5年後の未来、仕事の価値はどこに残るのか
はじめに
AIの進化により、多くの仕事が自動化される時代が到来している。その中で、人間の労働の価値はどこに残るのか?
この問いに対する一つの仮説として、
- 閉じた知識(専門領域に特化したナレッジ)
- 身体性(肉体や身体感覚を伴う学習成果)
- ミラーニューロン(同類としての共感性)
- オーセンティシティ(歴史や文化の物語性)
の4つのキーワードを提案したい。
これらの要素はAIでは容易に再現できず、今後も人間が担うべき価値の源泉となるだろう。本記事では、それぞれの要素について詳しく解説し、今後の働き方のヒントを探ってみる。
1. 閉じた知識
最も明確な価値の一つが閉じた知識、すなわち、特定の領域に特化した専門知識のことだ。
現在のAIは膨大なデータを学習しているが、それでもアクセスできない情報がある。特に、企業や業界の内部情報、経験則、関係者間の信頼に基づく知識は、AIが容易に取得できるものではない。
「閉じた知識」とは、単なる一般的な情報ではなく、企業ごとに守られた秘伝のナレッジや、特定の界隈のユーザーに関する深い理解を指す。
例えば、老舗の工場が持つ職人技や独自の生産ノウハウは、単なるマニュアルには落とし込めない。原材料の仕入れ先との交渉、微妙な製造工程の違い、品質管理のポイントなど、現場で蓄積された(あるいはリアルタイムの)経験則が大きな価値を持つ。
また、ニッチな市場をターゲットにした企業が成功する理由は、その業界の顧客心理やトレンドを深く理解しているからだ。例えば、ボードゲーム業界では、単なる「人気ランキング」だけでは測れない、プレイヤー層の嗜好や、ゲームのデザイン哲学がある。これらは長年の市場観察や顧客との対話を通じて培われたものであり、オープンな二次情報で学習した汎用LLM等が捉えられるものではない。
さらに、非公開の情報ネットワークも重要な要素だ。例えば、信号機の部品流通に詳しい専門家は、
- 企業間の慣習や契約
- 業界特有のルール
- 喫煙所や会食など非公式な場での情報交換
といった、外部には見えない知識を持っている。こうした知識は、データとして整理されにくく、人間同士の関係性によって維持されているため、AIが完全に代替することは難しい。
関連して、DeNAの南場智子氏も、業界知識を持つ人材がAI時代において重要であると述べている。
【DeNA × AI Day || DeNA TechCon 2025】Opening Keynote
こうした背景から、専門領域に精通した人間の価値は今後も維持されるだろう。
2. 身体性
身体性とは、身体を伴う経験や直感的な判断が求められる仕事のことだ。例えば、一部の料理人の仕事はAIに代替されにくい代表的な例の一つである。
料理をする際、食材一つひとつを視覚・触覚・嗅覚・味覚といった複数の感覚や食材、季節に関する情報を駆使して評価し、制限時間の中で調理の工程を組み立てる。例えば、
- 野菜の鮮度を見極める
- 魚の状態を触覚で判断する
- スパイスや調味料の香りを嗅ぎ分ける
- 季節ごとの食材の特性を理解する
といったいわゆるマルチモーダルな情報をリアルタイムに統合して、最適な調理方法を選択する。これは感覚と知識から学習される複雑な判断が求められる作業であり、まさに「身体性」の価値が発揮される領域だ。
特に、創作料理においては、料理人が過去の経験やひらめきを活かして、新たな組み合わせを試行錯誤しながら作り上げていく。
このプロセスには、味のバランスや食感、見た目の美しさ、香りの調和など、数多くの要素が関わるため、AIがアクセス可能なデータで学習するのは難しいだろう。また、仮にAIがLLM(大規模言語モデル)やVLM(大規模視覚モデル)を活用して料理を学習し、ロボットアームを制御して調理を行う技術が進んだとしても、
- 多感覚データの収集が困難(視覚・触覚・嗅覚などの統合的な判断)
- ハードウェアのコストが高い(ロボットの精密な制御には莫大な投資が必要)
- 経済合理性が低い(人間の料理人を雇う方が現実的)
といった課題があり、完全な置き換えが起こるのは少なくとも10年以上先になるだろうと考えている。
3. ミラーニューロン
ミラーニューロンとは、他者の行動を見たときに、自分自身がその行動をしているかのように感じる脳の仕組みのことを指す。これが働くことで、人は他者に共感し、感情を共有できる。
例えば、陶芸家が土をこねる様子を見たとき、私たちは「自分もその感触を味わったことがある」と感じることができる。
- 職人が手作業で作る工芸品
- 俳優の演技が観客に伝える感情
- 医師やカウンセラーが持つ患者への共感
これらの仕事は、AIがいくら技術的に進化しても、人間同士だからこそ生まれる「共感の価値」が残る領域だ。
ここで、ミラーニューロンの価値を「相手を同類と感じること」と定義してみよう。すると、何をもって「同類」と感じるかは分野によって異なる点に注意が必要だ。
例えば、論理的な文章を書くことに関しては、すでにAIが人間に匹敵するレベルに達しているため、この分野での人間の価値は減少している。一方で、陶芸のような活動はどうだろうか。陶芸は、土をこね、焼き上げるという身体的なプロセスを含み、そこには「食べること」「老いること」「死ぬこと」といった、人間(あるいは動物)特有の経験が組み込まれている。
こうしたプロセスを真似るヒューマノイドロボットは技術的には作れるかもしれないが、経済合理性が薄く、普及するとは考えづらい。
つまり、同じ生き物同士であることの実感には経済合理性を超えた価値があり、そこに介在する仕事は人間が手を動かし、時間をかけることそのものが尊ばれる。したがって、このような領域では、人間の存在が引き続き重要な意味を持つだろう。
4. オーセンティシティ
オーセンティシティとは、単なる機能や利便性ではなく、「歴史」や「文化」そのものが価値を持つことを意味する。
authentic【形】
本物の、正真正銘の、真正の、真の、れっきとした~◆何かが偽物や複製されたものでないことを意味する。つまり、それまで誰も考え付かなかったようなものがoriginalで、その後似たような製品が競って作られる中で、本物の製品として君臨しているものをauthenticで表現する。
引用元:英辞郎 on the WEB
例えば、
- 創業200年の老舗和食店が提供する伝統の味
- 100年以上の歴史を持つワイナリーのワイン
- 職人が丹精込めて仕上げた茶器
これらの価値は、「単に優れた品質」だけではなく、「その歴史や物語」によって生み出される。
オーセンティシティは既にブランド戦略にも活かされている。例えば、ルイ・ヴィトンやロレックスなどの高級ブランドは、単なる製品の性能ではなく、長年の伝統と職人技が価値の源泉となっている。
そこには、長年にわたる職人技や、時代を超えて受け継がれてきた文化があり、人々はその「物語」に価値を感じる。AIがいかに高度な推論を行なっても、「歴史を背負う」という概念を持ったり、高速に作り上げることはできない。そのため、こうしたオーセンティシティの価値は今後も人間に残り続け、相対的に高まっていく可能性がある。
まとめ
AIの進化が加速する中、人間の労働の価値は以下の4つの要素に集約される。
- 閉じた知識 - AIがアクセスできない専門領域の知識
- 身体性 - 身体を使った直感的な判断や作業
- ミラーニューロン - 共感を生む感覚
- オーセンティシティ - 歴史や文化が生み出す価値
これらは、単なる「AIに代替されない仕事」ではなく、人間だからこそ価値を発揮できる領域だ。
これからの時代、AIを恐れるのではなく、「AIと共存しながら、どのように自分の価値を高めるか」を考えることが重要だ。自分の仕事やキャリアにおいて、これらの要素をどのように活かすことができるだろうかと考えてみると良いかもしれない🤔
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