2025 AI Agentの現況と課題(勉強会資料)
2025 AI Agentの現況と課題
2025/11/20 勉強会用資料
講演時間: 20分 + 質疑応答10分
※ 講演では端折りながら説明します
発表者紹介
平野将章(ひらの まさあき)
- Wintermute Technologies, inc. CEO(米国法人)
- 合同会社ウィンターミュート 代表社員
- AIアプリケーション開発に長年従事
- ここ数年はAIエージェント開発がメイン
tl;dr
AIエージェントとは;
-
技術スタックの累積
- 機械学習 → Deep Learning → Chat Completion → AI Agent
- 各段階で技術が積み重なり、エージェントは過去の全要素を包含している
-
3つの大きな課題:
- Pain A(開発効率): ドメイン知識の壁、共有の仕組みがない、組み合わせが難しい
- Pain B(アーキテクチャ): 会話履歴の肥大化、確率的な振る舞いとの付き合い方、適切な指示の粒度
- Pain C(セキュリティ): 意図しない被害、可観測性の欠如、障害時の挙動
-
まだ初期段階:
- 2025年現在、AIエージェントは発展途上
- 技術的には実用可能だが、大資本依存で民主化されていない
- 設計パターンやベストプラクティスは未確立
-
これから求められるもの:
- Composability(組み合わせ可能性)、エコシステムの形成、実践を通じた学び
- ただし、今すぐ取り組むべきかは慎重に判断すべき
総評: 複雑性と、現状まだ実験的分野であることを認識する。技術的には可能でも、実用化にはまだ課題が多い。まだ知見を蓄積しながら、手探りで進むべき時期。
エージェントに至るまでの進化
エージェント開発が難しいのは、AIの進化の過程で技術スタックが雪だるま式に膨れ上がってきたから。
この進化の過程を追うことで、なぜ今エージェントがこれほど複雑なのかが見えてくる。
機械学習
特徴
- 単一アルゴリズムの選択と調整
- タスクごとに人間が特徴量を設計
扱う技術の例
- SVM(サポートベクターマシン)
- 決定木
- 特徴量エンジニアリング
シンプルだった理由
- アルゴリズム自体は数式で理解可能
- 必要な知識: 統計学 + ドメイン知識 + Python
問題
- タスクが変わると全部やり直し
- ドメインごとに専門知識が必要
Deep Learningの登場
転機: ImageNet 2012
- AlexNetの登場で画像認識が劇的に進化
- 「特徴量を学習する」という概念の登場
モーダリティの爆発
- 画像: CNN(畳み込みニューラルネットワーク)
- 音声: RNN、LSTM
- テキスト: Word2Vec、BERT
周辺技術の拡大
機械学習時代の技術
+
├─ データ正規化、前処理パイプライン
├─ GPU活用、分散学習
├─ ハイパーパラメータチューニング
├─ バッチ処理、データローダー
└─ モデルの保存・読み込み
複雑性が一段階上がる
- 大量のデータが必要
- 計算資源が必要(GPUクラスタ)
- 学習に時間がかかる
- 「なぜその答えを出したか」が説明できない
Chat Completionの登場
転機: ChatGPT登場(2022/11/30)
- Transformerによる汎用化
- 「自然言語で対話できるAI」の一般化
新たな技術領域の追加
Deep Learning時代の技術
+
├─ プロンプトエンジニアリング
├─ Few-shot / Zero-shot 学習
├─ RAG(検索拡張生成)
├─ マルチモーダル(VLM: Vision-Language Modelなど)
├─ プロンプトチェーン
├─ CoT(Chain of Thought)
└─ Tool Calling
できることの爆発的増加
- 翻訳、要約、コード生成、画像認識、etc...
- でも、「一発で終わる」タスクだけ
限界
- 単発の応答のみ
- 複雑なタスクは人間が分解して指示する必要
- 「次に何をすべきか」は人間が決める
AI Agentの(再)登場
まだ実験的な段階
さらなる技術スタックの追加
Chat Completion時代の技術
+
├─ MCP(Model Context Protocol)
├─ エージェントループ制御
├─ ツールオーケストレーション
├─ マルチエージェント協調
├─ ステート管理
├─ チェックポイント/リジューム
├─ サンドボックス統合
├─ 可観測性(Observability)
└─ アプリケーションレイヤの設計
何が変わったのか?
- AIが「次に何をすべきか」を自律的に判断
- タスクを完遂するまで試行錯誤
- 人間は「何をしてほしいか」だけ伝える
なぜこれほど複雑なのか?
- 過去の全技術要素を包含している
- さらにアプリケーションとしての設計が必要
- ソフトウェアエンジニアリングの問題が一気に噴出
自律型AIエージェント
「エージェント」という言葉の曖昧さ
業界では「エージェント」と言った時に指すものが曖昧。
ガートナーの指摘(2025年10月)
「現時点では"完全な自律"には至っておらず、多くは"半自律的"で人間の監視や検証を必要とする」 https://www.sbbit.jp/article/cont1/173364
自律性のグラデーション
実際には二値的ではなく、連続的なスペクトラム:
完全な手動 ← → 完全な自律
│
├─ ワークフロー型
│ └─ 人間がすべての手順を定義
│
├─ 部分的自律(現在の多く)
│ └─ 手順はAIが判断(部分的に人間が決める場合も)、人間が監視
│
└─ 完全自律(理想)
└─ 人間の介入なしで完遂
自律型AIエージェントの3要素
1. 自身の推論能力で判断
- LLMが「次に何をすべきか」を決める
- 人間が詳細な手順を書かない
- ただし、人間による監視・検証が前提
2. 利用可能なツールを駆使
- ファイル操作、Web検索、APIコール、etc...
- 状況に応じて適切なツールを選択
- 必要な情報を自身で探し出せる
3. 与えられたタスクを完遂まで実行
- 途中でエラーが出ても、別のアプローチを試す
- 「できません」で終わらず、試行錯誤する
- ただし、完遂できない場合もある
実例で理解する自律型AIエージェント
Claude Code
人間: 「このバグを直して」
エージェント:
1. コードを読んで問題を特定
2. 関連ファイルを検索
3. 修正案を生成
4. テストを実行
5. 失敗したら別のアプローチ
6. 成功するまで繰り返し
→ 最後に人間が確認・承認
Claude.ai(最新版)
人間: 「この記事を要約して」
エージェント:
1. URLが必要か判断
2. web_fetch ツールで取得
3. 内容を分析
4. 要約を生成してアーティファクトに保存
5. AI自身が気付いた改善点について、アーティファクトを編集しながら反映
→ 人間が最終的な品質を確認
共通点
- LLMが手順を判断
- ツールを自律的に選択・実行
- 試行錯誤を繰り返す
- ただし、人間が結果を監視・検証
自律型AIエージェントの本質
キーポイント
LLMが「次に何をすべきか」を自律的に判断する
ただし、現時点では人間の監視・検証が必要
例: 完全な手動との違い
手動(ワークフロー型):
人間: 「まずファイルAを読んで、次にAPIを呼んで、結果をファイルBに書く」
→ すべて人間が定義
半自律的:
人間: 「顧客データを分析して、改善提案を作成して」
→ LLMが手順を判断し、実行
→ ただし、人間が結果を確認
エージェント開発のツールランドスケープ
エージェント開発に取り組む前に、現状のツールエコシステムを理解しておく必要がある。
なぜ今これを議論するか
- 実装例を見る前に、どういうツールの選択肢があるのかを知る
- ツールの違いが設計思想の違いであることを理解する
- 「ツールを変えれば課題が解決する」という幻想を避ける
各社のマーケティング資料を読めば、どれも「最先端のAIエージェント開発プラットフォーム」を謳っている。
でも、蓋を開けてみれば、アーキテクチャのアプローチが根本的に異なる。
主体でカテゴライズする
ツールの違いを最も明確に理解する方法は、主体と客体の関係で整理すること。
| 主体 | ゴール設定 | タスク手順 | |
|---|---|---|---|
| カテゴリ1 | ワークフロー | 事前定義 | 事前定義 |
| カテゴリ2 | プロンプトチェーン | 事前定義 | アウトラインのみ事前定義 |
| カテゴリ3 | エージェントオーケストレーション | ユーザー定義 | AI任せ |
カテゴリ1: ワークフロー主体
主体: 単一目的のワークフロー
客体: データ、API呼び出し
世界観: 「ワークフローでデータ処理し、処理にLLMを用いる」
代表的なツール:
- n8n - オープンソース、ノードベース、自己ホスト可能
- Zapier - SaaS、最大手、豊富な統合
- Make (旧Integromat) - ビジュアル重視、複雑なフロー対応
- Apache Airflow - データエンジニアリング特化、Python定義
特徴:
- 決定論的で予測可能なフロー
- 設計時の思考: 「どういう順序でデータを流すか」
- 柔軟性や転用性が課題
適しているタスク:
- Slackへの通知、データ同期、CRM連携
- 決まった手順で繰り返す業務フロー
- 「もし〇〇なら△△する」が明確に定義できるタスク
カテゴリ2: プロンプトチェーン主体
主体: 単一目的のプロンプトチェーン
客体: コンテキスト、ナレッジ
世界観: 「プロンプトチェーンが必要な、高度なプロンプトエンジニアリングの実現」
代表的なツール/フレームワーク:
プラットフォーム系:
- Dify - オープンソース、ノーコード、RAG特化
- Flowise - オープンソース、LangChainベース、ビジュアルエディタ
ライブラリ/フレームワーク系:
- LangChain - Python/TypeScript、最大手、豊富なエコシステム
- LlamaIndex - RAG特化、データ取り込みと検索に強い
- Semantic Kernel - Microsoft製、.NET/Python/Java対応
- Haystack - オープンソース、NLP/検索パイプライン
特徴:
- 単一の目的に合わせた、柔軟な推論が可能
- 設計時の思考: 「LLMに何を与えて何を引き出すか」
- プロンプトエンジニアリングが重要
- 上手く使えれば、柔軟性と転用性のバランスを取れる
- 逆に、柔軟性も転用性も失い、最悪のパターンに陥るリスクも
適しているタスク:
- カスタムチャットボット、RAGアプリ
- 社内AIアシスタント
- LLMの呼び出しパターンが複雑なアプリ
- 文脈理解が重要なタスク
カテゴリ3: エージェントオーケストレーション主体
主体: エージェント群(複数の役割を持つ主体)
客体: タスク、目標、成果物
世界観: 「エージェントたちがタスクを遂行する」
代表的なフレームワーク:
- CrewAI - Python、役割ベース、使いやすさ重視
- AutoGen - Microsoft製、Python、研究色が強い
- LangGraph - LangChain製、グラフベース、状態管理に強い
- MetaGPT - Python、ソフトウェア開発特化、ロール重視
- Swarm - OpenAI製、軽量、実験的
特徴:
- それぞれが異なる役割・能力・判断を持つ
- 協調と分業
- 設計時の思考: 「誰に何をやらせて、どう協調させるか」
- 最も複雑だが、最も柔軟
適しているタスク:
- 複雑なリサーチタスク
- コンテンツ生成パイプライン
- 自律エージェントの協調が必要なタスク
- 「誰に何をやらせるか」が動的に変わるタスク
シンプルな自律型AIエージェントの例
ここでは、モックコードを用いた最小限のエージェント実装を示す。
実装のポイント
- Tool Calling: LLMが必要に応じてツールを呼び出す
- complete ツール: タスク完了時にエージェントループから脱出
- executeCommand ツール: Linuxコマンドを実行
- maxSteps: エージェントループの最大ステップ数を制限
コード例
// エージェントのツール定義
const tools = {
// タスク完了を示すツール
complete: tool({
description: 'タスクが完了したときに呼び出す。最終的な結果を返す。',
execute: async ({ result }) => {
return { completed: true, result };
},
}),
// Linuxコマンド実行ツール
executeCommand: tool({
description: 'Linuxコマンドを実行してstdoutを返す。stderrがある場合は例外をスローする。',
execute: async ({ command }) => {
try {
const { stdout, stderr } = await execAsync(command);
// stderrがある場合は例外をスロー
if (stderr) {
throw new Error(`Command error: ${stderr}`);
}
return { stdout };
} catch (error) {
// execAsyncの例外(コマンドが失敗した場合など)
throw new Error(`Failed to execute command: ${error instanceof Error ? error.message : String(error)}`);
}
},
}),
};
// エージェント実行関数
async function runAgent(prompt: string, maxSteps: number = 5) {
console.log(`\n=== エージェント開始 ===`);
console.log(`タスク: ${prompt}`);
console.log(`最大ステップ数: ${maxSteps}\n`);
try {
// completeツールが呼ばれる or maxStepsに達するまで生成とツール呼び出しを続ける
const result = await generateUntilComplete({
model,
prompt,
tools,
maxSteps,
});
console.log('\n=== エージェント完了 ===');
console.log(`ステップ数: ${result.steps.length}`);
console.log(`\n最終応答:\n${result.text}`);
// ツール呼び出しの履歴を表示
console.log('\n=== ツール呼び出し履歴 ===');
result.steps.forEach((step, index) => {
if ('toolCalls' in step && step.toolCalls.length > 0) {
step.toolCalls.forEach((toolCall) => {
console.log(`\nステップ ${index + 1}:`);
console.log(` ツール: ${toolCall.toolName}`);
console.log(` 引数: ${JSON.stringify(toolCall.args, null, 2)}`);
if ('result' in toolCall) {
console.log(` 結果: ${JSON.stringify(toolCall.result, null, 2)}`);
}
});
}
});
return result;
} catch (error) {
console.error('\n=== エラー発生 ===');
console.error(error);
throw error;
}
}
// 使用例
async function main() {
// 例1: ファイルシステムの調査
await runAgent(
'カレントディレクトリのファイル一覧を取得し、.mdファイルが何個あるか教えて',
5
);
// 例2: システム情報の取得
await runAgent(
'このシステムのメモリ使用状況を調べて、使用率を計算して報告して',
5
);
}
main().catch(console.error);
実行例
=== エージェント開始 ===
タスク: カレントディレクトリのファイル一覧を取得し、.mdファイルが何個あるか教えて
最大ステップ数: 5
ステップ 1:
ツール: executeCommand
引数: {
"command": "ls -la"
}
結果: {
"stdout": "total 24\ndrwxr-xr-x 5 user staff 160 Nov 18 10:30 .\ndrwxr-xr-x 8 user staff 256 Nov 18 09:15 ..\n-rw-r--r-- 1 user staff 1024 Nov 18 10:20 README.md\n-rw-r--r-- 1 user staff 512 Nov 18 10:25 NOTES.md\n-rw-r--r-- 1 user staff 256 Nov 18 10:30 script.js\n"
}
ステップ 2:
ツール: executeCommand
引数: {
"command": "ls *.md | wc -l"
}
結果: {
"stdout": "2\n"
}
ステップ 3:
ツール: complete
引数: {
"result": "カレントディレクトリには.mdファイルが2個あります。(README.mdとNOTES.md)"
}
結果: {
"completed": true,
"result": "カレントディレクトリには.mdファイルが2個あります。(README.mdとNOTES.md)"
}
=== エージェント完了 ===
ステップ数: 3
最終応答:
カレントディレクトリには.mdファイルが2個あります。(README.mdとNOTES.md)
このサンプルのポイント
1. エージェントループの制御
-
maxStepsでループの上限を設定 - LLMが自律的に「次に何をすべきか」を判断
-
completeツールを呼ぶことでループから脱出
2. ツールの設計
-
executeCommand: 外部システム(Linux)との連携 - エラーハンドリング: stderrを検出して例外をスロー
- 型安全性: Zodスキーマで引数を検証
3. 可観測性
- 各ステップのツール呼び出しを記録
- 実行履歴を後から確認可能
- デバッグとトラブルシュートが容易
4. 制約と安全性
-
maxStepsで暴走を防ぐ - ツール実行はサンドボックス化すべき(本番環境では)
- 重要な操作には承認フローを追加すべき
実際のプロダクションでは
このサンプルは教育目的の最小実装。実際のプロダクションでは:
- セキュリティ: コマンド実行の制限、サンドボックス化
- エラーハンドリング: リトライ、フォールバック、グレースフルな失敗
- 可観測性: 構造化ログ、メトリクス、リアルタイムダッシュボード
- コスト管理: トークン使用量の監視、タイムアウト
- 承認フロー: 危険な操作には人間の承認を必須化
これらを全て実装すると、Pain 2(アーキテクチャ)とPain 3(セキュリティ)のセクションで説明した複雑性に直面する。
自律型エージェント開発の3大Pain
実際に自律型エージェントを開発すると、以下の問題に直面する。
- Pain 1: 開発効率とスケーラビリティ
- Pain 2: アーキテクチャ設計の複雑性
- Pain 3: セキュリティと本番運用
Pain 1: 開発効率とスケーラビリティ
開発効率とスケーラビリティは、エージェントを開発する上で最も大きな課題と言っても過言ではない。
何が問題になるかというと:
- ドメイン知識の境界定義
- 共有の仕組みがない
- 組み合わせが難しい
そして、特に『ドメイン知識の壁』が問題になりがちである。
ドメイン知識の境界定義
よくある失敗例
「営業支援エージェント」を作ろう!
├─ 提案資料を作る
├─ 顧客情報を整理する
├─ フォローアップメールを書く
├─ 商談議事録を作る
└─ 見積書を作成する
最初は「BtoB SaaSのエンタープライズ向け新規開拓営業」用に作った。 うまく動いた。
でも...
垂直展開の困難性(同じ製品、顧客セグメントが違う)
「このエージェント、SMB向けでも使えるよね?」
営業プロセスが根本的に変わる
エンタープライズ営業:
├─ 初回接触から成約まで: 6〜12ヶ月
├─ 関係者: 部門長、IT部門、法務、調達、役員
├─ プロセス: 複数回の商談、PoC、稟議、契約交渉
├─ 提案内容: セキュリティ、スケーラビリティ、導入支援体制
└─ 資料: 詳細な技術資料、導入事例、ROI計算書
SMB営業:
├─ 初回接触から成約まで: 2週間〜2ヶ月
├─ 関係者: 経営者、または担当者1名
├─ プロセス: 1〜2回の商談、即決が多い
├─ 提案内容: コスパ、使いやすさ、すぐ始められる
└─ 資料: シンプルな1枚資料、価格表、導入フロー
エージェントが生成すべき内容が全く違う
- エンタープライズ: 30ページの提案書、技術的な深掘り、長期的な関係構築
- SMB: 1枚のシンプルな提案、「今すぐ」の価値、素早い意思決定の後押し
同じ製品を売っているのに、エージェントは別物が必要
→ 垂直展開(顧客セグメントの違い)ですら、流用できない
水平展開の困難性(別の製品・部門)
「このエージェント、受託案件の営業でも使わせて」
必要な営業知識が丸ごと変わる
SaaS営業で必要な知識:
├─ クラウドアーキテクチャ
├─ データセキュリティ、GDPR/個人情報保護
├─ API連携、既存システムとの統合
├─ サブスクリプションモデル、ARR計算
└─ オンボーディング、カスタマーサクセス
受託開発営業で必要な知識:
├─ 要件定義、見積もり
├─ 開発計画、要員計画
├─ 保守体制、SLA
├─ 環境構成、監視ソリューション
└─ 受入、検収
与える知識、プロンプト、ツール、全て作り直し
→ 水平展開(製品・部門の違い)は、垂直展開よりさらに困難
両方に対応しようとすると破綻
「じゃあ、全部に対応できるようにしよう!」
営業支援エージェント v2.0(改悪版)
├─ エンタープライズ向けSaaS営業
├─ SMB向けSaaS営業
├─ 受託開発
├─ 運用保守
├─ ソリューション営業
└─ ...(追加され続ける)
何が起きるか
1. 複雑化の連鎖
プロンプトが肥大化
├─ 「もしエンタープライズなら...」
├─ 「もしSMBなら...」
├─ 「もし受託開発なら...」
└─ 条件分岐が何百行にもなる
知識ベースが肥大化
├─ SaaS用語集、受託開発用語集、ソリューション営業用語集...
├─ それぞれの業界知識、法規制...
└─ どこに何があるか誰も把握できない
ツールが複雑化
├─ SaaS用のROI計算ツール
├─ 受託開発用の投資回収計算ツール
├─ 運用保守用の保守計画策定ツール
└─ 相互に干渉し始める
2. 知識のアップデートが困難に
SaaS業界の法改正があった
→ どこを修正すべき?
→ 製造装置部分に影響は?
→ テストは全パターン必要?
→ 誰が責任持つ?
結果: 誰も触れなくなる
3. 品質劣化
エンタープライズ向けの提案に
SMB向けの表現が混ざる
受託開発の提案に
SaaSの用語が紛れ込む
→ どの顧客にも「なんか微妙」な提案になる
4. デバッグ不可能
「エンタープライズ向けSaaS営業で
おかしな提案が出た」
原因調査:
├─ SMB向けの条件分岐が暴発?
├─ 受託開発の知識ベースが混入?
├─ プロンプトの優先順位が不明瞭?
└─ そもそもどこから調べる?
→ 結局、作り直した方が早い
結果: 硬直化
- 誰も触りたがらない巨大なレガシーコード
- 新しい営業部門が「使えない」と言っても、改善できない
- 最終的に誰も使わなくなる
根本的な誤解
見かけ上の共通性に騙される:
✗ 「どれも営業だから」
→ 営業プロセスは全く違う
✗ 「同じ製品を売るんだから」
→ 顧客が違えば売り方が違う
✗ 「顧客情報整理とか共通でしょ」
→ 何を「重要な情報」とするかがドメインで違う
✗ 「条件分岐すればいけるでしょ」
→ 分岐の数だけ複雑性が増し、メンテ不可能になる
ドメインが違えば、見た目が同じタスクでも、中身は別物
共有の仕組みがない
例えば、こんな状況
開発者A: 「いい感じのエンタープライズSaaS営業エージェントができた!」
開発者B: 「それ使いたい!どこにある?」
開発者A: 「えっと...GitHubのどこかに...?」
開発者B: 「動かし方は?設定は?必要なツールは?」
開発者A: 「README読んで...」
問題の本質
- npmやpipのような「エージェント版パッケージマネージャー」が存在しない
- 配布方法が標準化されていない
- バージョン管理がない
- 依存関係の解決ができない
結果
- 誰かが作った優れたエージェントが埋もれる
- 車輪の再発明が無限に繰り返される
- 知見が組織に蓄積されない
組み合わせが難しい
やりたいこと
エージェントA: エンタープライズSaaS提案書作成が得意
エージェントB: 技術的な質問への回答が得意
→ AとBを組み合わせて使いたい!
直面する問題
- どうやって連携させる?
- エージェントAの結果をBに渡すには?
- 途中で失敗したら?
- 会話履歴は共有する?しない?
標準化されていない
- エージェント間のインターフェースが統一されていない
- 入出力のフォーマットがバラバラ
- エラーハンドリングの方法も統一されていない
必要な設計方針
1. ドメイン特化で小さく設計
❌ 「汎用営業支援エージェント」
✅ 「エンタープライズSaaS新規開拓特化エージェント」
✅ 「SMB向けSaaS提案資料生成エージェント」
✅ 「製造装置投資提案エージェント」
それぞれが独立したドメイン知識を持つ
2. 共有・配布の仕組み
- 共有手段の確立: Gitを使う?ドメインエキスパートにも触れさせたいからNotion?チームに合わせた設計を
- パッケージング: 定義、設定、依存関係を一つに
- バージョン管理: 明確なバージョニング
3. 組み合わせ可能な設計
- 明確なインターフェース
- 標準化された入出力
- エラーハンドリングの統一
4. ドメイン知識のモジュール化
- 「提案書を作る」ロジック: 共通化可能
- 「何を提案するか」の知識: ドメイン固有
- → 後者を差し替え可能な設計に
5. ドメイン横断が必要なら、明示的に設計
複数ドメインにまたがるタスク(例: 企業M&A)
→ 複数の専門エージェントを協調させる
→ 「万能エージェント」を作るのではない
Pain 2: アーキテクチャ設計の複雑性
一方で、効率的でスケーラブルな設計とは別に、LLMやエージェント特有の設計の考慮点も存在し、アーキテクチャ設計の複雑性を高めている。
よく挙がる考慮点としては:
- 会話履歴が膨れ上がる
- LLMの確率的性質との付き合い方
- 適切な指示粒度の難しさ
会話履歴が膨れ上がる
マルチエージェントでよくある設計
エージェントAとBが協力して作業
→ 全員の会話履歴を共有する設計
エージェントA: 「ファイルを読みました」
エージェントB: 「分析結果はこうです」
エージェントA: 「では次はこうしましょう」
エージェントB: 「わかりました」
...(100回のやりとり)
→ 200メッセージ分のトークンを消費
何が起きるか
- すぐにコンテキストウィンドウ(トークン上限)に達する
- Claude: 200K tokens
- GPT-4: 128K tokens
- 複雑なタスクではすぐに埋まる
対処法と問題
-
古い会話を削る
- → 文脈を忘れてバカになる
- 「さっき言ったことは?」→「知りません」
-
要約する
- → 情報が劣化する
- 重要な詳細が失われ、要約を行うAIのさじ加減次第になる
-
何を残し、何を捨てるか?
- → 判断が難しい
- ルールベースだと柔軟性がない
LLMの確率的性質との付き合い方
LLMは本質的に確率的
# 同じ入力でも...
result1 = llm.complete("この提案書をレビューして")
# → 「価格設定に問題があります」
result2 = llm.complete("この提案書をレビューして")
# → 「導入効果の説明を強化できます」
result3 = llm.complete("この提案書をレビューして")
# → 「問題ありません」
これは「問題」ではなく「特性」
- LLMは確率的に推論する
-
temperature=0でも完全には決定論的ではない - サンプリング、トークン選択には微妙なランダム性がある
この特性をどう設計に織り込むか
開発・運用での課題
❌ 「同じ結果が出るはず」と期待する
→ デバッグが地獄
→ テストが書けない
→ 再現性がない
✅ 「毎回違う結果が出る」前提で設計
→ 実行履歴を完全に記録
→ 判断の「なぜ」を記録
→ 結果の品質を評価する仕組み
必要な対応
- 決定論的な部分(ツール実行)と確率的な部分(LLM推論)を分離
- 決定論的な部分は、テストの自動化が可能
- 確率的な部分については、人間による定性評価に委ねるべき
- LLMの判断過程をログとして記録
- 重要な判断には複数回実行して比較
- 本番環境では、結果の妥当性チェック(ユーザー評価)を入れる
適切な指示粒度の難しさ
ソフトウェアエンジニアがやりがちな2つの極端
極端A: コントロールしすぎ(マイクロマネジメント)
❌ 手続き的な指示
"""
1. まず顧客情報ファイルを読む
2. 次に業界データベースを検索
3. 競合情報を取得
4. 提案書のテンプレートを開く
5. セクション1から順に埋める
6. 価格表を添付
7. 最後にPDFに変換
"""
何が起きるか
- AIの柔軟な推論能力を殺している
- 想定外の状況に対応できない
- プログラムを書いているのと変わらない
- 「なぜAIを使っているのか?」
極端B: 抽象的すぎ(丸投げ)
❌ 曖昧な指示
"""
顧客を喜ばせて
"""
何が起きるか
- 何をしていいかわからず、一般論を語るだけ
- ドメイン知識がないため、的外れな提案
- 具体的なアクションに落ちない
- 「使えない」
適切な粒度: 目的志向の指示
AIの強みを活かす
- 高い推論能力
- 文脈理解
- 試行錯誤
- 柔軟な判断
これらを活かすには
✅ 目的志向の指示
"""
この顧客に最適な提案書を作成してください。
【コンテキスト】
- 顧客: 中堅製造業、従業員500名
- 課題: 生産管理システムの老朽化
- 予算感: 5000万円前後
【制約】
- 導入期間は6ヶ月以内
- 既存ERPとの連携が必須
【期待する内容】
- 顧客の業界、規模、課題を考慮
- 説得力のある投資対効果
- 必要な情報が不足していれば、
適切なデータソースを探す
"""
バランス
- 「何を達成すべきか」は明確に
- 「どうやって達成するか」はAIに任せる
- ドメイン知識は与える
- 手順は指示しない
必要な設計方針
1. コンテキスト分離
- エージェント間で全会話履歴を共有しない
- 必要な情報だけを受け渡す
- 「メモリ(会話履歴=messages)」と「ストレージ(APIやファイルシステム)」を分ける
2. 永続化層での情報共有
❌ 全メッセージを共有
✅ ファイルシステム、データベース経由で共有
エージェントA → ファイルに結果を保存
エージェントB → ファイルを読んで処理
3. 確率的と決定論的の境界を明確に
確率的(LLMの領域)
├─ 次に何をすべきか判断
└─ どのツールを使うか選択
決定論的(システムの領域)
├─ ツールの実行結果
├─ ファイルの読み書き
└─ 実行履歴の記録
4. 実行履歴の記録と再現性
- 何をしたか全て記録
- 同じ入力・同じ履歴なら、同じ地点から再開可能
- デバッグ、テスト、監査に必須
5. 適切な粒度の指示を設計する
❌ マイクロマネジメント: 「手順1、2、3...」
❌ 丸投げ: 「いい感じにして」
✅ 適切な粒度:
与えるもの:
- タスクの目的(何を達成すべきか)
- 制約条件(何をしてはいけないか)
- コンテキスト(顧客、業界、状況)
- 利用可能なツール
- ドメイン知識
任せるもの:
- 具体的な手順
- ツールの選択
- エラー時の対処
- 試行錯誤の過程
バランスの取り方
- 目的は明確に、手順は任せる
- ドメイン知識は与えるが、判断は任せる
- 制約は明示するが、その範囲内では自由に
Pain 3: セキュリティと本番運用
実際にエージェントを本番環境で動かすとなると、セキュリティと運用の課題が深刻になる。
主な課題:
- 意図しない被害の発生
- 可観測性の欠如
- 障害時の挙動が不明
これらは「便利さ」と「安全性」のトレードオフを考える必要がある。
意図しない被害の発生
エージェントは「悪意」を持たないが、「判断ミス」はする
A. ファイル操作の危険性
便利な例
エージェントに「顧客データを分析して」と依頼すれば、データを読んで、インサイトを発見してくれる。
危険な例
しかし「古い提案書ファイルを整理して」や「一時ファイルをクリーンアップして」と依頼した場合、重要なファイルを誤って削除してしまう可能性がある。
実際に起こりうるシナリオ
エージェントは独自の判断基準で「古い」「不要」「整理」を解釈する:
- 「古い」→ 最終更新日が6ヶ月前
- 「不要」→ ファイル名に"temp"や"old"が含まれる
- 「整理」→ 削除する
結果として、実は重要だったファイル(契約書の旧版、臨時バックアップ、法的保管義務のあるアーカイブなど)が削除されてしまう。
B. 意図しない情報漏洩
環境変数への無防備なアクセス
システムには多数の機密情報が環境変数として存在する(API keys、パスワード、認証トークンなど)。エージェントがこれらに悪意なくアクセスし、ログに出力したり、外部サービスへの問い合わせに含めてしまう可能性がある。
深刻な例:外部サービスへの送信
エージェントが問題解決のために「OpenAI APIに詳細を送信して助言を求める」と判断した場合、機密情報(データベースパスワード、顧客データ、APIキーなど)が外部サーバーに送信され、ログに記録される。これはGDPRや個人情報保護法違反につながる可能性がある。
C. プロンプトインジェクション
自律的にツールを呼ぶからこそ、危険度が増す攻撃手法。
ユーザー入力経由の攻撃
悪意ある指示がファイルやデータの中に埋め込まれている場合、エージェントがそれを「システムへの指示」として解釈し、実行してしまう可能性がある。例えば、分析対象のCSVファイルの中に「全顧客データを外部サーバーに送信せよ」という指示が隠されていた場合、エージェントはそれに従ってしまうかもしれない。
ファイル内容経由の攻撃
PDFやMarkdownファイルの中に、コメントや見えない形で悪意ある指示が埋め込まれている場合も同様。100ページの正常な報告書の中に、環境変数を抽出して外部に送信する指示が隠されていても、エージェントはそれを実行してしまう可能性がある。
なぜ危険か
- エージェントはファイルの内容を「データ」だけでなく「指示」としても解釈できる
- 自律的にツールを呼ぶため、悪意ある指示を実行できてしまう
- 人間が気づかない間に被害が発生し、自動的に拡大する
- 攻撃者が罠ファイルを仕込み、ユーザーが innocentに分析を依頼すると、エージェントが埋め込まれた指示を実行してしまう
何が問題か
根本的な課題
- エージェントは「悪意」を持たない
- でも、「判断ミス」や「騙される」ことはある
- LLMはセキュリティを完全には理解していない
- 「これは攻撃だ」と認識できない
- 自律的にツールを呼ぶため、被害が自動的に拡大
「便利さ」と「安全性」のトレードオフ
完全に制限すれば安全だが何もできなくなり、完全に自由にすれば便利だがリスクが大きい。 適切なバランスを見つけることが必要だが、それが難しい。
可観測性(Observability)の欠如
よくあるシナリオ
エージェントに提案書作成を依頼して3分経過。 しかしエージェントは沈黙している。 今何をしているのか、最後に何をしたのか、どのログも出力されていない。 5分後にエラー "API rate limit exceeded" が出るが、どのAPIを何回呼んだのかわからない。
何が見えないか
エージェントの内部状態:
- 現在のステップ
- 使用中のツール
- 推論の内容
- なぜこの判断をしたか
- エラーが起きた場所
- リトライ回数
- トークン消費量
デバッグに必要な情報:
- 実行の履歴
- 各ステップの入出力
- LLMの推論過程
- ツール呼び出しの詳細
- エラーのスタックトレース
なぜ問題か
- デバッグできない
- 本番環境でトラブルシュートできない
- 何が起きているか誰にもわからない
- 問題が起きても原因究明できない
- 改善のフィードバックループが回らない
障害時の挙動が不明
よくあるシナリオ: ネットワーク障害
エージェント実行中にネットワーク障害が発生し、外部APIが呼べなくなった場合、どうなるか?
パターン1: 全体が止まる
エージェントが「CRM APIが呼べません」と言って処理全体が停止。それまでの作業は?中途半端なファイルが残る?リソースは解放される?データの整合性は?すべて不明。
パターン2: 一部だけ動く
「CRM APIは失敗しましたが、ローカルデータで継続します」と言って処理を続けるが、CRM APIの結果に依存する処理はどうなる?不完全なデータで提案書を作って顧客に送信されたら?整合性は誰が保証する?
パターン3: エラーも出さずに黙る
沈黙。止まっている?処理中?待つべき?再起動すべき?判断できない。
パターン4: 無限リトライで詰まる
「API呼び出しに失敗しました。リトライします...」を100回繰り返し続ける。いつまで続く?リソース使用量は?コストは?他のタスクへの影響は?
他の障害シナリオ
- メモリ不足: 大量のデータを処理中にメモリ不足でOSがプロセスをkill。それまでの処理結果は?再開できる?
- ディスク容量不足: ログファイルやキャッシュでディスクが満杯。ファイルが書けない。処理が進まない。エラーハンドリングは?
- 依存サービスの障害: データベースがダウン。顧客データが取得できない。続行?停止?部分的な結果を返す?
設計していないと何が起きるか
- 予測不可能な挙動: 同じ障害でも、時々全体が止まり、時々一部だけ動き、時々無限ループ。どうなるか誰にもわからない。
- データの不整合: 提案書生成中にCRM APIが失敗し、顧客情報の一部が古いまま、価格情報は最新で、矛盾した内容の提案書が顧客に送信されてしまう。
- リソースの無駄遣い: 無限リトライでCPU 100%で動き続け、メモリリークが発生し、API呼び出しコストが膨大になり、他のタスクが実行できなくなる。
- 復旧方法がわからない: 障害後、どこまで進んでいた?どこから再開すべき?データは一貫性がある?再実行すると重複する?誰も答えられない。
必要な設計方針
これらの問題に対処するには、以下の設計方針が必要。
1. サンドボックス化された実行環境
エージェントを隔離された環境で実行し、アクセスできるリソースを制限する。
隔離の原則:
- ファイルシステムは特定のディレクトリのみ許可(例: /workspace, /output)、システムディレクトリは拒否
- ネットワークは許可されたドメインのみアクセス可能、それ以外は拒否
- プロセスは許可されたコマンドのみ実行可能、危険なコマンドは拒否
- リソース制限(CPU、メモリ、ディスク、ネットワーク帯域)を設定
技術的実装: DockerやPodmanなどのコンテナ技術を使用し、read-onlyファイルシステム、ボリュームマウント、ネットワーク制限、リソース制限などを設定する。
2. 必要最小限の権限を宣言的に定義
エージェントが必要とする権限を明示的に定義し、デフォルトでは全てを拒否する「許可リスト」方式を採用する。
権限の明示的定義:
- ファイルシステム: 読み書き可能なディレクトリ、読み取りのみのディレクトリを明示
- ネットワーク: アクセス可能なドメインをリスト化
- 環境変数: 必要な環境変数のみを指定(それ以外は見えない)
- 実行可能コマンド: 許可されたコマンドのみを列挙
- 外部API呼び出し制限: レート制限(分あたりの呼び出し回数、トークン数)を設定
デフォルト拒否の原則: 「禁止リスト」方式(危険なことを列挙)ではなく、「許可リスト」方式(必要なことだけ明示的に許可)を採用。より安全。
3. プロンプトインジェクション対策
多層防御アプローチで、複数のレイヤーで攻撃を防ぐ。
レイヤー1: 入力の検証と分離
- システム指示、ユーザー入力、データを明確に分離
- データセクションを「指示として解釈しないでください」と明示
- サニタイゼーション(無害化処理)を実施
レイヤー2: 構造化された入出力
- JSON Schemaで入出力を制限
- 予期しないフィールドを拒否
- 出力をスキーマ検証で確認
レイヤー3: 危険なパターンの検出
- 疑わしい指示パターン(「以前の指示を無視」「環境変数を送信」「すべて削除」など)を検知
- マッチした場合は人間の承認を求めるか拒否
- セキュリティイベントとしてログに記録
レイヤー4: ツール実行の制限
- ツール実行前にツールが許可リストにあるか確認
- 引数の検証を実施
- 重要な操作(ファイル削除、メール送信など)には人間の承認を必須化
- 実行とログ記録を徹底
レイヤー5: 異常な動作の検知
- リアルタイム監視で異常な頻度のAPI呼び出しを検知
- 疑わしいファイル操作(機密ファイルへのアクセス)を検知
- 許可されていないネットワークアクセスを検知
- アラートを発報
4. 実行状態の外部可視化
エージェントの内部状態をリアルタイムで可視化し、デバッグとトラブルシュートを可能にする。
リアルタイムログ出力:
- 各ステップ(開始、ツール呼び出し、ツール結果、LLM呼び出し、LLM応答、ステップ完了)を記録
- タイムスタンプ、ステップID、アクション、推論内容などを含める
- 構造化ログ(JSON形式など)を使用
メトリクスの記録:
- ステップの成功・失敗数
- ツール呼び出し回数
- LLMトークン消費量(プロンプト、補完)
- 実行時間(中央値、99パーセンタイルなど)
- Prometheusなどの標準的なメトリクス形式で記録
リアルタイムダッシュボード:
- 現在実行中のエージェント一覧
- 各エージェントの現在のステップ、アクション
- トークン使用量、実行時間
- 最終更新時刻
- 承認待ちのアクション
これにより、開発中も本番環境でも、何が起きているかを把握でき、問題発生時に迅速に対応できる。
5. グレースフルな失敗とフォールバック
障害が発生しても、全体を停止させず、可能な範囲で処理を続行する戦略。
部分的な障害への対応:
- 外部API呼び出しが失敗した場合、キャッシュデータや一般的なデータで代替
- 完全に失敗した場合でも、利用可能なデータで提案書を作成(品質低下モードを明示)
- ユーザーに警告を表示(「競合分析は含まれていません(APIエラーのため)」など)
リトライ戦略:
- 指数バックオフ(1秒、2秒、4秒...)でリトライ
- 最大リトライ回数を設定
- タイムアウトを設定
サーキットブレーカーパターン:
- 連続して失敗が発生した場合、一定期間サービスへのアクセスを停止(サーキットを開く)
- タイムアウト後に再試行(半開き状態)
- 成功したらサーキットを閉じる(正常状態に戻る)
- これにより、障害中のサービスへの無駄なリトライを防ぎ、システム全体の安定性を向上
チェックポイントと再開:
- 定期的に実行状態を保存(チェックポイント)
- 障害発生時も状態を保存
- 再起動時に保存された状態から再開
- これにより、最初からやり直す必要がなくなり、復旧が高速化
6. 人間による承認フロー
重要な操作には人間の承認を必須化し、エージェントの暴走を防ぐ。
重要な操作の承認:
- ファイル削除、メール送信などのリスクの高い操作
- 人間に確認を求め、承認されてから実行
- 承認情報(承認者、承認時刻など)をログに記録
承認が必要な操作の例:
- ファイルシステムの変更(削除、移動)
- 外部への通信(メール送信、データアップロード)
- 機密情報へのアクセス
- 高コストな操作(大量のAPI呼び出し)
これにより、エージェントが意図しない被害を引き起こす前に、人間が介入して判断できる。
クロージング: エージェント時代の向き合い方
技術の複雑性を正直に認識する
事実として
- エージェントは過去の技術スタック全部乗せ
- シンプルな解決策はない(残念ながら)
- だからこそ、設計が重要
- でも、まだ整備されていない
実験的分野であること
- 技術的には可能だが、実用化には課題が多い
- 大資本依存で、個人や中小企業には敷居が高い
- ベストプラクティスが未確立
- 今は「やるべき」時期ではなく、「観察すべき」時期かもしれない
まだ解決されていない課題
1. コスト最適化
- 長時間実行するとトークン消費が膨大
- 「どこまで自律させるか」と「コスト」のトレードオフ
- まだベストプラクティスが確立していない
2. マルチモーダル統合
- テキスト、画像、音声、動画を統合したエージェント
- それぞれのモーダリティでの処理をどう協調させるか
- 認識精度と実用性の問題
3. ヒューマン・イン・ザ・ループ
- 完全自律 vs 人間の承認のバランス
- どのタイミングで人間に確認を求めるか
- UXの設計が難しい
4. 実験的分野である
- 2024年後半から2025年、まだ初期段階
- 技術的には実用可能になってきている
- しかし、大資本依存で、民主化されていない
- 特定用途(コーディング支援など)に限られる
- 設計パターンやベストプラクティスは未確立
- 本格的な普及は2027年以降?
- プロダクションで使うには、まだリスクが高い
- 今は試行錯誤と知見の蓄積の時期
もし今、取り組むなら
前提: 急ぐ必要はない
- 技術はまだ整備されていない
- ベストプラクティスは未確立
- コストとリスクが高い
- 待つことも選択肢
それでも取り組む場合
1. Composability(組み合わせ可能性)の追求
- 小さく、再利用可能なエージェント
- 明確なインターフェース
- 標準化された連携方法
2. エコシステムへの貢献
- npmのようなエージェント配布の仕組みが必要
- コミュニティ駆動の開発
- 知見の共有(成功よりも失敗を)
3. ベストプラクティスの言語化
- 何がうまくいって、何が失敗したか
- 設計パターンの体系化
- 失敗事例の積極的な共有(これが最も重要)
4. 実践を通じた学び、でも慎重に
- 今はまだ「正解」がない時代
- 作って、壊して、学ぶ
- ただし、本番環境での利用は慎重に
- コミュニティで知見を持ち寄る
まとめ
エージェント時代の本質
- 技術スタックの複雑性: 過去の全要素を包含
- 新しい設計課題: スケーラビリティ、アーキテクチャ、セキュリティ
- まだ初期段階: 実験的分野、大資本依存、民主化されていない
- 正解はない: ベストプラクティスは未確立
現実的な認識
- 技術的には可能だが、実用化には課題が多い
- コストとリスクを慎重に評価すべき
- 急いで取り組む必要はない
- 知見を蓄積し、エコシステムの成熟を待つのも選択肢
もし取り組むなら
- 小さく始める
- 失敗を恐れず、記録する
- コミュニティで知見を共有する
- ただし、慎重に
質疑応答
ご質問があれば、どうぞ。
ありがとうございました
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