【開催報告】組込み開発を加速させる「AI駆動開発」1Dayセミナー
【開催報告】組込み開発を加速させる「AI駆動開発」1Dayセミナー
AI活用が広まるなか、ソフトウェア開発の現場では「AI駆動開発」への関心が急速に高まっています。その一方で、組込みシステムの開発現場では
- 知財保護の観点からクラウド生成AIをそのまま使いづらい
- クラウドAIの利用料が高騰している
といった固有の悩みがあります。
こうした課題に対して、ローカルLLMを利用して自社専用・無制限に使えるAI環境を構築するというアプローチが注目されています。その背景として、いわゆる「オープンウェイトLLM」の性能の劇的な向上が挙げられます。直近数ヶ月で、GLM-5.2, Kimi-K3, DeepSeek-V4-Proなど、ソフトウェア開発タスクにおいて最高性能とされるクローズドLLM に、勝るとも劣らない性能を発揮するオープンウェイトモデルが多数リリースされています。
本セミナーは、オープンウェイトモデルAIの導入と、開発における活用を実践的に学べるプログラムです。午前中の座学では「セキュアなAI環境とは何か」「AIハーネスの使いこなし方」を学び、午後のハンズオンで実際にAIエージェントを使って組込み向けプログラムの高速化を体験するという構成となっています。
フィックスターズが長年培ってきたパフォーマンスエンジニアリングの知見を、AI駆動開発と合わせて、一日を通して体験できるセミナーです。
本記事では、この1Dayセミナーの初開催の様子をご紹介します。
セミナー概要
開催日: 2026年7月31日(金)10:00〜16:00
形式: 会場開催(東京都港区芝浦 BLUE FRONT SHIBAURA TOWER S 7F HALL1)
主催: 株式会社フィックスターズ

セッション1:イントロダクション
座学の講師は、アドバンストシニアエンジニアの棚橋 秀斗が担当しました。
フィックスターズは、Cellプロセッサ向けやNVIDIA GPU向けをはじめとする、特定ハードウェア向けの最適化を長年手がけてきた会社です。現在は、GPUの重要な用途となったAIの高速化や、AIを活用したパフォーマンスエンジニアリングを幅広い分野へ展開しています。ハードウェアに近い領域で積み上げてきた知見と、AIネイティブな開発ノウハウの両方を併せ持つことが強みです。
その上で、組込み開発ならではのAI活用の難しさを整理しました。
- 知財保護の観点: そもそもクラウドサービスの利用が難しく、外部のAIチャットサービスなどを使えないケースがある
- チームへの展開: 使いこなせるメンバーが限られ、組織全体へ安全かつ効率的に広げるためのノウハウを培うのが難しい
- 特殊な実行環境: 開発するマシンと実際に実行するマシンが異なるなど、環境が特殊でそのままでは動かないことがある
これらのハードルに対し、機密保護にはオープンウェイトモデルAIの利用、チーム展開や特殊な実行環境への対応にはAIハーネスの活用といった工夫で対策が可能です。
セッション2:オープンウェイトモデルAIを使う - セキュアAIアプライアンス「Fixstars Vega」のガイダンス
機密保護を目的としてオープンウェイトモデルAIを利用した自社専用AI環境を導入するには、どのような方法・注意点があるでしょうか。
フィックスターズが提供する組込み向けセキュアAIアプライアンス「Fixstars Vega」を引き合いに出しつつ、オープンウェイトモデルAIの特徴と、現在の傾向を解説しました。
機密情報を外に出さずにAIを使う
社内業務でAIを活用しようとすると、外部クラウドに預けられない機密情報をどう扱うか、という問題に必ず突き当たります。Fixstars Vega は、この課題に対して次のような形で応えるアプライアンスです。
- 機密情報の保護: オープンウェイトモデルAIをお客様の社内サーバーやワークステーション上で動かすことで、同ネットワーク内で機密情報に関わるやり取りを完結させ、外部ネットワークにデータを出さずにAIを利用できる
- 効果が出ない課題への対応: ハーネスなどを併せて提供し、ローカルで安全、かつ実務に使える品質のAI環境を用意する
- 導入から運用までの一括サポート: 施設外にデータを出せない厳しいセキュリティ要件であれば施設内にサーバーを設置、大きなサーバーを置けない場合はホスト型のプライベートクラウド、といった形で環境に合わせて提供する
提供するモデルは、検証済みの高性能なモデルを最適化し、しっかりと速く動く状態でお届けします。用途によって最適なデプロイ方法は変わるため(短いリクエストを大量に送る用途か、長い文章を扱う用途か、など)、社内で検証した設定値をあわせて提供している点も特徴です。
モデル管理ダッシュボード
Fixstars Vega は、お客様の手元でモデルのデプロイや切り替えができるモデル管理ソフトウェアを備えています。最適な設定のモデルを自分で選んで試したり、別のモデルに切り替えて試したりできます。さらに、誰がどれくらいAIを利用したかといったユーザー統計をダッシュボードで確認でき、個人単位・チーム単位で利用状況を把握できます。このダッシュボードは、午後のハンズオンでも実際に接続して利用しました。
ローカルLLMの「いま」
セッションの後半では、ローカルで動かせるオープンウェイトモデルの現状を解説しました。
まず、現在利用できるAIモデルは大きく2種類に分けられます。
- クローズドモデル: パラメータ(ウェイト)が非公開で、提供元のAPI経由でアクセスする。従量課金やレート制限があり、必ず外部にデータが送信されるため機密情報は扱いづらい
- オープンウェイトモデル: ウェイトが公開されており、環境さえあれば自分で動かせる。計算資源の制約はあるが、データを完全に閉じた状態で使え、従量課金やレート制限もない
注目すべきは、両者の性能差が急速に縮まっている点です。かつてはオープンウェイトがクローズドに追いつくまでに9か月ほどかかっていましたが、直近ではワンシーズン(2〜3か月)ほどで追いつくペースにまで加速しています。セキュリティを保ちながら高性能なモデルを使うことは、現実的な選択肢になってきています。
一方で、「一番強力なモデルさえ使えば十分」というわけではないことも強調しました。モデルはサイズが大きいほど賢くなる傾向がありますが、その分だけ動作は遅くなります。また、学習内容によって得意なタスクも異なります。そのため、複数のモデルを用意し、タスクに応じて必要十分なものを使い分けるのが効率的です。実際、高性能なモデルで計画・ディレクションを行い、実際の作業は手の速い軽量モデルに任せる、という使い分けが一般的になっています。
モデルの機能を理解するうえでのポイントとして、次の要素も紹介しました。
- リーズニング(推論): 最終回答の前に内部で「下書き」を書く機能。試行錯誤をしながら順を追って論理を展開することで、精度が向上する。近年は思考の深さを切り替えられるモデルも増えているが、深く考えるほど時間がかかるため使い分けが重要
- モダリティ: テキスト・画像・音声など、扱えるデータの種類。モデル設計時点で決まるため、画像を扱いたいなら対応モデルを組み合わせる
- コンテキストウィンドウ: 一度に扱える情報量。大きいほど有利だが、途中の情報を見落とす「Lost in the Middle」もあり、多ければよいというものではない
午後のハンズオンでは、こうした特性を踏まえた検証済みの高性能なオープンウェイトモデルを使い、実際のタスクに取り組んでいただきました。
セッション3:AIハーネスの使いこなし
座学の後半は、ローカルで安全なAI環境を前提として、そのAIをいかに「賢く」使うか、というテーマに移りました。
AIエージェントとハーネスエンジニアリング
まず、AIエージェントの定義を確認しました。ゴールを与えると、計画・実行・検証・報告のループを自律的に回して目標達成まで進めてくれるのがAIエージェントです。従来のAIコーディングが人間の作業を補助する「副操縦士(コパイロット)」だったのに対し、AIエージェントは人間の代わりに作業する「自動操縦(オートパイロット)」に例えられます。
AIエージェントには、処理スピードが圧倒的に速い、飽きずに繰り返し作業できる、という強みがあります。最初の出力の質が低くても、目標達成まで繰り返しブラッシュアップすればよい——このコーディングスタイルの意識転換が重要だと解説しました。
一方で、AIエージェントには弱点もあります。一般的な知識をもとに汎用的な回答をしがちで狙いから「ずれる」こと、確率的に生成するため動作が「ばらつく」ことです。ループやグラフとして自動化を組むほど、ユーザーの意図と異なる動作をするリスクは増幅されます。そこで、AIの特性に合わせて人間側があらかじめ環境を整えてあげる必要があります。
このために使われるのが「ハーネス」という考え方です。ハーネスは元々、馬に付けて人間と意思疎通できるようにする馬具を指します。思い通りには動かないAIに対して、ある程度の方向性(ディレクション)を与えるための仕組み、という比喩です。広義には「モデル以外のすべて」を指し、判断材料の提供、MCP等の外部との接続管理、実行するための手足の付与などを担います。
AIを安全・安定して動かす
ハーネスの役割の一つが、確率的な振る舞いのばらつきを抑え、安全に動かすことです。危険なコマンドの実行などを防ぐため、次のような機能がよく使われます。
- パーミッション(権限)設定: ファイル編集やシェルコマンドの実行可否を制御する。マストで押さえておきたい要素。応用として、まず読み取り専用で状況を確認し計画を立ててから編集に移る「プランモード」などがある
- サンドボックスでの隔離: ホストの権限を直接与えず、AIエージェント専用の環境で動かす
重要なのは、これらは「どれか一つをやればよい」ものではないという点です。ファイル編集を制限してもシェルコマンドやPythonスクリプト経由で書き換える抜け穴を見つけることがあるように、単層の対策では必ず漏れが生じます。複数の層を重ねる「多層防御(スイスチーズモデル)」の考え方で設定することが必要だと解説しました。
もう一つの方向性が、危ない部分はそもそもAIに考えさせず、決定論的なツールに任せることです。出力フォーマットの整形や、git commit コマンドに紐づく自動チェック、テストフレームワークの事前用意などがこれにあたります。決定論的なツールを使えば、動作が安定し、速度も上がり、作業も効率化します。
AIに正しい判断をさせる
続いて、AIが「的の真ん中に当てる」正しい判断をするための工夫を、人間の意思決定フレームワーク(状況把握 → 情報の統合 → 決定 → 実行 のループ)になぞらえて解説しました。AIモデルが担っているのは「判断」の部分だけで、情報収集や実行はハーネスが補っています。そこで、周辺を強化する要素を順番に紹介しました。
- プロンプトエンジニアリング: 細かい言い回しよりも「何をすべきか・何をすべきでないか」を明確に伝えることが重要。ゴールはテスト通過のように検証可能な形で示すとよい。高性能なモデルほど手順を細かく指定しすぎると最適な進め方から外れることがあるため、定型作業でなければ手順は示さず任せる。「やらないこと」を明確に伝えるのも有効
- コンテキストエンジニアリング: 必要な情報を過不足なく与える工夫。詰め込みすぎると「Lost in the Middle」や無関係な情報に引っ張られる問題が起きるため、必要な情報を選別することが肝心
- AGENTS.md / CLAUDE.md: プロンプトに常に含まれる指示ファイル。ソースコードから読み取れない知識や、ビルド・テストの方法など「常に意識してほしいこと」に絞って書く
- エージェントスキル: 能力や知識をディレクトリ単位でまとめて与えるフォーマット。毎回送られるのは名前と概要(ディスクリプション)だけなのでコンテキストを圧迫しにくく、状況に応じてAIが自動で呼び出してくれる
- MCP: AIを外部システムに接続するための標準規格。メモアプリの操作や、最新ドキュメントの取得など、プロジェクト外のサービスと連携したい場合に有効
ハンズオン:AIエージェントで組込みプログラムを高速化する
午後は、リードエンジニアの能登 優太が講師を務め、CTOの飯塚 拓郎、AI事業推進室 Forward Deployed Engineer(FDE)の八木 武尊、AI事業推進室 シニアディレクターの丸岡 晃が伴走メンバーとして参加者をサポートしました。

高速化の知見をAIエージェントに——「APEX」
冒頭では、フィックスターズが取り組むハーネス「APEX」を紹介しました。フィックスターズが長年のパフォーマンスエンジニアリングで培ってきた高速化の作業フロー——性能を測る → ボトルネックを特定する → 高速化の戦略を立てる → 実装する → 検証・ベンチマークで効果を測る——を、人ではなくAIエージェントが実行できる形にまとめたものです。今回のハンズオンでは、このAPEXのスキルを課題の中に組み込み、実際にどれくらいうまくいくかを体験していただきました。
課題:画像の位置合わせプログラムの高速化
参加者には、Raspberry Pi上で動く「画像の位置合わせ(位置補正)」プログラムを高速化していただきました。これは、撮影時刻や被写体の状態が微妙に異なる複数の画像を、ずれを補正してぴったり重ね合わせる技術です。医療画像の比較、衛星画像の解析、パノラマ画像の合成など、応用先は多岐にわたります。内部では、明暗差のはっきりした「特徴点」を画像から抽出して対応付け、変換行列のパラメータを求めることで位置を合わせています。
高速化の技法として今回取り上げたのは SIMD(Single Instruction Multiple Data)です。1つの命令で複数のデータをまとめて処理する、現代のCPUに搭載された機能で、性能の制約が厳しくコストも抑えたい組込みの現場で、画像処理のような重いタスクを動かすうえで非常に重要な技法です。ただしSIMDはアーキテクチャごとに実装が異なり(x86向けとRaspberry PiのARM向けは別物)、専用のプログラムとハードウェアの知見が必要で、実装難易度は高めです。SIMDプログラミングの経験がない方がほとんどという前提のもと、そこをAIにやらせてみるとどうなるか、を体験するのが今回の狙いでした。
ハンズオンの流れ
開発は、AIコーディングツール(OpenCode)をセットアップしたノートPC上で行い、ビルドした実行プログラムをLANケーブルで接続したRaspberry Piに転送して実行、結果を確認するという流れです。参加者は、まず人手でプログラムの動かし方を追体験したうえで、APEXのスキルを使いながらAIエージェントによる高速化に取り組みました。
ハンズオン Step 1 : 開発環境の構築〜プログラム実行・計測
最初に、開発環境の構築からプログラムのビルド、データ準備、実行と計測までの一通りの工程を手作業で実施しました。
実行と計測は、性能最適化の基本となる工程ですが、実は結構手間がかかります。これらをAIエージェントと専用ハーネスを用いて自動化し、次の最適化実施のステップに向けた事前準備を済ませることが、このステップのゴールです。
同じ工程を、手作業と、AIエージェントによる作業自動化の2パターンで体験し、この時点でもAIエージェント利用による作業効率向上に手応えを感じることができたのではないかと思います。
ハンズオン Step 2 : AIエージェントを使った最適化
次のステップではAIエージェントを使った最適化に取り組んでいただきました。
最適化に特有の、プロファイリング情報の取得 -> 解析 -> 最適化戦略立案とレビュー -> 実装 -> テスト -> 再計測 というループをハーネスで自動的に回す、という一連のサイクルを実際に体験していただきました。

会場では伴走メンバーが巡回し、詰まったところをその場で解消しながら進めました。参加者はAIエージェントを実際に動かし、SIMDによる高速化を体験。最終的には、対象プログラムでおよそ3倍の高速化を達成する場面も見られました。

専門的な知識が求められる組込み・SIMDの領域でも、ハーネスを活用することでAIとともにスムーズに開発を進められる——その手応えを実感いただけたのではないかと思います。
質疑応答ハイライト
Q. 外部クラウド(Amazon Bedrock など)経由でモデルを使う場合、ダッシュボードではどう見えますか?
A. Bedrock経由のアクセスや、その利用料金(何ドル使ったか)も統計として確認できます。チーム・ユーザー単位での管理もでき、「オンプレミスのモデルしか使えない人」「外部APIも使えるチームに属する人」といった形で、利用できるモデルや権限を分けて運用できます。誰がどのモデルをどれくらい使ったかといったログも、記録しようと思えば記録・確認できます。
Q. 利用したいモデルを追加できますか?
A. 新しいモデルは日々公開されており、それをいち早く提供できるようにしています。ユーザー側で追加できるほか、ご要望に応じてフィックスターズが検証して提供します。使いたいモデルがあれば、ぜひご相談ください。
Q. 自社への導入は、どのような流れになりますか?
A. 導入から運用まで一括してサポートしています。お客様の要件をヒアリングしたうえで、環境やモデル構成をご提案します。エンジニアが現場に入って立ち上げを支援する形や、お客様の開発現場に合わせた内容で伴走支援を行うプライベートセミナーなど、複数のデリバリー方法をご用意しています。
なお、クロージングでは、ハンズオン中の全体のAI利用量をダッシュボードで振り返り、同じ量をクラウドの従量課金で使った場合の費用感にも触れました。ローカルLLMを活用することのコストメリットを、数字で実感いただく一幕となりました。
おわりに
初開催となった本セミナーに多くの方にご参加いただき、心より御礼申し上げます。組込み開発という難易度の高い題材でも、セキュアなローカルAI環境とハーネスを組み合わせることで、AI駆動開発を実践できることを体感いただけたなら幸いです。
本セミナーは、今後も定期的に開催していく予定です。なお、AI駆動開発は進化のスピードが非常に速い分野であり、本セミナーの内容も Fixstars Vega の機能拡張やAIモデルの進化に合わせて随時最新化してまいります。そのため、次回以降の開催では、使用するモデルやハンズオンの題材をはじめ、本記事でご紹介した内容とは一部異なる場合がございます。あらかじめご了承ください。
ご興味をお持ちの方は、ぜひお気軽にご参加ください。
Discussion