QAコミュニケーションアンチパターン 2章 新たな挑戦への誘い
黒々 技蔵(くろぐろぎぞう)
非常に優れた技術力を持つエンジニアであり、プロジェクトリーダーとしての地位を確立しています。しかし、彼はその知識やスキルを独占し、チーム内での情報共有や教育を行わない傾向があります。自らの技術的優位性を保つために、他人に詳細を明かさず、意思決定を自分だけで行うことが多いです。 このため、彼の指示はしばしば曖昧で、チームメンバーが困惑し、プロジェクトが遅延することがあります。さらに、顧客や他部門との連携が不十分で、彼の自己完結型のアプローチが、プロジェクト全体の進行に悪影響を及ぼします。最終的に、チームの成長が阻まれ、プロジェクトの進行が遅れ、成果物の品質が低下するリスクが高まります。
新たな挑戦への誘い
本社ビルに入る。月に一回の帰社日があるので、月に一回はここに来るのだが、帰社日は会社内での勉強会やプロジェクトの情報交換などがあり、日頃の仕事のプレッシャーから若干解放されるので、それほど緊張感はない。しかし、今回は開発部長の香椎さんからの呼び出しということで、緊張している。
指定された会議室に入ると、香椎さんが言った。
「どうぞどうぞ、座ってください〜」
緊張していたのだが、香椎さんがやたらに明るい態度で驚いた。
「あれ?緊張している?悪い話じゃないよ。あ、そっか、要件の内容を伝えていなかったからか。文面だけだと驚くだろうし、ネガティブに伝わるとお互いに不幸かなって思ってぼやかしたけど、びっくりさせちゃったね。すまんすまん」
悪い話ではないようで、ほっとした。
「単刀直入に言うと、転籍してほしいんだよね」
「はーひー」
今のチームが居心地いいので戸惑いはある。
「もちろん、メ…いや、有路君の希望とか想いも大事だから、その調整はしたいなと思っている」
香椎さんにまで「メビウス君」が浸透しているのか…。
「どのような話でしょうか?」
「おっ、聞いてくれるのかい?」
「はい、もちろんです」
「実は、うちの会社に受託開発部門があるんだけど、そこが炎上していてね」
「え、炎上ですか」
「そうなんだよ。大規模開発で要件があまり変わらないって前提だからウォーターフォールで開発していたんだけど、顧客の要望も変わってきてね。その変更を受け入れながら開発していたら、だんだん収集がつかなくなってきてさ」
「はーひー」
「今、開発体制や開発プロセスを含めて顧客と喧々諤々調整中なんだよ。多分、あと3ヶ月はその調整に時間がかかると思う」
「なかなか大変そうですね」
「ただ、これは確定ではないんだけど、開発を白紙に戻してアジャイル開発でリスタートする可能性が高い」
「はーひー。大規模案件で白紙ですか?」
「そう、3億円が吹っ飛ぶ」
「ふぁーひぃー」
「会社としては大ダメージだし、お金のことは営業に任せるとして、顧客も変更が多いのは事実だから、そこは認めてくれている。珍しく理解力がある顧客で、そこまで揉めていない」
「通常だと…」
「揉めるよね」
なぜか香椎さんは嬉しそうにしている。
「顧客側の体制も見直しが図られていて、先方の責任者も変わるらしい。その人が『なんでアジャイルでやらないんだよ』って、のっけからウォーターフォールを否定していてね。ゼロベースでアジャイルでやることがほぼ決まりそうなんだよ」
「そうなんですね」
「で、決まっていない以上は不毛だと思いつつ、仕事を進めるしかなくてね。まずはアジャイル移行を見据えてキャッチアップで入ってほしい」
「なるほど」
「今の現場でQAも兼務しているんでしょ?まずはテストから入って、要求や要件をキャッチアップして、アジャイル体制になったら、その知見を生かしてほしいんだ」
「わかりました」
「今の現場での評価もいいし、アジャイル・スクラムも熟知しているって、お客さん側も、うちのチームメンバーも言っているからさ」
「えー、嬉しいです。恐縮です」
「あと、今の現場の入っているプロダクトも安定期に入って体制の見直しをしていて、現場経験を積ませたいエンジニアに変えようかなと思っている」
「お客さんは了承しているんですか?」
「寂しがっているけど、お互いにビジネスだからね」
「わかりました」
「で、代わりといっちゃなんだが、アジャイル体制になったらリーダーをお願いしたい。ざっくり言うと給料上がる」
「ふぁーひぃー。リーダーですか?」
「そうそう、全会一致で見どころあるってさ」
「いやぁ…その…ありがたく考えます」
その日は香椎さんにランチをご馳走になり、午後から顧客先に向かった。話は伝わっていたようで、甲斐さんが「これはチャンスだから、しっかりやれよ」と転籍前提で話してくれた。名残惜しそうにしてくれているので、本当に僕のことを考えてくれているんだなぁと感動してしまった。
八島さんも「次でもメビウス君が活躍してくれたら私たちも嬉しいし鼻が高いわ。もしダメだったら戻っておいでよ。私が交渉の窓口だし」
なんて嬉しいことを言ってくれるんだ。この人たちは…会社とかそういうのを超えて連携できているチームなんだなぁと改めて思う。この素敵なチームに約2年間入れたことを誇りに思う。
せっかくここまで押してくれるなら、次にチャレンジしようと自然に思えた。
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