🍋

私が英語論文を読むなんて

に公開

ナレッジワークでQAエンジニアをしている かとあず です。

以前、QA Guildの取り組みとして論文読書会を開始したというブログが公開されました。

https://zenn.dev/knowledgework/articles/d2ffde72ba9ea8

今回は、その読書会に一参加者として加わって、実際にやってみてどうだったのか、リアルな感想を書いていきます。

論文?読んだことないし、英語なんて無理!!

読書会で論文を取り上げる、そしてその論文は英語だと聞いたとき、私が最初に思ったことは「英語?論文?絶対無理!!」でした。

私はこれまで論文に縁がなく、どういう構成で書かれているのか?どうやって読むものなのか?何を目的に読み進めればいいのか?と、論文を読む上での前提すらまったくわからない状態でした。

AIの発展で翻訳が手軽になったとはいえ、英語が得意ではないことで「そもそも書いてあることを正しく理解できるのか、最後まで読み切ることなどできるのか」と、スタート前から高いハードルを感じて不安でいっぱいでした。

20分の壁に阻まれ、完全なる敗北を喫す

この読書会は、毎週木曜の朝10:00から30分間という非常にコンパクトな枠で開催されます。
当日の流れは以下です。

この読書会は「消化不足でも30分で終わりにする」というルールがあります。
初回参加時に、このルールの洗礼を受けました。

AIに翻訳してもらおうにも何をどう質問してよいかわかりません。全文翻訳をしようにも、AIはボリュームが多いことで対応できませんでした。たとえ全文翻訳ができたところで20分で全部を読み切ることができません。
刻一刻と過ぎる20分という時間制約のなかで、ただただ焦燥感がつのっていきます。
結局、論文の内容が何一つ頭に入ってこないままタイムアップを迎え、手元に残ったのはいたずら書きしたかのような意味不明なメモと、圧倒的なまでの敗北感、そして虚無感でした。完全に打ちのめされた状態で、私の論文読書会の初回は幕を閉じました。

あまりの出来なさに心が折れた私は、その後しばらく「今は業務が立て込んでいるから」と自分に言い訳を作り、少しずつ読書会を欠席しがちになっていきました。「わからないこと」そのものに向き合うのが怖く、何より何も理解できていないのに感想を言わなければいけない時間がつらくてたまらなかった……というのが、当時の本音だったのかもしれません。

やってみなければ、できるようにもならない

そんな私が再び読書会に参加するようになったのは、ナレッジワークのミッションである「LIFE WITH ENABLEMENT できる喜びが巡る日々を届ける」という言葉を思い出したからです。
イネーブルメント(できるようになること)のチャンスは、ただ指をくわえて待っている人に会社が提供してくれるものではありません。自らチャレンジする人にこそ手を差し伸べてくれる、そんな仕組みなのだと改めて感じました。

「全部理解できなくてもOK」「20分でわかった範囲やわからなかったことをシェアすることにも意味がある」と、不完全であることを受け入れてくれる雰囲気であることに気づき、私たちが「できないことにチャレンジする」という姿勢を尊重しているということがわかり始めてきました。
やってみなければ、できるようにもならない。その第一歩を支えてくれる文化が、私を論文読書会へ引き戻しました。

勇気を出して再開し、継続するうちに、この読書会は論文を読むことだけではなく、後半の共有時間にも大きな意味があることにも気づきました。
自分一人でAIと格闘しているだけでは得られない、多角的な視点がありました。

  • 熟練メンバーによる「査読」の視点
    • 論文に慣れているメンバーからは、「こういうケースは考えられていなさそう」「この結論を導くにはデータに偏りがあるかもしれない」といった、いわゆる論文の穴を突くような鋭い観点が上がります。ただ読むだけでなく、「批判的に吟味する」という姿勢を目の当たりにできるのは、非常に大きな学びになっています。
  • 論文の読みどころ
    • 論文の読み方がわかっていない私にとって、論文のどの部分を翻訳するとよいのかということもわからない状態でした。「全部翻訳ができないなら、章ごとに翻訳していけばよいのだろうか?」と、とにかく全文を読まなければならないと思い込んでいました。
      「全文を完璧に日本語訳して理解しようとしない」というアドバイスや、論文の核になる情報だけ翻訳して読み、あとは質問をしながら補っていくという優先順位付けの基準を知ることで、短時間で効率的にエッセンスを吸収する術も学びになりました。
  • AIの使い方の共有
    • メンバーごとに使いこなしているツールが異なるのも面白い点です。「論文解析用にカスタマイズしたGPTsを構築している」といったメンバーや、音声解説をしてもらいながら聞きなれない単語を拾っているというメンバーの情報で、私も真似してみる機会がありました。
      私自身は、視覚的に全体像を捉えるとわかりやすいと感じるタイプなので、NotebookLMのインフォグラフィック機能を使って、論文を1枚のポスターのように出力して全体の雰囲気やキーワードをざっくり眺めてから論文を読み始めることが多いです。どんな話題なのかが事前にわかることは、論文を読み進めるうえで大きな助けになりました。

NotebookLMのインフォグラフィック機能は、たとえば先行ブログ「QA Guild メンバーで論文読書会始めました」をインプットに使うとこのようにまとまります。
もちろんブログの内容すべてを網羅しているわけではありませんが、どういった内容なのかがパッと掴みやすくなります。
NotebookLMのインフォグラフィックを使ったブログのまとめです。ブログの要点が1枚にまとまっています。
ブログ「QA Guildメンバーで論文読書会始めました」のまとめ

継続で見えてきた型

「読書用のテンプレート」が用意されていたことも、論文の読み方を理解する助けになりました。
背景、目的、結論、貢献といった項目を順に埋めるステップを繰り返すことで、論文を読むための型が少しずつ身体に馴染んできました。
「広く浅く読む」「深く追いすぎない」というスタンスで良いと割り切ることで、限られた時間のなかでも要点を掴むコツがわかってきました。
こうした型が身につくと、実務で扱うPRD(Product Requirements Document)、DesignDoc、ポストモーテムドキュメントの読み方も変わってきました。

もし、英語を使い慣れている人であれば、AIが要約した内容に違和感があればすぐ気づき、原文をパッと確認して補完するといった、さらに一段上の使いこなしができそうです。
自身が詳しい領域に関する論文であれば、AIの回答に自身の専門知識や過去の知見を掛け合わせ、より多角的な考察や鋭いフィードバックができるのではないかと感じています。

ついに「積ん読」に手が伸びた

論文読書会への参加を継続していると、論文に対する心理的ハードルがぐっと下がりました。
そして以前勧められたものの、「英語の論文かぁ……」と放置していた積ん読論文に自力でチャレンジしてみました。

読んだ論文は、『The New New Product Development Game』(竹内弘高、野中郁次郎 著/Harvard Business Review, 1986年発表)です。

読書会と同じように、AIツールとテンプレートを駆使して向き合ってみたところ、以前はどこから手をつけたらよいのかわからなかった論文が、どんなことを言っているのかわかるようになってきました。

特に驚いたのは、チームメンバー全員が自分の専門外であってもプロジェクトのあらゆる側面に責任を持つという考えが、1986年にすでに成功の鍵として定義されていたことです。
論文では、バトンを渡す「リレー方式」ではなく、チーム全員がボールを運び続ける「ラグビー方式」の重要性が記載されています。
柔軟性とスピードを手に入れるためには、役割を固定するのではなく、全員がプロダクトの成功にコミットする。かつて日本企業が世界を席巻したこの「ラグビー方式」の精神こそ、私がQAエンジニアとして立ち返るべき原点なのかもしれません。

まだ「読んだ論文が理解できた」とは言い切れないですが、私にとっては大きな一歩です。

さいごに

実際に飛び込んでみてわかったのは、論文を読む価値は即効性だけではないということです。
論文読書会では、世界中の研究者が試行錯誤して辿り着いた知見に触れ、それを仲間と共有し議論します。そのプロセスそのものが、自分一人の経験や書籍だけでは決して辿り着けなかった「新しい世界の扉」を開くきっかけになります。
数年後の自分を支える視座を養う喜びは、何物にも代えがたいものです。

最初は「絶対無理!!」と思っていた私ですが、QA Guildの読書会のおかげで、今では自分から少しずつ手を伸ばせるようになりました。次の目標は、選定された論文を読むだけでなく、自分が必要とする知識を得るために、自ら最適な論文を探しにいけるようになることです。

論文読書会なんて、「今の自分にはまだ早い」「実務に直結しないから」と思う人もいるかもしれません。
それでもチャレンジすることで、思いもよらないわくわくに出会えるはずです。

これからも論文読書会を楽しみながら、日々の業務に活かして、より良いプロダクトづくりに貢献していきます。

株式会社ナレッジワーク

Discussion