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noteを使い続けてよいのかわからなかったので真面目に、炎上したcakes記事を読みましたぞ

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cakesのホームレス取材記事に批判 単なる“炎上”を社会問題を皆で考える「出発点」に変えていくには?

一般記事ということで一旦上記リンクを貼る。

まず私はnote.muもそれなりに好きなプラットフォームでアカウントも持っている。
開発の話に限らないトピックについては極力noteに書こうと決めていた。

そこでnote社にかかわるcakesにおける話を見かけた。

今後どこを拠点に駄文をつづるべきなのかにかかわるのでそれなりに考えておきたいと思った(所詮駄文なのだが)。私の関心は3点である。

  • ホームレスたちはホームレスになりたくてなっているのか。
  • ホームレスたちはホームレスであることに誇りをもっているのか。
  • つまり彼らに支援は必要ないのか。惹かれていったのなら、筆者はホームレスになる覚悟はあるのか。

で、まあ、読んでみた。

私の感想をまず書こう。うーん、まあ人権侵害だとか差別的だとは思わない。むしろ好意はあるのだろう。だがそれどまりで、子どもっぽい記事だなと思った。付け加えるともう少し別視点から取材が欲しかった。ホームレス側だけでなく、生活支援の側、なぜそれを続けるのとか、行政も。上に掲げた3点はあまり明らかになっていない。つまりそこまで突っ込んだ関係性は築けていないように受け取れてしまう。

この話は『おもひでぽろぽろ』問題だと思っている。私の述べたい『おもひでぽろぽろ』問題とは:都会育ちのタエ子が田舎暮らしに憧れ働きながら夏の田舎インターンを繰り替えすが、田舎のおばあちゃんからいざ嫁に来ることを提案され、またそんなの失礼でしょという田舎のおばちゃんたちの声を受け、所詮お客様であった自分の中の「田舎って素敵だな、というタテマエを述べる良い子を振る舞いたかっただけ」な気持ちと葛藤する。「自分には嫁ぐ覚悟が果たしてあるのか?」と向き合う話だと思っている。

あるいは『大学生のバックパッカー』問題だと思っている。彼らは主に日本よりも生活インフラ等の面で未成熟な国に行き彼らの生きる力に溶け込もうとする。しかしそこで一生暮らそうとするわけでもなく支援をするわけではない。通り過ぎて観察する、そして自分の中に気づきを得るだけだ。言い換えれば「そんな視点に気づいた自分がかわいい」だけだ。

『3年前からホームレスの方々と定期的に接点を持ち続けてきました』という彼らも尊重したい。それを選んだcakesもだ。だが、彼らには本当にホームレスと、立場を共にして向き合う覚悟があるのか。

そこを期待したけれどまだ「優秀賞」はそこに至らなかった、世間のゴシップに留まったという感想。もちろん冒頭のABEMA Primeの言うような、インターネットに「いろんな視点がたくさんあるところ」は私もその恩恵を受けている点で尊重しないといけないと思う。私も熟考したうえでものを書こうと思わされる案件。

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