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掛け算順序論争について思うこと

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はじめに

掛け算順序論争自体はもうだいぶ前からの年中行事みたいなもので、今更決着がつかないこと自体はわかりきっているんですが、一つ「外からの視点」でも書いてみたいと思います。ここで書くのは、あくまで私個人の経験や観察にもとづいた雑感です。

自分の立ち位置

まず、私の立場から。便宜上、小学生に掛け算には順序があるという教え方をすること自体は問題ないと思っています。教育はきちんと子どもが学べるという「結果」にもとづいて測られるべきですし、便宜上の教え方自体を問題視するのは木を見て森を見ずになっているかなと。

じゃあ、順序派を全肯定するかというとそうでもないってのが正直な意見です。早熟な子はどこにでもいるものですし、そういう子は「教科書以外」のところから、別に順序なんてどっちでも同じじゃないかって気づくことも多いわけです。

たとえば、「2本入りの鉛筆セットが3つあります。ぜんぶで何本でしょう」といった問題で、
2×3 と書いても 3×2 と書いても答えは6本になる
ような場面です。現実世界の感覚からすると「どっちにしても6だし、どちらもおかしくない」と感じる子が出てきます。

それをカリキュラムの都合で✘をつけるのは、まさによく言われてるように「教師に適切に従えるか」の採点になっていて、しかも国語能力の問題ですらないわけです。そこで×をつけられた側からすると、「自分の考え方が論理的におかしいからではなく、ルールを知らなかったから罰された」と感じやすく、理不尽感が生まれます。

嫌なら最初から「教科書に出てきていない法則は使わないようにしましょう」と明記しておけばいいわけで。それで✘を食らって強く傷つく子をわざわざ増やすのは、教育の目的からいっても正当化できないなというのが基本です。

この問題のややこしいところ

ただ、多くの子どもは雰囲気で「あ、これ先に僕が覚えてる知識使っちゃ駄目なやつだ」と察することができるんですね。いわゆる空気読むというやつですが。私は空気読むのが上手いとは思ってないですが、小学校の時点で教師が何を求めてるのかざっくりとはわかっていた方なので掛け算順序問題についてはそもそもトラウマった記憶がなかったりします。

逆に小学校高学年になると早い反抗期というか、教師の模範解答が全く無意味と思えたら反発しました。たとえば、道徳の授業で「差別をなくすにはどうすればいいでしょうか?」という問いかけがありましたが、模範解答、つまり「皆で仲良くしましょう」的なものが求められてることもわかっちゃうわけですね。

それで、あえて逆張りして「差別はなくなりません!」なんて言って教師から「そういうこと言ってるんじゃありません!」て怒られたけど、当時のクラスメイトを思い返すに、そもそもその教師はクラスとの関係づくりがあまりうまくいっておらず、そのエピソードとか幼馴染に話しても「あの先生、統制するのが好きやったしなあ」って感じの感想が返ってきたものです。

自分語りはさておき、大多数の子どもはそういう感じで空気読んで教師が求めてるものを察知できてしまうけど、発達の仕方によってそれ(明示されてない暗黙ルールの読み取り)が苦手で、かつ頭脳自体は明晰な子が一定数いるのが、この問題のややこしいところだと思います。

Xですごい反発してる層はこの手の体験からのトラウマを持っている方が多いなというのが雑感で、実際に話を聞いてみると「それはその人の立場からすると怒って当然だろうな」と感じるケースも少なくありません。

教員側の課題

そういう子もケアできるように問題文に前提を必ず明示するってのも一つの案なのですが、正直なところ、多くの子が成長過程で取得可能な暗黙ルールを明示するにしても、教員自身が明示する必要性に気づきづらいということはあるかと思います。

最近は発達特性の話が盛んなので、この辺りの不器用な子への対応について、現場もだいぶ変わってきていると思うのでこのあたりは勘違いがあったらすいません。

加えて、小学校教員は別に万能の神様ではなくて、(もちろん凄く頑張っておられる方が多いかと思いますが)4年生の大学で教員免許を取った「専門職としての一人の人」です。どれだけ優秀な先生でも、わからないことや見落としてしまうことの方が実は多い。その辺りは、自覚的にキャッチアップしておられる方もツイッター拝見してると多いなと言う印象です。

とはいえ、時間は有限だし、特に小学校教員は授業だけしていればいいわけではなく、むしろ子どもにどう対応するかとか、保護者のクレームにどう向き合うかみたいな「教える」と別の業務が凄く多いわけです。「教員にもっとちゃんとしろ!」と外から言うのは簡単ですが、ただでさえいっぱいいっぱいなので、教え方の細部にまで外野が口出しまくっても問題は解決しないことまで見えてるわけです。

じゃあどうすればいいの?

短期的にどうにもならないだろうという話になってしまうのですが、ただ、そんな中でも重要なことがあると思っています。先生そのものを攻撃しないということです。

もちろん、色々言いたいことはあるにしても、「~ということで✘をつけられたけど、それはこういう理由で教育的によくないと思うので、今後はこうして欲しい」という形の、具体的で筋の通った要求にした方が良かろうと感じます。矢印を 「先生個人の人格」 ではなく、「採点基準やカリキュラムの設計」に向ける、という言い方もできるかもしれません。

誰だって自分の選んだ職業にそれなりの矜持がありますから、そこを踏みつけて「従え」とやっても、それは相手の態度を硬化させるだけであんまり良いことがないのです。

※これ自身は私自身の反省でもありますけど。

もちろん、全部我慢するのは精神衛生上よろしくないので、伝えることはきっちり伝える(ただし、相手を思いやりつつ)というのが重要なのかなと、中年のおっさんになって思ったのでした。

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