QAコミュニケーションアンチパターン 1章 和やかなスタートと不穏な影
誤三 転助(ごさんてんすけ)
自分のミスや失敗を認めず、他者に責任を押し付けることが多い。批判を恐れ、失敗を隠そうとする。強みと弱みを理解せず、チーム内での協力が乏しい。口頭での感謝や謝罪ができず、自己弁護に終始する。
和やかなスタートと不穏な影
有路玲夢ことメビウス君は、ごくごく普通の青年だ。メカとプログラミングに没頭すること以外は、小さい頃から特別なことはない。プログラミングへの情熱から理系の高校に進み、大学も情報系の学部に進学。音楽や友達との遊びにも目覚め、卒業に苦労したが、IT企業から内定をもらった。ダメ元で応募したテックジャイアントは一次面接で不合格となり、第2志望も落ちたものの、第3志望のIT企業に内定。プログラミングが仕事にできれば満足だったので、特に気にしていなかった。
入社式とオリエンテーションを終え、3ヶ月間の研修に入る。ビジネスマナー研修は退屈だったが、技術研修でチームとしてコンテンツを作る経験をし、初めてチーム開発の楽しさを知った。ルールでは業務時間内だけの作業だったが、家でもプログラミングを続けていたことは内緒だ。
7月1日、いよいよ実務が始まる。メビウス君が配属されたのは、グループ会社の一つで顧客先に常駐するチーム。常駐先の会社ではBtoBサービスを展開しており、そのサービスはメビウス君自身も利用したことがあったため、少し驚いた。
配属先のチームではスクラムを採用しており、プロダクトオーナー、スクラムマスター、エンジニアリーダーがいる。そのリーダーの下には、メビウス君を含む4人のエンジニアが所属しており、QAエンジニアもいる。デザイナーは他のプロダクトも兼任しているようだ。
チームは週に2回出社し、スクラムイベントを行う。残りの3日はリモートワークで、それぞれが自由に仕事を進めている。テキストでのコミュニケーションやオンラインミーティングも頻繁に行われている。
先輩たちはメビウス君を温かく迎え、配属初日にはランチにも連れて行ってくれた。
「こちらはプロダクトオーナーの瀬羅さんです」
「よろしくね!製品のロードマップを書いたり、他のプロダクトと連携したり、次のスプリントで作るものの優先順位を決めたりしてるよ。開発者の視点も大事だし、リファクタリングも必要だから、気になることがあったら遠慮なく言ってね」
「はい!有路です!よろしくお願いします!」
少し年上で研修中に仲良くなった先輩が、「メビウス君でいいんじゃね?」と言った。
「う、うわーここまできて黒歴史が…」
「いいじゃん、かっこいいじゃん。厨二的には」
「それが黒歴史なんですよぉ…もう、厨二全開な名前じゃないですかぁ、実際に考えたのが厨二だし」
チームのみんなが爆笑する。雰囲気の良さに、メビウス君も少し気が楽になった。
「じゃあ、メビウス君。スクラムマスターの八島です。スクラムを進める上で問題や課題があったら、何でも話してくださいね。それを全力で解決します!」
「は、はい。メビウス君決定なんですね…そこを解決してくれませんか?」
またみんなが笑った。
「いやぁ…チームとして和んでいるし、君もネタにしているようだから、課題ではないな。むしろチームビルドとして貢献しているよ」
紳士的な笑顔で微笑む八島に、メビウス君は何かあったら本当に相談しようと思った。
「エンジニアリーダーの甲斐だ。よろしくね!メビウス君たちの会社の人たちにはお世話になりっぱなしだ。みんな技術力が高いし、遠慮なく物を言ってくれて助かるよ」
自社から来ているエンジニアの龍龍さんと古林さんはすでに何度も話している。これに研修で仲良くなった先輩の龍井さんがいる。
「QAエンジニアの来世です。よろしくお願いします。第三者検証会社から来ています」
物腰の柔らかい素敵なお姉さんという印象だ。
「私は瀬羅さんが書いてくれたユーザーストーリーをもとに受け入れ条件を定めたり、それをもとにテスト設計したり、エンジニアさんにテスト自動化をお願いしたりしています」
「来世は僕が書いたユーザーストーリーの穴も見つけてくれるので助かっています」瀬羅さんが言った。
「そんな、そんな。私の話を聞いてくれるのでこちらも助かります」
やり取りの雰囲気がとても良い。IT企業はまだブラック企業も多いと聞いていたので、メビウス君は驚いた。
「このチームは雰囲気が良すぎて、私の仕事があんまりないんだよなぁ。みんなと仕事がしたいんだけど」八島さんがぼやいた。
「八島さんは精神的な支柱ですよ!」と龍井先輩が言った。
「あぁ、でも来世が産休に入るんだよね」
「そうなんです。せっかくメビウスさんが入ってきたのに、あと3ヶ月で産休なんです。」
「その調整をしないといけないんだよなぁ」
「引き継ぎは決まっているので、しっかりと引き継ぎますね」
本当に雰囲気が良いチームだ。龍龍さんが言った。
「このチームに配属されて良かったな、俺が前にいた現場なんて地獄だぞ、地獄」
「まぁまぁ、その話はいいじゃない」
「そうだね、今ここにいることを喜ぼう」
それから3ヶ月後、来世が産休に入った。その2週間前から、新しいQAエンジニアの誤三さんがチームに入った。
「誤三さん」という名前は少し言いにくい。そんな感情が顔に出たのか、誤三さんは不機嫌そうだ。
「何か?」
「よろしくお願いします。有路と言います。」
「メビウス君って呼んであげてください」と龍井先輩がいつものように言った。
「ふんっ」
鼻で笑ったような気がした。内心「えぇ…」と思うが、そこで会話が途切れてしまった。一抹の不安が胸をよぎる。
「誤三さんはああいうキャラクターみたいです…そのうち打ち解けると思いますから」と来世が申し訳なさそうに言った。
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