日本になぜか多い「食物誤嚥による窒息」 不十分な死因究明が冤罪の温床に
日本における「食物誤嚥(ごえん)による窒息死」は年間3500件以上発生している。先進諸国を比較したデータで見ると、日本が10万人当たり3.7人なのに対し、米国は同0.3人、韓国は同0.6人とされ、突出して多い。このため誤嚥以外の原因による窒息死の混在が疑われている。日本では食事中に容体が急変して死に至ると、詳細な死因究明をしないまま、「食物誤嚥による窒息死」と決めつけてしまう例が多いが、実際には死亡者の持病が原因となっている例も少なくないと考えられる。根拠不十分のまま、食物誤嚥が死因となると、老人施設で発生した場合などは、施設の対応が追及されることになり、冤罪(えんざい)を生みかねない。そのような混乱を未然に防ぐには正確な死因究明が重要だ。それには、死体に対するコンピューター断層撮影(CT)検査と血液検査が有用と筆者は考えている。実際の事故の例を挙げて解説する。
食物塊が気管に詰まった誤嚥の典型例
そもそも誤嚥とは何か。口の中でかみつぶされた食物塊は唾液と混ざった後、喉の奥の「咽頭(いんとう)」から食道を経て胃にのみ下される。これを「嚥下(えんげ)」という。嚥下する際、気管の入り口にある「喉頭蓋(こうとうがい)」が反射的に閉じると同時に咽頭括約筋が収縮し、食物塊は食道に送り込まれる。誤嚥は食物塊が誤って気管に入ることを指す。そして、誤嚥のため、咽頭・喉頭・気管など(上気道)が詰まり、呼吸困難に陥ったのが窒息だ。事例①はその典型例と言える。
上気道の図解
事例① 大阪に住む高齢の母親が息子の住む関東に引き取られることになった。新大阪駅で新幹線に乗車する前に「最後の思い出に」と駅構内にある大阪で有名な中華料理店で息子と食事をした。母親は好物の酢豚を頰張った直後、苦しみ出した。駆けつけた救急隊員が喉の奥から大きい肉片を取り除いた後、気管内挿管して搬送したが、病院到着後に治療のかいなく、死亡した。
検視担当警察官から事故の発生状況を聴いた上で、監察医として検案した筆者は、死因を「食物誤嚥による窒息」と診断した。高齢になると、加齢に加え脳梗塞(こうそく)などの既往症がある場合が多く、誤嚥を起こしやすい。母親に嚥下障害の症状や脳梗塞の既往症はなかったが、「新幹線の発車時間を気にして急いで食べようとしていた」という証言や、救急隊員が気管内挿管をする前に上気道を塞いでいる食物片を確認していたことから、食物誤嚥による窒息死と判断した。
本件は家族にとっては突然の悲劇だが、誰かが責めを負うような事態ではない。しかし、同じような食事中の容体急変でも、介助を受けている施設などで起きた場合は事情が異なる。家族が施設の責任を追及したり、医師の診断に異議を唱えたりする可能性があるからだ。事例②はそのようなケースだ。
口の中に食物が残っていても誤嚥ではない事例
事例② 認知症、慢性心不全、高血圧の既往歴があり、施設に入所中の高齢男性。これまで誤嚥を起こしたことはなかったが、食事開始から5分後、職員が目を離したすきに心肺停止を起こした。駆けつけた救急隊員が直径5cmほどのから揚げを「ほぼ原形のまま」口の中から取り出した。病院到着後、一時、心拍再開したが、間もなく死亡を確認した。
事例②について「誤嚥による窒息死」として検案の依頼を受けた筆者は、CT検査を実施した。
死因究明の手段として、解剖が最も優れていると思われがちだが、誤嚥についてはCTの方が優れている。CTは体を傷つけず、迅速に実施できる。また、気道を塞ぐ食物塊の有無ばかりでなく、その大きさ・形状、気道閉塞状況を客観的に評価・記録し、関係者や専門家が目で見て確認できる。
CT検査の結果、気管を含む上気道には食物塊はなかった。さらに肺に水がたまる「肺水腫」の発生を示す、すりガラスのような影が肺にあり、気管支内には肺から染み出したらしい液体があるのを認めた。これらの所見や既往歴から慢性心不全と考えられた。低酸素血症を示す爪チアノーゼ(爪の変色)や、心臓に静脈血が戻れないため生じる頸(けい)動脈怒張(皮膚表面からわかる膨らみ)などの死体所見も、この結論を支持した。そこで、慢性心不全の持病がある高齢男性が、たまたま食事中に心肺停止したと診断した。
死後にCT検査を実施し死因を究明する法医学者の吉田謙一さん=東京都千代田区で2024年2月15日、前田梨里子撮影
このように重症疾患の終末期には突然、心肺停止する事例がある。食事中に起きた場合、食物塊のせいと考えられがちだが、口の中に大きな食物塊があっても、鼻を通して呼吸はできる。そのため食物塊の存在だけで誤嚥による窒息死とは断定できない。事例②の場合も当初から誤嚥と決めつけずに、疾患による死の可能性を考慮する必要があった。
心肺蘇生処置のために食物が上気道にあふれた事例
テレビドラマの影響からか、法医解剖さえすれば、正しく死因を究明できると考えている人は多いだろう。しかし心肺停止に対する蘇生処置で生じた所見を、解剖医が窒息の所見と誤認したために発生した冤罪は少なくない。
事例③ 保育園の食事会の最中、2歳児がぐずって大泣きしてけいれんを起こした。母親に連れられ小児科を受診したが、顔面蒼白(そうはく)でぐったりし、血中酸素飽和度が低下していた。酸素吸入を行うと、間もなく回復したため、小児科医は「泣き入りけいれん(息止め発作)」と診断した。息止め発作とは、乳幼児が激しく泣いた後、呼吸が不随意に止まり、意識を失う現象だ。小児神経症の一種で、健康な小児でも発生するが、予後良好とされる。小児科医は「まだ全身に酸素が行き渡っていないようです。30分くらいすれば、大丈夫ですよ」と説明し、母親に2歳児を抱かせて、別の患者を診ていた。約10分後、母親より先に看護師が呼吸停止に気づき、小児科医が心肺蘇生しながら3次救急病院に搬送した。約1時間、心肺蘇生処置を施したが死亡が確認された。搬送直後の胸部X線撮影では、明らかに誤嚥を示す所見はなかった。その後、解剖を担当した医師が気道内に食物の残りかすがあるのを見つけ、死因を「誤嚥による窒息死」とした。そのため、両親が小児科医に賠償を求めた。
再鑑定を依頼された筆者は、それまでに嚥下障害や嘔吐(おうと)の記録がない幼児が誤嚥を起こした点に違和感を覚えた。そこで解剖所見に加えて、心肺停止前後の診療経過を分析し、小児の突然死に詳しい専門家とも心肺停止の原因について議論した。その結果、気管内の残りかすは心肺停止した後、蘇生のために胸部中央が圧迫された際に、胃から上気道にあふれ出たものであり、気管を閉塞(へいそく)するには量が足りないと判断した。死因は誤嚥でなく、「息止め発作」に伴う呼吸停止、または不整脈による心停止と考えた。両親が起こした賠償請求については示談になったと聞いている。
「無実の傍観者」
高齢者を解剖すると、心臓に栄養を供給する冠動脈が加齢のために硬化していることが多い。この冠動脈硬化を死因に結びつけがちだが、注意が必要だ。
英国の法医学者バーナード・ナイトは、高齢者によく見られる冠動脈硬化を「無実の傍観者(イノセント・バイスタンダー)」と呼んだ。解剖で目についた冠動脈硬化という所見だけを根拠に、死因を虚血性心疾患と決めることに対して警鐘を鳴らしたのだ。死因は「目に見える」解剖所見のほかに、「目に見えない」死亡前後の状況や診療経過、さらには血液検査を実施して初めて究明されるのだ。
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