で確定、フォークなし) | 秒 |
| 規制対応 | プロトコル組込 | 困難 | 困難 | 困難 | 可能 | 可能 | L1 の設定次第 |
| スマートコントラクト言語 | Daml | Solidity | Solidity | Rust、Solidity | Java / Kotlin | Go / JavaScript(Node.js)/ Java | Solidity |
| マルチパーティ設計 | ネイティブ | 手動実装 | 手動実装 | 手動実装 | ネイティブ | ネイティブ | 手動実装 |
| ネイティブトークン | Canton Coin | ETH | POL / ARB | SOL | なし | なし | AVAX |
| ガバナンス | Super Validator + Canton Foundation(旧 GSF) | ETH Staking + 社会的合意 | L1 + DAO | SOL validators + 財団 | ネットワーク運営者ごとの Application Network(R3) | LF Decentralized Trust | AVAX holders + 各 L1 |
| 機関向け適性 | 非常に高い | 低 | 低〜中 | 中 | 中〜高 | 中〜高 | 中 |
| DeFi 適性 | 限定的 | 非常に高い | 高 | 高 | 低 | 低 | 中〜高 |
この表を見るだけでも、Canton が取りに行っている領域が他のどのチェーンとも微妙にずれていることが分かります。
パブリックチェーン群との比較
Canton vs Ethereum の比較から整理します。
Ethereum の強みは、言うまでもなく DeFi と開発者エコシステムです。Uniswap、Aave、Sky(旧 MakerDAO)、Lido といった重量級プロトコルは、Ethereum の透明性と許可不要性があるからこそ成立しています。個人ユーザーにとって、Ethereum 以上に「オープンで改ざん困難な金融レイヤー」を提供できるチェーンはまだ存在していません。
一方で、同じ透明性が機関決済には致命的な弱点になります。大口のポジションを Ethereum 上で管理することは、自社の取引戦略を競合に公開することと事実上同じです。また、Ethereum の Finality は2エポック、約12.8分で固定されており、金融決済に必要な「秒単位で不可逆な確定」を担保しきれません。
Polygon や Arbitrum といった L2 についても、基本的には同じ課題が残ります。L2 は Ethereum のスループット問題を改善しますが、プライバシーモデル自体は変わりません。機関投資家から見ると「やっぱり全部見える」チェーンです。
Solana は TPS の面では突出していますが、Token-2022 の confidential transfer のような部分的な機能はあるものの、チェーン全体としてのプライバシー設計はありません。高頻度取引や決済の土俵としては優秀ですが、機関投資家が求める機密性とは別軸の強さです。
結論として、パブリックチェーンは「DeFi 流動性の勝者」、Canton は「機関決済の勝者」という棲み分けが、現時点での妥当な整理に見えます。
機関投資家向け DLT 群との比較
次に、同じ「機関向け」を謳う Corda、Hyperledger Fabric、Avalanche L1(旧 Subnet)と比較します。
Canton vs Corda
どちらもプライバシー重視の DLT ですが、設計の深さが違います。
| 観点 | Corda | Canton |
|---|---|---|
| プライバシー粒度 | Transaction-level | Sub-Transactional |
| バックチェーン問題 | あり(履歴が関係者に伝搬) | なし |
| 相互運用性 | 単一ビジネスネットワーク内(外部接続は Solana との提携で模索中) | Global Synchronizer で異なるアプリ間も atomic |
| トークン経済 | なし(純粋なビジネスネットワーク) | Canton Coin によるインセンティブ |
| 参加規模 | 特定コンソーシアム(数十機関) | 700+ 機関 |
バックチェーンについては、デフォルトの動作としては今も上記のとおりですが、Corda 5.2 では backchain skipping が提供され、contract-verifying notary を使えば回避できます。ただしその場合、notary に取引内容がすべて見えるというトレードオフを負います。
相互運用性の面でも動きがあります。2025年5月22日に R3 と Solana Foundation が戦略提携を発表し、Corda 上のプライベート取引を Solana メインネットで直接確定させる方向が R3 の公式方針になっています。閉じたネットワークの外に出る道筋を、Corda 側もパブリックチェーンとの接続で作ろうとしている、という構図です。
Corda が「各コンソーシアムで閉じたネットワーク」なのに対し、Canton は「独立したネットワーク同士を Global Synchronizer で橋渡しする」という一段上のレイヤーを提供します。これが、Canton が「ネットワークのネットワーク」と呼ばれる所以です。
Canton vs Hyperledger Fabric
Fabric は Walmart のサプライチェーンなど、金融以外の用途でも広く使われている汎用的な DLT プラットフォームです(IBM Food Trust は2010年代後半の代表例でしたが、2025年5月14日付でサービスを終了しています)。
チャネルによるプライバシー区切りは、単純なケースでは機能します。ただし機関金融の要件で見ると、弱点が2つあります。ひとつは、チャネル内には一切プライバシーがなく、参加者全員が全取引を見ること。もうひとつは、チャネルをまたぐと原子性も二重支払い防止も効かないことです。Canton の Sub-Transactional Privacy と Global Synchronizer は、まさにこの2点を解くために設計されています。
Fabric は「エンタープライズの汎用 DLT」、Canton は「機関金融特化の DLT」と整理すると、両者の棲み分けが見えてきます。
Canton vs Avalanche L1(旧 Subnet)
Avalanche の L1(2024年12月の Etna ハードフォークまでは Subnet と呼ばれていました)は、表面的には Canton の Application Chain に似ていますが、根本が違います。Avalanche はパブリックな L1 の延長として個別チェーンを提供していますが、Canton はゼロから機関向けプライバシー設計で組まれています。KYC/AML、GDPR といったコンプライアンス要件への対応レベルが桁違いです。
Provenance Blockchain(Figure Technologies 主導、Cosmos ベース)も RWA トークン化に注力していますが、こちらはモーゲージローンなど特定領域に強みを持ちます。Canton のような全方位の金融インフラを目指すポジションとは異なります。
プライバシー志向チェーン群との比較
プライバシー機能にフォーカスしたチェーンとしては、Aleo、Aztec、Secret Network などがあります。
これらの多くは、ゼロ知識証明(ZKP)や TEE(Trusted Execution Environment)を使って、トランザクション内容を暗号学的に秘匿します。個人レベルのプライバシー(誰から誰へ、いくら送ったかを隠す)という観点では、非常に強力な技術です。
ただし稼働状況には差があります。Aztec は2025年11月に Ignition チェーン(コンセンサス層のみ)をメインネット公開しましたが、スマートコントラクトの実行層はまだ稼働しておらず、トランザクション開始は2026年前半が目標です。Secret Network は TEE の脆弱性を受けて、semi-permissioned モデルへ移行しています。
ただし、機関投資家の視点で見ると、以下の点で Canton とは用途が異なります。
- KYC/AML との統合が弱い:規制当局への報告義務とプライバシーのバランスを、プロトコルレベルで設計していない場合が多い
- 既存金融システムとの接続点が限定的:Goldman Sachs や DTCC のような組織が、ゼロから ZK チェーン上で業務フローを組むのは現実的ではない
- ガバナンス構造が異なる:機関投資家が意思決定に関与できる仕組みが整っていない
言い換えると、ZK 系チェーンは「個人のプライバシーを強力に守る」方向、Canton は「機関がお互いの機密を守りつつ、規制当局には適切に開示する」方向に振った設計、という違いです。
使い分けの指針
ここまでの比較を、読者が意思決定する立場で使える形に整理すると、以下のようになります。
| 目的 | 推奨チェーン |
|---|---|
| DeFi、NFT、個人のオンチェーン取引 | Ethereum / Polygon / Arbitrum |
| 超高頻度取引・決済 | Solana |
| 機関投資家の金融決済・RWA | Canton |
| 金融以外のエンタープライズ DLT | Hyperledger Fabric |
| 特定コンソーシアムの業界ネットワーク | Corda |
| 個人のプライバシー重視の送金 | Aleo / Aztec |
補完関係と統合動向
最後に、Canton とパブリックチェーンは、対立関係ではなく補完関係に向かっているという動向も押さえておくと、全体像が立体的に見えます。
- LayerZero 統合(2026年3月):Canton が LayerZero 経由で 165+ のチェーンと接続可能に。これにより、Canton 上の RWA を Ethereum 系の DeFi から参照する道筋ができつつあります
- RedStone との連携:Canton 上の RWA 情報を他チェーンのオラクルとして使うアプローチ
- Polyglot Canton:2025年2月のホワイトペーパーで示された構想で、Canton の実行環境に複数言語のサポートを加えるもの。公式 X での発表は2025年2月14日です
- Zenith(EVM/SVM 実行層):2026年3月9日に、Canton のネイティブな EVM/SVM 実行層として Zenith がローンチしました。Tier-1 Super Validator として運営され、メインネットは2026年Q2を目標としています。EVM の開発者が Canton のプライバシーと相互運用性を利用できるようになります
Canton は「もう一つのブロックチェーン世界」ではなく、「既存のブロックチェーン世界に機関投資家向けレイヤーを足しにきた存在」として捉えると、ロードマップの意図が見えてきます。
2026年の最新動向
Canton Network の動きは2025年後半から急速に加速しています。直近1年の主要なトピックを時系列で整理しておきます。
| 日付 | 内容 |
|---|---|
| 2025-06-24 | Digital Asset が $135M の資金調達(DRW VC、Tradeweb 主導) |
| 2025-08-12 | 初のオンチェーン US Treasury レポ取引を実施(米国債を担保に USDC をキャッシュレグとして土曜日にアトミック決済した、24時間365日の完全オンチェーン米国債ファイナンス) |
| 2025-09 | Chainlink Labs が Super Validator に加入 |
| 2025-10-31〜11月 | Canton Coin の公開配布・取引所上場(TGE は10月31日、現物取引開始は11月10日に11取引所。CC 自体は2024年から存在) |
| 2025-12-17 | DTCC が Treasury Tokenization パートナーシップを発表 |
| 2026-01-15 | 欧州国債・米国債を用いた初のクロスボーダー・イントラデイレポ(Industry Working Group 第3弾) |
| 2026-02 | Fireblocks との統合(機関向けカストディ) |
| 2026-02-24 | トークン化した UK Gilts を非GBPのトークン化預金と交換する初のクロスカレンシー・イントラデイレポ(第4弾) |
| 2026-03-09 | Zenith が Canton のネイティブ EVM/SVM 実行層としてローンチ |
| 2026-03-25 | Visa が Super Validator に加入(初の大手ペイメント企業) |
| 2026-03-26 | LayerZero 統合(165+ チェーンと接続) |
| 2026-03-31 | S&P Dow Jones Indices と Kaiko が iBoxx 米国債インデックスを Canton 上でトークン化(主要指数プロバイダとして初) |
| 2026-04-09 | PCP(Programmable Credit Protocol)パートナーシップ |
| 2026-04-13 | HSBC がトークン化預金サービスのパイロットを Canton 上で完了 |
| 2026-05-07 | 21Shares の TCAN が Nasdaq 上場(Canton Coin に直接エクスポージャーを持つ初の米国 ETF) |
| 2026-06-11 | Digital Asset が a16z crypto 主導で $355M を調達(評価額約20億ドル。ABN Amro、Apollo、BNP Paribas、Citadel Securities、HSBC、SBI、ADIA が参加) |
| 2026-07-15 | DTCC が本番環境でトークン化証券のライブ取引を実行 |
Visa の加入は、決済業界から見ても象徴的です。従来 Canton は「銀行・証券のネットワーク」としての色が強かったのですが、決済の基盤企業が加わったことで、カード決済と機関決済が同じレイヤーで統合される可能性が見えてきました。
今後のロードマップ
DTCC のトークン化については、すでに本番環境での実行まで到達しています。2026年7月15日、DTCC はトークン化株式・ETF・米国債を対象に、担保差入・レポ・証券貸借・マージン移動などを Hyperledger Besu と Canton 上で決済するライブ取引を実行しました。JPMorgan、Goldman Sachs、BlackRock、Vanguard、CME Group などが参加しています。
これを踏まえて、Canton の公式アナウンスや Industry Working Group の動きから直近の見どころを整理すると、以下になります。
- DTCC のトークン化証券プラットフォームの商用ローンチ:2026年10月を予定
- Northern Trust のトークン化資産カストディ:2026年4月に、AuC/A 20兆ドル規模の Northern Trust が Canton 上でトークン化資産のカストディ機能を構築すると発表しました
- Kinexys by J.P. Morgan との統合:2026年1月7日に Digital Asset と Kinexys by J.P. Morgan が統合の意向を発表し、2026年を通じたフェーズドアプローチで進めるとしています。デポジットトークン JPMD は2025年11月に Base 上でローンチ済みで、Canton は2番目のネットワークにあたります
- Zenith のメインネット化:EVM/SVM 実行層は2026年3月にローンチ済みで、メインネットは2026年Q2を目標に進行中です
まとめ:Canton が示すブロックチェーンのもう一つの到達点
Canton Network は、普段 Ethereum や Solana を触っているエンジニアからは見えにくいポジションに立っています。
この記事で押さえたポイントを振り返ると、以下のようになります。
- Canton は Digital Asset 社が開発した、機関投資家向けのプライバシー機能付きブロックチェーン
- 単一チェーンではなく、Application Chain の集合を Global Synchronizer が橋渡しする「ネットワークのネットワーク」構造
- スマートコントラクトは Daml(宣言的、関数型)で書かれ、マルチパーティ取引を言語レベルでサポート
- Sub-Transactional Privacy により、ひとつの取引の中でも参加者ごとに見える情報を分離できる
- Atomic Settlement で、複数アプリにまたがる取引を All-or-Nothing で処理し、Herstatt 型リスクを排除
- Canton Coin は使用量ベースの Burn-Mint Equilibrium で経済設計
- 2026年時点で 700+ 機関、800+ バリデータ、6兆ドル超の RWA が稼働
- Ethereum 系の DeFi とは対立ではなく補完関係に向かいつつある(LayerZero、Zenith)
ブロックチェーン = パブリックチェーン、という理解のままだと、Canton のようなチェーンは「よく分からないエンタープライズ系」に分類されて終わりやすいところです。しかし、機関投資家の世界でこれだけの規模の資産が現実に動いている事実は、ブロックチェーンというインフラの別の可能性を示しているように感じます。
個人的には、ブロックチェーンは「パブリック vs 機関向け」ではなく、層が分かれていく段階に入った、というのが今のところの見方です。DeFi レイヤーは Ethereum 系、決済・RWA レイヤーは Canton、プライバシー送金は ZK 系、というように、用途ごとに最適なチェーンを選ぶ世界が近づいているように見えます。Canton が Zenith で EVM をサポートし、LayerZero 経由で他チェーンと接続しにいっている動きは、その兆しのひとつと言えます。
Canton 上でどんなアプリケーションが育つのか、DeFi との橋渡しがどこまで進むのか、今後も定期的にウォッチしていきます。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
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