製造業の引継ぎによる事故を防ぐ!音声対話確認システム TSUGIAI
TSUGIAI:AIエージェントによる次世代シフト引継ぎシステム
1. 背景
24時間稼働の製造業におけるシフト間引継ぎ(申し送り)の重要性
製造業、特に工場の交替勤務がある現場では、シフト交代時の引継ぎは安全上の極めて重要なコミュニケーション工程です。
私自身も、化学メーカーに数年勤務していた経験もあり、引継ぎ時のコミュニケーションが非常に重要だと感じていました。
実際に、イギリスの労働安全衛生庁(HSE)は、シフト引継ぎに関する専門ページで、コミュニケーション失敗により多くの事故が発生していると報告しています。具体例として、Sellafield(核燃料再処理施設)やPiper Alpha(石油プラットフォーム爆発事故、167名死亡)などが挙げられています。
化学工学会(IChemE)の論文でも、コミュニケーション不良が重大事故に寄与し、引継ぎは有意なリスクを生む可能性があると述べられています。
つまり、引継ぎの失敗は「ちょっとしたミス」ではなく、重大事故につながりうる深刻な問題なんです。これは日本だけでなく、世界中の製造業で共通して認識されている課題です。
日本の製造業の現状
日本の製造業でも、2交代制・3交代制のシフト勤務が広く採用されています。24時間稼働する工場では、シフト交代のたびに引継ぎが発生します。
多くの現場では、紙のチェックリストやExcelで引継ぎ確認を行っていますが、これには構造的な問題があります。
2. 従来の課題(解決したい課題)
現場で見られる引継ぎの課題を整理すると、以下のようになります。
2.1 引継ぎの抜け漏れ
紙やフォームなどの手書き帳票、口頭伝達への依存により、情報伝達不備が起きやすい状況があります。特に夜勤→日勤など、前シフトの担当者と直接接触できないケースではリスクが高まります。
トラブル事象だけが書かれており、詳細を電話で確認しようにも、夜勤→日勤の引継ぎでは、前任が寝ている等で連絡が取れず、それにより業務が停滞することが多々発生しています。
自由記述では、引継ぎ内容が不足していることが多く
「え、それ聞いてないんだけど」というやり取りが、どの職場でもあるのではないでしょうか。
2.2 チェックリストの形骸化
紙やフォームによる確認は、惰性入力が混入しやすいという問題があります。
毎日同じチェックリストを使っていると、だんだん「いつもと同じだから大丈夫だろう」という気持ちになり、項目をちゃんと確認せずに全部OKにチェックを入れてしまう。
でも、それが事故につながることもあります。
2.3 ドキュメント作成の負荷とデータ品質
引継ぎ書を手書きやExcelで作成すると工数がかかります。仮に、データで入力していた場合も、担当者によって書き方がバラバラになり、内容の質にもばらつきが生じやすいです。
本来、引継ぎ情報は現場の知見が詰まった貴重な資産です
情報の粒度や形式が揃わず、検索・再利用・横断比較がしにくいことで「点の記録」に留まってしまい、傾向分析や再発防止といった改善活動に十分活かせません。
2.4 後任からのフィードバック不在
引継ぎは基本的に「前任から後任へ」の一方通行です。引継ぎ内容に不足があっても、前任に伝える仕組みがなく、フィードバックループが成立しにくい状況があります。これでは、引継ぎそのものの質を上げるという文化が醸成されません。
3. 目的
TSUGIAIは、これらの課題をAIエージェントによる対話形式の確認で構造的に解決することを目的としています。
具体的な目的
| 目的 | アプローチ |
|---|---|
| 抜け漏れ防止 | AIエージェントが項目を1つずつ順番に確認。危険キーワードや確認が必要な項目を検出した場合には自動で深掘り質問 |
| 惰性入力の防止 | 対話形式での確認、トラップ質問、ランダム順序表示で形骸化を抑止 |
| ドキュメント作成の効率化 | AIエージェントが会話内容から引継ぎドキュメントを自動生成 |
| 双方向フィードバック | 後任者が実施すべきタスクをAIエージェントが自動で生成。後任者がコメント・質問を残せる仕組みで、引継ぎの改善サイクルを形成 |
期待される効果
定量的効果:
| 指標 | 従来 | TSUGIAI導入後 |
|---|---|---|
| 引継ぎ書の作成時間 | 30分~1時間 | 5分(AI対話からAIが自動生成までの時間) |
| チェックリスト作成工数 | 1時間〜(手動作成) | 3~10分(AIが業種・職種から自動生成) |
| 引継ぎ後の問い合わせ件数 | 従来発生していた件数 | ほとんど発生しなくなる |
定性的効果:
| 定性的効果 | どう良くなるか(説明) |
|---|---|
| 引継ぎ品質の属人性排除 | 誰が担当しても同じ粒度で確認され、記録形式も揃う |
| 引継ぎ起因による事故・トラブルの低減 | 抜け漏れ・惰性入力を抑え、リスク兆候を早期に顕在化 |
| 双方向音声による入力負荷低減 | 電話のような感覚で引継ぎを行うことができるので、入力負荷が下がる。文字入力がなくても引継げるため、入力が苦手なユーザーでも使用可能 |
| 引継ぎ履歴のナレッジ化 | 過去の対応・判断が検索でき、ナレッジが組織に蓄積される |
| 証跡性・監査性の向上 | 写真・会話ログ・完了履歴が残り、監査・振り返りが容易 |
4. 機能
TSUGIAIのユーザーフローと主要機能を紹介します。
ユーザーフロー
以下のようなフローで、ユーザーが使用することを想定しています。
引継ぎという業務の一連の流れを通して、効果的に複数のAIエージェントを導入することで、業務負荷の低減と引継ぎ品質の向上を実現しています。

4.1 AIチェックリストビルダー
業種・職種から最適なチェックリストテンプレートを対話形式で生成します。
「製造業で、どんな設備がありますか?」とAIが質問しながら、その職場に最適なチェックリストを提案してくれます。
チェックリストは、チェック、数値入力、テキスト、選択式、写真確認から選択することができるようになっています。形骸化防止のためにNGを正解とする選択肢を用意したり、チェックリストの表示順をランダムにする機能も備わっています。
また、既存のPDF・画像ファイルをアップロードすると、Geminiのマルチモーダル機能でチェックリストを自動抽出してテンプレート化する機能もあります。
従来の業務で使用していた既存のチェックリストテンプレートの移行も簡単に行うことができるようになっています。
チェックリストテンプレートの作成方法選択
AIによるチェックリストテンプレート自動作成
4.2 マルチフェーズチェックアウト
チェックアウトは4つのフェーズに分かれています。
Phase 1: フォーム入力(ランダム順序対応)
↓ 必須項目チェック
Phase 2: 写真・AI判定(チェック項目に写真がなければSkip)
↓ 写真チェック
Phase 3: AI対話レビュー(テキスト or 音声)
↓ 不備があれば、修正提案
Phase 4: 確認・完了(引継ぎノート自動生成)
Phase 1では、チェックリストの各項目をフォームで入力します。NG回答には詳細入力を要求します。
Phase 2では、写真が必要な項目について、AIが画像を分析して「OK / 要確認」を判定します。
Phase 3では、AIが全回答をレビューします。NG項目を1つずつ確認し、「やり忘れ」なのか「正当な理由があるのか」を判定。やり忘れの場合はPhase 1への差し戻しを提案します。
Phase 4では、AIが引継ぎノートとアクションアイテムを自動生成します。
4.3 惰性入力防止機能(Phase1)
形骸化を防ぐために、複数の仕組みを実装しています。
NGが正の回答(トラップ質問):「漏れはないか?」「異常はないか?」といった否定形の質問で、OKを押すとNG扱いにする反転設定ができます。
ランダム順序表示:チェック項目の表示順を毎回シャッフル。パターン化された惰性回答を防止します。
ハードゲート / ソフトゲート:必須項目に答えないと次に進めない「ハードゲート」と、AIが差し戻しを提案するけど最終判断は担当者に委ねる「ソフトゲート」を使い分けています。
チェックリストのトラップ質問
4.4 写真撮影・画像分析(Phase2)
画像によるチェックも行うことが出来ます。Geminiのマルチモーダル機能で、あらかじめ設定した判定基準に沿って、画像を分析して「OK / 要確認」の判定を行います。
4.5 リアルタイム音声対話と危険ワードの自動検出(Phase3)
Gemini Live APIによる双方向音声対話に対応しています。
LiveAPIを使うことで低レイテンシを実現し、ほぼ人間と会話しているのと同じ感覚で使えます。
チェックリストのNG項目を1つずつ確認し、「やり忘れ」なのか「正当な理由があるのか」を判定します。
さらに、AIエージェントが「火災」「事故」「故障」「漏れ」「警報」などの危険キーワードを自動検出します。上記キーワード以外にも、AIエージェントが柔軟に判断して検出を行います。
検出した場合、AIが自動的に2〜3回の追加質問をして、状況を詳しく把握しようとします。
事務所など音声対話が難しい場合は、チャット形式もサポートしており、チャットでの引継ぎも可能になっています。
AIとの双方向音声対話による確認
AIとのチャット形式による確認
4.6 引継ぎドキュメント自動生成(Phase4)
対話の結果から、構造化された引継ぎドキュメントを自動生成します。
- チェックリストの確認結果
- AIによるサマリー
- AI確認の対話ログ
- アクションアイテム
上記セクションに自動分類。さらに、「タスク」「タイミング」「判断基準」を構造化したアクションアイテムも生成します。



自動生成された引継ぎ簿
4.7 コメント・フィードバック機能
後任者が各項目にコメント・質問を残せます。これにより、引継ぎの改善サイクルが回るようになります。

自分宛ての引継ぎ一覧
アクションアイテムとコメント欄
5. システムアーキテクチャ
全体構成

技術スタック
| レイヤー | 技術 |
|---|---|
| Frontend | React 18, TypeScript, Vite, Tailwind CSS, React Router |
| Agents | Python 3.11, FastAPI, Google ADK, Gemini, Pydantic |
| Functions | Firebase Cloud Functions (Node.js 20, TypeScript) |
| Database | Cloud Firestore(マルチテナント構造) |
| Storage | Google Cloud Storage |
| Authentication | Firebase Authentication |
| Voice | Gemini Live API(BidiGenerateContent / WebSocketリアルタイム双方向音声) |
| Infrastructure | Google Cloud Run, Cloud Build, Firebase Hosting |
使用AIモデル
| モデル | 用途 | 通信方式 |
|---|---|---|
| Gemini Live 2.5 Flash Native Audio | Phase 3 音声対話(リアルタイム双方向) | WebSocket(BidiGenerateContent) |
| Gemini 3 Flash Preview | テキスト対話・テンプレート生成・ドキュメント生成・ファイル分析・画像分析 | REST(Google ADK + Function Calling) |
AI機能

1. テンプレート生成
業種・職種を対話で聞き取り、チェックリストテンプレートを自動生成。
- 業界業種に合ったテンプレートを提案
- 5種類のアイテムタイプ: チェックボックス / 数値入力 / テキスト / 選択肢 / 写真
- 数値項目には範囲・閾値・許容差のバリデーション設定可能
-
NGが正の回答(
expected_answer: "ng"): 否定形質問で惰性OKを検出 - ランダム順序 + 固定位置: 毎回異なる順序で惰性回答を防止
2. チェックアウト対話(Phase 3)
テキストモード: Checkout Agent(ADK + Function Calling)
- 1メッセージ1質問で負荷を抑えた対話設計
- NG項目の理由を確認し、やり忘れなら差し戻しを提案(ソフトゲート)
-
expected_answer: "ng"項目にOKと回答した場合、理由を確認
音声モード: Gemini Live API(WebSocket直接接続)
-
gemini-live-2.5-flash-native-audioでリアルタイム双方向音声対話 - STT・LLM・TTSをネイティブ処理、低レイテンシを実現
- バージイン(割り込み)対応
3. 引継ぎドキュメント生成
対話ログから構造化された引継ぎノートを自動生成。
- チェック結果、AIによる要約、対話ログ、次の担当者のアクションアイテムを自動生成
- アクションアイテム:「タスク」「タイミング」「判断基準」を構造化して生成
AI が生み出す価値
| 従来の方法 | AI による改善 |
|---|---|
| チェックリストの手動作成 | AIとの対話で自動作成 |
| 紙・フォームは惰性入力が混入 | 1項目ずつ対話で確認、NG項目は差し戻し提案 |
| 問題の重要度は主観判断 | 構造化データで客観的に管理 |
| 引継ぎ書を手動で記述 | 対話ログから自動生成 |
| テキスト入力のみ | 音声対話で現場でも利用可能 |
| 引継ぎ内容は紙で散逸 | Firestoreに蓄積、検索・分析可能 |
6. 検証(ユーザーインタビュー)
私が現在所属している会社は、多様な業界・職種経験のスペシャリストが在籍しているため、いろんな方にテストプレイをお願いして、複数の現場目線でのフィードバックを得ました。
業界が違っても、引継ぎで困るポイントは驚くほど共通している一方で、求められる深掘りの仕方や、より現場への解像度を上げたチューニングが、「本当に使われる」システムへ昇華するために不可欠だと分かりました。
業界別コメント(抜粋)
(化学・プロセス製造)設備管理
- 異音や警報みたいなワードに反応して、追加で状況確認が入るのが良い。口頭だけだと流れてしまう危険の芽を止められる
- 紙の申し送りって、結局書いたつもりになりがち。TSUGIAIは質問が返ってくるから、気が抜けない
- 監査目線で見ると、写真+会話ログ+完了履歴が一箇所に残るのは強い
- 異音と言っても種類が多いので、設備カテゴリ別に質問を変えられるともっと良い
(自動車製造)製造
- チェック項目の順番シャッフル、地味だけど効く。いつものOK連打を回避できる
- NGにしたときの深掘りが責められてる感じじゃなくて、作業の抜けを救う質問設計なのが現場向き
- 引継ぎノートが整形されるので、翌日の朝会でそのまま使えるのが助かる
- 騒音環境下でも使用できると便利。現場は、機械音などで周りの音がうるさい
(電力・インフラ運用)運転管理
- 夜勤→日勤で連絡が取れない問題があるあるすぎる。TSUGIAIは聞くべきことを先に聞き切ってくれるので、朝に詰まらない
- 音声対話が電話しているような体験でよかった。これなら現場でも抵抗は少ないと思う。
- 形骸化防止策が複数用意されているが、それでも形骸化が起こるのが現場。さらなる追加仕掛けが必要になる
よく刺さったポイント(共通して多かった声)
- 質問が返ってくることで、惰性入力・形骸化を抑えられる
- 危険兆候を深掘りしてくれるので、申し送りの「薄さ」を補える
- 現場の業務をよく理解した作りになっていて、導入後に効果が出る未来が見える
- 機能が比較的シンプルかつフローで流れるので、手順書がなくても直感的に使えて、現場への導入障壁が低い
- 会話ログから引継ぎノートが自動生成されるので、後工程(朝会・点検・監査)に転用しやすい
- 後任側のコメントが残せるため、引継ぎが一方通行で終わらず改善ループが回りそう
改善要望として多かったもの(今後の伸びしろ)
- 音声対話は強いが、現場環境によっては周辺の音がうるさくてノイズを拾う可能性が高いので、騒音環境下でも入力できるようになればさらに便利になる
- 今の形骸化防止策は及第点。さらなる追加仕掛けがあれば、管理者目線で安心して導入できる
- AIのシステムプロンプトをユーザーでチューニングできるようにして、現場ごとの特色に合わせられるようになると使い勝手が向上する
- 事故やトラブルにつながるような重大な兆候が見られた場合は、もっと深堀りをして欲しい。その線引きやチューニングが大事だと思う
7. 今後の展望
- Slack / Teams連携:引継ぎ完了時に、後任者へ自動通知する機能
- 傾向分析ダッシュボード:過去の引継ぎデータをRAGにして分析し、「現場でどういうトラブルが多い」といった傾向を可視化する機能
- 多言語対応:外国人労働者が増えている現場向けに、多言語での音声対話をサポート
- AIエージェントのチューニング:AIの深堀り精度向上のためのチューニング
- 部署機能:テナント内で部署やチームレベルの区分を設定する機能
8. まとめ
TSUGIAIは、製造業のシフト引継ぎで起こりがちな「抜け漏れ」「形骸化」「記録のばらつき」を、AIエージェントの対話チェックアウトで潰すプロダクトです。
引継ぎは一見地味ですが、現場の安全と稼働を守る“最後の砦”でもあります。
TSUGIAIは意識や根性に頼らず、質問・深掘り・証跡・ドキュメント化を仕組みに落とし込み、誰が担当しても一定品質の引継ぎができる状態を目指しました。
読んでいただいて分かるように、紙をタブレットに変えればいいという単純な問題ではありません。AIエージェントによる能動的な介入があるからこそ、引継ぎの品質を一気に向上させることができると考えています。
さらに、すべてをAIに丸投げせず、必須チェックや入力制御はルールベース、状況判断・深掘り・要約はAIと役割を分離しました。これにより、現場運用に耐える安定性と、AIならではの柔軟性を両立しています。
“地味だけど、いちばん効く”
そんな領域に、AIで手応えのある一手を打てたと思っています。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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