【記述的分析】職業ごとに求められるスキルとその習得法の関連調査
はじめに
生成AIの利活用が近年の労働市場のホットなトピックの一つであることに疑いの余地はないでしょう。生成AI自体の開発に携わる職のみならず、生成AIを活用して業務を効率化する職や、生成AIをより自由度高く使うためにデータ基盤の整備を行う職など、生成AIに関連する職や役割に就く人が増えていることも観察できます。
このような新しい職の勃興がもたらす多面的な影響のうち、興味深い側面の一つは人的資本形成の在り方です。元来日本の労働市場は長期雇用や年功賃金を前提とした日本型の雇用慣行が一般的に観察できていましたが、近年は市場が流動化しており、企業が労働者に投資するインセンティブが低下すると考えられます。実際に近年は企業の人的投資額の停滞やリ・スキリングに対する補助金の拡大などから、仕事に必要とされるスキルの獲得が企業によるOJTから個人による教育訓練、リスキリングに移行していることを観察できます。この傾向がどのような影響を与えるか否かに関しては、職業ごとに必要とされるスキルや能力によって異なり得ると考えられます。今後どんな新しい職業が生まれるかは推測の域を超えませんが、今ある職業ごとの教育訓練の在り方を観察する営為を超えて、職業の性質からより汎用的な特徴を抽出してその特徴と教育訓練機関との関連を調べることが、将来の能力開発の在り方を考察する上で意義深いと考えます。
今回はjob tagのデータをつかって、職業ごとに必要とされるスキルやアビリティと、企業内外の職業訓練期間との関連を明らかにすることを目指します。厚生労働省が運営する本サイト(日本版O-NET)は、500以上の職業に関する情報(仕事の性質、作業、仕事に求められる技術など)を可視化し求職活動等に役立てることが目的とされている職業情報提供サイトです。
今回の分析ではこちらのサイトで使われているインプットデータをダウンロードし、加工集計します。また職業ごとに求められるスキルやアビリティを指標化するために、いくつかの変数を組み合わせて合計8つの指標(スコア)を作成します。このスキルやアビリティという呼び方は、job tagで用いられている表現であるため、そのまま用いることとします。
もちろん観察データを用いるため、今回の分析は記述的分析で、高々相関関係を観察するレベルであることを先に記させていただきます。今回の分析結果が新たな因果関係を調査する営為につながることを願ってやみません。
データと指標の説明
使用するデータ
今回の分析では、job tagで使用されているインプットデータを用います。このデータは、独立行政法人労働政策研究・研修機構が実施した調査によって得られたデータ、「職業情報データベース」であり、job tagの職業情報ダウンロードページから取得することができます。今回はこのデータを加工編集して分析を行います。
このデータには、500を超える職業について、職業ごとに主に以下の情報が格納されています。
- 学歴分布(その職業で実際に働いている人が多いと感じる『学歴』)
- 入職前後の訓練期間、入職前の実務経験の分布
-
仕事に求められる
- スキル
- 知識
- 興味
- 仕事の価値観
- 仕事の性質
- アビリティ
用いる指標
今回はこのデータがカバーしている500以上の職業の枠を超え、職業ごとの仕事の性質と入職前後の教育訓練の在り方との関連(傾向)を考察するために、職業ごとに4つのスキル指標と4つのアビリティ指標 を作成しました。
job tagのデータでは、スキルは1-7の7段階で,アビリティは1-5の5段階でアンケートがとられ、それぞれ連続値が格納されています(おそらく職業ごとのアンケート結果の平均値かと思われます)。値が高いほど高いスキル、アビリティが求められる職であることを表します。
指標化に当たって、指標を構成する変数を決定し、それらの値の平均値を各スキル指標の値としました。
作成した指標とそれを構成する変数は以下の通りです。指標間で構成要因のいくつかの変数は重複を許しています。
スキル指標
-
論理・学習・認知スキルスコア
- 論理と推論(批判的思考)
- 新しい情報の応用力
- 学習方法の選択・実践
- 継続的観察と評価
- 複雑な問題解決
- 合理的な意思決定
-
対人スキルスコア
- 他者の反応の理解
- 他者との調整
- 説得
- 交渉
- 指導
- 対人援助サービス
- 人材管理
-
技術的スキルスコア
- 要件分析(仕様作成)
- カスタマイズと開発
- 道具、機器、設備の選択
- 設置と設定
- プログラミング
- 計器監視
- 操作と制御
- 保守点検
- 故障等の原因特定
- 修理
- クオリティチェック
-
メタ認知・意思決定スキルスコア
- 継続的観察と評価
- 合理的な意思決定
- 学習方法の選択・実践
- 時間管理
アビリティ指標
-
認知能力スコア
- 発話理解
- 記述理解
- 発話表現
- 記述表現
- アイデアや代案を数多く生み出す力
- 独創性
- トラブルの察知
- 演繹的推論
- 帰納的推論
- 法則に基づいた情報の並べ替え
- カテゴライズ
- 数学的推論
- 演算力
- 記憶力
-
知覚・情報処理能力スコア
- 知覚速度
- 選択的注意(集中する力)
- マルチタスク
- 自他の位置関係の把握
- モノの見え方に関する想像力
- 聴覚的注意(特定の音を聞き分ける力)
-
運動制御スコア
- 腕と手の安定
- 手腕の器用さ
- 指先の器用さ
- 一瞬で素早く反応する力
- 手首と指の動作速度
- 腕や脚の動作速度
-
創造性スコア
- アイデアや代案を数多く生み出す力
- 独創性
- モノの見え方に関する想像力
入職前後の訓練期間を表す指標
今回は、職業ごとに、上記の8つのスキルおよびアビリティ指標と以下の4つの数値との関係を表す散布図を作成し、相関係数を算出します。
職業ごとの
- 入職前訓練不要率:入職前の訓練が特に必要ないと答えた人の割合
- 長期準備率:入職前の訓練期間が1年以上必要と答えた人の割合
- 即戦力率:この職業に就いた後に、周囲から特別なサポートが無くても他の一般的な就業者と同じように働けるようになるまでの期間が特に必要ない、すなわち即戦力として活躍できると答えた人の割合
- 長期適応率:この職業に就いた後に、周囲から特別なサポートが無くても他の一般的な就業者と同じように働けるようになるまでに必要な期間が1年以上と答えた人の割合
上記の4つの数値を使うのは、今回使用するデータでは入職前の平均訓練期間や入職後の平均訓練期間を連続値として算出できず、「特に必要ない」と答えた人の割合、「1ヶ月以下」と答えた人の割合、「10年超」と答えた人の割合、のようにその期間に関する選択肢が離散的になっているためです。また、このほかに入職前の実務経験に関する情報もありましたが、実務の質にある程度依存する上、議論の簡略化を目指すために分析対象外としました。また、この割合には「わからない」と答えた人の数もそのまま考慮されているため、平均的な訓練期間を選択して回答した人の割合が100%と必ずしも一致しません。私の判断として、必要な訓練期間が「わからない」と答えた人の割合もその仕事の性質を部分的に表していると考えたため、特別な加工を行わず、元のデータに格納されている上記4つの数値をそのまま使用しています。
職業の分類方法
なお今回の分析では、類似の職業ごとの傾向を観察するため、厚生労働省編職業分類表に基づいた15種類もの職業の大分類を、独自の基準によってさらに4つの分類(超大分類と命名します)にまとめました。これは今回の集計の解釈を簡便に分かりやすくするためのもので、それ以上の意味はありません。簡略化のためにかなりざっくりとした分類となっていますが、お許しください。分類は以下の通りです。
- 生産・技術系
大分類 | 代表的な職業 |
---|---|
農林漁業の職業 | 稲作・畑作作業員、育林作業員、漁労作業員 |
製造・修理・塗装・製図等の職業 | 製銑・製鋼・非鉄金属製錬設備オペレーター、食料品生産設備オペレーター |
配送・輸送・機械運転の職業 | 荷物配達員、大型トラック運転手、路線バス・貸切バス運転手 |
建設・土木・電気工事の職業 | とび工、型枠大工、大工、建設・土木作業員 |
運搬・清掃・包装・選別等の職業 | ビル・建物清掃員、ピッキング作業員、工場業務員 |
- 知識・専門職系
大分類 | 代表的な職業 |
---|---|
管理的職業 | 会社役員、会社管理職員、管理的公務員 |
研究・技術の職業 | 研究者、農林水産技術者、食品開発技術者、ソフトウェア開発技術者 |
法務・経営・文化芸術等の専門的職業 | 裁判官、検察官、弁護士、公認会計士、著述家、デザイナー |
- 事務・サービス系
大分類 | 代表的な職業 |
---|---|
事務的職業 | 総務事務員、医療事務員、一般事務員、秘書 |
販売・営業の職業 | 小売店店長、レジ係、広告営業員、医薬品営業員、不動産仲介・売買人 |
サービスの職業 | 家政婦、理容師、日本料理調理人、ビル管理人、トリマー |
警備・保安の職業 | 道路交通誘導員、自衛官、警察官、海上保安官、消防員 |
- 医療・教育福祉系
大分類 | 代表的な職業 |
---|---|
医療・看護・保健の職業 | 医師、歯科医師、保健師、看護師・准看護師、栄養士 |
保育・教育の職業 | 保育士、小学校教員、学習・語学指導教師 |
福祉・介護の職業 | 介護支援専門員(ケアマネジャー)、高齢者入所型施設介護員 |
分析結果と考察
セットアップ
import pandas as pd
import matplotlib.pyplot as plt
import seaborn as sns
import numpy as np
import japanize_matplotlib
import os
入職前訓練不要率
上記の図は、職業ごとの入職前訓練不要率と各種スキルスコアとをプロットした散布図です。論理・学習・認知スキルスコア、対人スキルスコア、メタ認知・意思決定スキルスコアに関しては相関係数が-0.5近くになっており、これらのスキルスコアが高い職業ほど、入職前訓練不要率が低い傾向にあることがわかります。言い換えると、これら3つのスキルに関しては、スキルが高く求められる職業ほど入職前の訓練期間が不要ではないという傾向を示唆しています。ここで「不要ではない」とまわりくどく記しているのは、今回入職前の訓練に関して「必要ない」以外の選択肢に「わからない」が存在しているため、「入職前の訓練期間が不要である」ことが必ずしも「入職前の訓練期間が必要である」と一致しないためです。しかし、入職前の訓練期間が「不要ではない」ということは「必要である可能性が高い」といえると思いますが、正しい表現を重視し、このような表現となっています。
他方、技術的スコアに関しては、相関係数の絶対値が小さく、入職前の訓練不要率との関連が強くは見られないことがわかります。散布図を見ると、他3つの散布図に比べて散らばりが大きいことが分かります。
続いて、職業ごとの入職前訓練不要率と各種アビリティスコアとをプロットした散布図を観察してみましょう。この散布図からもアビリティ間での相違が確認できます。認知能力スコアや知覚・情報処理能力スコアは相関係数が-0.4以下となっており、前述のスキルほどではありませんが若干負の相関関係が観察できます。これらのアビリティにおいても、そのアビリティへのニーズが高い職業ほど入職前の何らかの訓練が必要であるという傾向を観察できます。
他方、特筆すべきは運動制御能力スコアです。このスコアに関しては、相関係数が0にかなり近い値となっており、身体的な能力が入職前訓練が必要であるか否かと関連がなさそうであることがわかります。運動制御能力は先天的なものや子供の頃に伸びやすいものが多いと考えられるため、職業訓練となじまないことも一因かもしれません。
次に、各職業が属する超大分類ごとにスキル・アビリティと入職前訓練不要率との関連に違いがみられるのかが気になったため、各職業が属する超大分類を色分けしてプロットしました。さらに超大分類ごとに相関係数を算出しました。
skills = ['論理・学習・認知スキルスコア', '対人スキルスコア', '技術的スキルスコア', 'メタ認知・意思決定スキルスコア']
plt.figure(figsize=(16, 12))
#各能力指標に関して散布図を作成(2*2)
for i, ski in enumerate(skills):
plt.subplot(2, 2, i+1)
#欠損値を含む行を除く
valid_rows = df[[ski, '特に必要ない', 'new_category']].dropna()
#全体の相関係数を算出
overall_corr = np.corrcoef(
valid_rows[ski].values,
valid_rows['特に必要ない'].astype('float').values
)[0, 1]
#散布図(色分け付き)
sns.scatterplot(
data=valid_rows,
x=ski,
y='特に必要ない',
hue='new_category',
palette='Set2',
alpha=0.7
)
#超大分類ごとの相関係数を計算
group_corrs = valid_rows.groupby('new_category').apply(
lambda g: np.corrcoef(g[ski].values, g['特に必要ない'].astype('float').values)[0, 1]
)
group_corr_text = '\n'.join([f'{cat}: {corr:.2f}' for cat, corr in group_corrs.items()])
plt.title(f'{ski} vs 入職前訓練不要率\n全体: {overall_corr:.2f}\n' + group_corr_text)
plt.xlabel(ski)
plt.ylabel('入職前訓練不要率')
plt.grid(True)
plt.legend(title='new_category', loc='best')
plt.tight_layout()
plt.show()
上記の図から、生産・技術系の職業に関しては、4つのスキルスコアとも入職前訓練不要率との負の相関が相対的に大きいことが分かります。特筆すべきは、全体の相関係数(の絶対値)が小さかった技術的スキルスコアでさえも相関係数が-0.48もあることです。傾向レベルの観察ですが、生産・技術系に属する職業はやはり求められるスキルレベルと入職前の訓練の有無とに関連がありそうです。
逆に知識・専門職系の職業に関しては、いずれのスキルスコアも入職前訓練不要率との相関があまり見られないことも分かります。散布図を見ると知識・専門職系の職業は技術的スキルスコアを除いた3つのスキルスコアに関してはスコアが3以上となっている職業が比較的多いことが読み取れますが、入職前訓練不要率に関してはばらつきが大きく、関連の傾向が見られませんでした。この要因を邪推してみます。知識・専門職系では今回採用した4指標ではカバーできないより専門的な知識や経験が評価される可能性があり、そのために
一般的な能力指標と入職前訓練の必要性の間に明確な相関関係が生じにくくなるのかもしれないと考えました。
またこの図から、4つの超大分類間で分布の異なる傾向がみられることが分かります。
例えば、全体の相関係数が-0.43だった認知能力スコアに関しては、生産・技術系は左上に、医療・教育福祉系は右下に、知識・専門職系は右側(スコアが2.75より大きい)に比較的多く分布していることが分かります。興味深いことに、対人スキルスコアやメタ認知・意思決定スキルスコアにも類似傾向が見られます。生産・技術系の職業に関しては、これら3つのスキルに関して求められるレベルが相対的に低く、入職前訓練が何らかの形で必要(不要ではない)職業が相対的に多くを占めていることが分かります。またその中でさらに負の相関関係が見られます(生産・技術系の論理・学習・認知スキルスコアは-0.44)。一方、医療・教育福祉系は、3つのスキルに関しては求められるスキルレベルが相対的に高く、かつ入職前の訓練不要率が相対的に小さい職が多いことが分かります。さらに医療・教育福祉系に関しても、属する職業の中で負の相関関係が見られます。
アビリティに関しても見てみましょう。
まず特筆すべきは、知覚・情報処理能力スコアに関して、生産・技術系の職業は全体以上に強い負の相関(-0.48)がみられることが挙げられます。他方、認知能力スコアに関しては、医療・教育福祉系の職業は若干強い負の相関がみられます(-0.36)。逆に、全体としては負の相関が比較的強くみられた両スコアに関して、知識・専門職系はほとんど相関がみられません。これは先ほどのスキルに見られた特徴と類似しています。つまり、知識・専門職系は今回指標化したスキル・アビリティ指標と入職前訓練不要率との相関がほとんど見られない、ということが分かります。やはり職業が属する分類ごとに傾向に違いが見られます。
まとめると、入職前訓練不要率との関連については、以下のことが確認されました。
-
スキルスコアとの関係
- 論理・学習・認知スキルスコア、対人スキルスコア、メタ認知・意思決定スキルスコアの3つに関しては、いずれも相関係数が-0.5近くであり、これらのスキルが高く求められる職業ほど、入職前に訓練が不要ではない傾向が確認された。
- 一方、技術的スキルスコアに関しては、相関係数が小さく、訓練不要率との明確な関係は観察されなかった。
-
アビリティスコアとの関係
- 認知能力スコアや知覚・情報処理能力スコアは、それぞれ相関係数が-0.4前後で、やや弱いが負の相関関係が見られた。
- 運動制御能力スコアは、相関がほとんど見られず、訓練の要不要との関連性は乏しかった。
-
超大分類(職業分類)ごとの傾向
- 生産・技術系職業は、全体以上にスキル・アビリティスコアと訓練不要率との間に強い負の相関が観察された。特に、一般には相関が小さかった技術的スキルスコアにおいても**-0.48**と高い負の相関があった。
- 医療・教育福祉系職業は、スキル・アビリティのスコアが相対的に高く、かつ訓練不要率が低い傾向にあり、負の相関も観察された。
- 知識・専門職系では、4つのスキル・アビリティ指標のいずれにおいても訓練不要率との相関がほとんど見られなかった。この分類では、より専門的・職種固有な要素が求められるため、一般的なスキル・アビリティ指標では訓練との関連性を捉えにくい可能性がある。
長期準備率
次に、職業ごとに入職前の訓練が1年以上必要であると答えた人の割合を表す長期準備率を採用し、各スキル・アビリティ指標との相関を観察します。先ほどの結果の逆、すなわち正の相関がみられるのではと予想できます。
この図は各スキル指標と長期準備率との関係を表す散布図です。論理・学習・認知スキルスコア、対人スキルスコア、メタ認知・意思決定スキルスコアに関しては相関係数が0.5を超えており、これらのスキルスコアが高い職業ほど、長期準備率が大きい傾向にあることがわかります。この3つのスキル指標の散布図に関しては、スコアが2を超えると長期準備率が相対的に大きいプロットが散見され、これが相関係数を下げていると考えられます。すなわち、スコアが2を超えるとスコアにそれほど関係なく長期準備率が大きい職業が現れている、ということです。
次にアビリティ指標を見てみましょう。
認知能力スコアは長期準備率との相関係数が0.49と比較的大きくなっています。求められる認知能力のスキルレベルが高い職業ほど、入職前に長期の研修や学習が必要とされている傾向にあることが観察できます。一方で、運動制御能力スコアに関してはばらつきが大きく、相関が見られません。これも先ほどの入職前訓練不要率の結果と整合的です。
次に、超大分類を重ねてみてみましょう。
生産・技術系を見ると、全体の相関係数が小さかった技術的スキルスコアも含め、いずれのスキルスコアとの相関係数も0.5を超えており、求められるスキルレベルが高い職業ほど、入職前に長期の教育訓練が必要とされている傾向にあることが観察できます。また、医療・教育福祉系における論理・学習・認知スキルスコアと長期準備率との相関係数は0.55、メタ認知・意思決定スキルスコアと長期準備率との相関係数は0.50と比較的大きいことも分かります。これは、医療・教育福祉系について両スコアと入職前訓練不要率との負の相関が大きかったことと整合的です。
アビリティに関しては、超大分類ごとに見るとスコアほど明確な相関関係が見られないことが分かります。
即戦力率
次は、各種スコアと即戦力率(入職後の教育訓練が必要でない(未経験でも即戦力となる)と答えた割合) との相関を観察します。こちらでは入職前訓練不要率での分析同様に負の相関がみられることが予想されます。
まずは各種スキルとと即戦力率との関連を調べます。
ここでも、論理・学習・認知スキルスコア、対人スキルスコア、メタ認知・意思決定スキルスコアに関しては全体の相関係数が-0.5ほどとなっていて、入職前訓練不要率との相関と類似しています。さらに生産・技術系に関しては全4つのスキル指標とも即戦力率との相関が大きいということも入職前訓練不要率との相関度合いと類似した特徴となっています。特に技術的スキルスコアとの相関係数は-0.63で、比較的強い負の相関となっています。
アビリティに関しても、入職前訓練不要率とかなり類似した傾向が見られます。全体としては認知能力スコアとの相関が相対的に強く(相関係数:-0.51)、運動制御能力スコアとの相関は見られません。また生産・技術系は、運動制御能力スコアを除いて各種アビリティスコアとの相関度合いは他の超大分類に比べると相対的に大きいです。
長期適応率
最後に、周囲から特別なサポートが無くても他の一般的な就業者と同じように働けるようになるまでに必要な期間が1年以上必要と答えた人の割合を表す長期適応率との関連を調べます。
この散布図から、全体として各種スキルスコアと長期適応率との間に正の相関関係が存在し、特に論理・学習・認知スキルスコア、対人スキルスコア、メタ認知・意思決定スキルスコアとの相関係数が0.6を超えていることが分かります。散布図からも右肩上がりのプロットが確認できます。また各種スキルスコアと長期準備率との散布図と比較すると外れ値が少ないことが分かります。このことから、ある職業特有の事情による職業訓練期間の違いは、長期の訓練に関しては入職後よりも入職前に現れることが示唆されます。
また、生産・技術系は4つのスキル指標に関して長期適応率との相関係数が0.7ほどになっており、強い正の相関がみられます。それ以外でも、事務・サービス系に関しては論理・学習・認知スキルスコア、対人スキルスコア、メタ認知・意思決定スキルスコアとの相関が強く、医療・教育福祉系も論理・学習・認知スキルスコア、およびメタ認知・意思決定スキルスコアとの相関係数がいずれも0.6を超えています。
他方、知識・専門職系に関して、技術的スキルスコアと長期適応率との相関は依然として見られません。
アビリティに関しても、運動制御能力スコアを除いた3つのアビリティスコアと長期適応率との中程度の正の相関がみられ、認知能力スコアとの相関係数は0.63となっています。認知能力スコアに関しては、4つの超大分類とも中程度の相関関係が見られ、事務・サービス系と生産・技術系に関しては創造能力スコアと長期適応率との相関係数が0.5ほどとなっています。一方で、スキルと比べるとばらつきが相対的に大きく見えます。
まとめ
今回はjob tagのインプットデータを用いて、仕事に求められるスキルやアビリティのレベルと入職前後の訓練の在り方との関係を考察するため、データを加工し指標を作成して散布図を作成しました。
明らかになったのは、以下の点です。
-
スキルスコアとの関係
- 論理・学習・認知/対人/メタ認知・意思決定スキルは、入職前訓練不要率・即戦力率との負の相関(相関係数-0.5前後)が見られ、長期準備率・長期適応率と正の相関(相関係数0.5~0.6)が見られた。
- 他方、技術的スキルに関しては、全体では訓練関連指標との相関が弱い(相関係数絶対値0.2未満)一方、生産・技術系に限定するとある程度顕著な関連性が出現した(入職前訓練不要率との相関係数-0.48、長期適応率との相関係数0.70など)
-
職業分類による差異
- 生産・技術系:また、全スキル指標で即戦力率との負の相関(-0.6程度)、長期適応率との正の相関(0.7程度)が見られた。
- 知識・専門職系:全スキル指標で入職前訓練不要率および即戦力率との相関度合いが小さい
-
アビリティスコアとの関係
- 認知能力スコアに関しては、入職前訓練不要率・即戦力率との正の相関、長期準備率・長期適応率と負の相関がみられ、いずれも中程度の相関(相関係数絶対値0.4~0.63)
- 運動制御能力に関しては、全ての訓練関連指標と無相関(相関係数絶対値0.1未満)
この結果を俯瞰で見ると、入職前後の訓練期間の性質に関しては、スキルレベルの違いよりもその職業が属している分類の違いの方がよりわかりやすい傾向の相違が見られるようです。今回は相関レベルの観察しかできませんが、今回捉えられないような性質(職業が属する業界の特徴など)が職業訓練期間の性質に影響を及ぼしている、あるいは関係があるのかもしれません。
またスキル・アビリティレベルで見ると、技術的スキルに関しては生産・技術系の職業でのみ相関関係が見られることから、一部のスキルに関しては入職前後の訓練期間の性質と相関レベルで関連のある職業分類が限定される可能性を示唆している点も興味深く感じました。
今後動的に仕事の性質が変化していくことで、職業訓練の性質がどう変わるか、興味深く観察していければと思います。
参考文献とデータの出典
参考 『令和4年版 厚生労働省編職業分類表』
独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT)作成「職業情報データベース 簡易版数値系ダウンロードデータ ver.6.00」
職業情報提供サイト(job tag)より2025年3月26日にダウンロード(https://shigoto.mhlw.go.jp/User/download)を加工して作成
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