開発組織における昼食の話題について
技術者はどんな昼食を過ごすのか?
午前の仕事を済ませて、昼間の休憩に同僚と食事をとるのはたのしい時間である。当社(株式会社フクロウラボ)において技術者は半出社勤務とフルリモート勤務を選択することができるのだが、出社するメンバーは何人かで昼食をともにすることが多い。もちろんひとりでの食事を好む人もいるが、多くの人は同僚と一緒に食事をとる。弁当を持ち寄る人もいれば、外食に出かけるグループもある。このような会社員たちの昼食の姿は、完全フルリモートを採用していない仕事現場であれば、日本中どこにでも見ることができるだろう。
ここでわたしが興味を覚えるのは、さまざまな組織の技術者たちが、昼食のなかでどのような会話がしているのか、である。個々人の職位や技術スタックに関わらず、どんな技術者でも昼食はふつう毎日とる。それどころか、休憩時間は原則的には自由な時間であるとはいえ、職場で過ごす時間のなかでは毎日10%程度の割合を占めるのだ。そのようなことだから、「技術者の昼食」についてまとめた専門的な書籍が見当たらないことは、たいへん不思議なことである。とはいえ、技術分野においてこれまで昼食のことが全く論点にならなかったわけでない。そこで今回はそれらを振り返りつつ、これまで技術者たちがどのように昼食をとってきたのかを考えてみたい。
海鮮扇丼(渋谷区円山町 居酒屋 肴とり)
なお各節の文末には、筆者が昼食によく利用する料理店の写真を掲載した。
昼食の効能
一般に、他人と食事をともにすることで期待されている効能のひとつは、相手とより親密になることだ。このような期待は技術コミュニティにおいても変わらない。たとえば著名な工学者のトム・デマルコらは、映画『千と千尋の神隠し』の制作チームが毎日全員でともに食事をとっていたことを例に挙げ、次のように述べている。
一緒に食事をしたからといって、チームが成功する保証はないし、一緒に食事をしないからといって、プロジェクトが失敗するとはかぎらない。しかし、成功するチームは、一緒につくって食べることで生まれる豊かな対話を利用することが多いようだ。[1]
ノースカロライナ大学のマネジメント学教授であるマリリン・マンズらも、ともに食事をすることの効能を強調する。
クリストファー・アレグザンダーのパターン「会食」は、食べ物を分け合うことが、ほとんどすべての人間社会において、人と人を結びつけ、グループへの帰属意識を高めることに、重要な役割を果たしてきたことを示している。食べ物は、ただのミーティングをイベントに変えるのだ。「食事をともにするという行為は、それだけで友情と"親交"の証となるのである。」[2]
つまり、食事をともにとることは、仲間との距離を縮め、結束力を高め、それが職務においても良い成果につながるというわけだ。もちろん、このような会食の効果を過大に強調し、推進することに対しては多くの批判も投げかけられてきた。「飲みニケーション」批判がそれである。もちろん飲み会への強制参加は論外であるし、名目上は自由参加であったとしても、同調圧力を感じるならばそれは強制と変わらない。休憩時間や退勤後に個々人の自由意志が守られるのは当然のことである。だからこそ、食事をともにすることの目的性を意識しすぎることは考えものだろう。デマルコらも、そのような立場に対しては慎重な姿勢を見せる。
このチームメイトが一緒に食事をするのは、プロジェクトマネジャーに言われたからではない。それがチームというものであり、一緒に食事をしたいからだ。[3]
当社では、技術者同士で飲み会を開くことは少ないが、四半期ごとの全社会議ではピザや寿司などの軽食が振るまわれる。また、前述のように休憩時間にともに昼食がとることが多いだけでなく、不定期ではあるが、チームや職能を横断したメンバーで会食をとる「シャッフルランチ」制度を導入している。それには幾ばくかの予算も出ており、普段よりも少し豪華な食事に舌鼓を打ちながら、他の部門のメンバーの仕事や人柄を知る良い機会となっている。もちろん自由参加であり、筆者も長らく参加しない時期があったが、近頃はこの時間をたのしんでいる。
からあげ定食(渋谷区円山町 東軒 渋谷店)
昼食でなにを話すのか
さて、技術者たちは昼食で何を話すのか。もちろん、各人がそのときどきで話したいことを話すのがふつうである。とはいえ、食事のもたらす気やすさと高まる血糖値が、人々にインスピレーションを与えたとしても驚くに当たらない。たとえば、アメリカの発明家であるサミュエル・モールスが通信機を発明するきっかけとなったのは、食事中の何気ない会話であったという。また、ジャーナリストのスティーブン・レビーは著書『ハッカーズ』のなかで1960年代のハッカーたちの暮らしぶりを報告しているが、そのなかに次のような場面がある。
道具室での議論や口論は、しばしば夕食時まで及んだ。そのときはほとんど決まって、チャイニーズ・フードにしようということになっていた。安くてたっぷり量があり、そのうえ最高なのは、遅くまで店が開いているからだ。(中略)
さまざまなハッキングの問題をめぐって、お喋りは続いた。しばしば彼らは、プリントアウトを持ってきていたので、会話が途絶えたときには、アセンブリ・コードの世界に没頭したものだ。ときには、「実社会」での出来事について語り合うこともあったが、そのときも言葉のはしばしにハッカー倫理が顔をのぞかせた。そして結局、システムの欠陥に行き着くのだった。[4]
このように食事がもたらす効果を、積極的に取り入れようという向きもある。昼食をとりながら会議をする「パワーランチ」がその好例だ。ほかにもメンロー・イノベーション社の創業者であるリチャード・シェリダンは、同社で行われている「ラーニングランチ」を紹介している。
チーム全体での学習を促進するため、ランチをJava工場に持ち込んで、普通は正午になってから、より深く勉強するための会を開く。(中略)ラーニングランチのセッションではたいてい、そのときの顧客の仕事に直結するトピックを取り上げる。アンドロイドアプリ開発のようなテクノロジーの場合もあれば、ブレインストーミングのようなチームの活動の場合もある。[5]
もちろん、昼食中に会議をするならばそれを業務時間と捉えて休憩時間を別途でとる必要があるし、外食に出かけるならば、社外で業務の話題を出すのはセキュリティ上の不安があるだろう。そのようなことだから、筆者の経験では、普段の昼食のなかではテレビドラマやスマートフォンゲーム、週末の予定といった日常的な話題になるのがふつうである。そして筆者はそれで良いのだと考えているのだが、どうだろうか。これは職場によっても異なるであろうから、読者の意見を伺いたいと思う。
やわらか牛すじ煮込み定食(渋谷区円山町 天空の月 渋谷店)
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トム・デマルコ, ピーター・フルシュカ, ティム・リスター, スティーブ・マクメナミン , ジェームズ・ロバートソン, スザンヌ・ロバートソン 著, 伊豆原弓 訳『アドレナリンジャンキー プロジェクトの現在と未来を映す86パターン』2009, 日経BP, pp178 ↩︎
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Mary Lynn Manns, Linda Rising 著, 川口恭伸, 木村卓央, 高江洲睦, 高橋一貴, 中込大祐, 安井力, 山口鉄平, 角征典 訳『Fearless Change アジャイルに効く アイデアを組織に広めるための48のパターン』2014, 丸善出版, pp139 ↩︎
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トム・デマルコ, ピーター・フルシュカ, ティム・リスター, スティーブ・マクメナミン , ジェームズ・ロバートソン, スザンヌ・ロバートソン 著, 前掲書, pp177 ↩︎
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スティーブン・レビー 著『ハッカーズ』1987, 工学社, p88-91 ↩︎
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リチャード・シェリダン 著, 原田騎郎 訳『ジョイ・インク: 役職も部署もない全員主役のマネジメント』2016, 翔泳社, p75 ↩︎
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