QAコミュニケーションアンチパターン 3章 独黒コーポレーションの実態
独黒コーポレーションの実態
独黒さんの会社名は「独黒コーポレーション」という名前だった。教えられた住所に到着すると、雑居ビルの中にオフィスがあった。綺麗なオフィスに慣れていたので、そのギャップに戸惑いを覚えた。どことなく汚れている印象だった。
インターフォンを鳴らすと、不機嫌そうな女性が現れて「どうぞ」と言った。奥の部屋に独黒さんがいた。
「座って座って、メビウス君」
「はい」
「ちょっと狭いけど、3ヶ月後にはこのビルから移転する予定なんだ」
彼は綺麗なオフィスの写真を見せてくれた。
「資金調達ができたからな」
「すごく綺麗ですね」
「ちょっとの辛抱だから」
先ほどの女性が、皮肉っぽく笑ったような気がした。
渡されたラップトップはスペックが低かった。それを指摘すると、
「凄腕のエンジニアならツールはなんでもいいだろう」
と取り合ってくれなかった。
スペックが低すぎると生産性に影響が出るだろうと思った。次に開発環境を見せてもらったが、CI/CDの仕組みがなく、バージョン管理ツールの運用も曖昧だった。テストコードもなく、多くの作業が手作業で行われていた。
驚くことはまだ続いた。機能の説明だ。
「すべての会員のメッセージを監視している」
「え、プライベートなメッセージですよ。約款では暗号化されて見れないと」
「あぁ、それは建前だ」
「えぇ」
「まぁまぁ、そのメッセージを見て、『行けそう』と思うだろう。その時にメッセージを送れないようにするんだ」
「そんなことしたらストレスが」
「で、もう一度メッセージを送ろうとする時に消費ポイントを釣り上げるんだよ」
「そんなことしたら、誰も送りませんし、サービスもやめてしまうかと」
「そうしたら、女性からメッセージを送るんだよ」
なぜだろうと思ったが、それ以上の説明はなかった。
もう一つ驚いたのが契約書だった。
「役職はCTOでは?」
「は?他に候補がいるって話したじゃないか」
「ありましたが…」
「その彼らと競ってもらう」
「え?そんな話は」
「契約書に書いているよ」
小さい文字で免責事項が書かれていた。その場で書いたので気が付かなかった。
「実力次第ってことさ」
給料は前の会社と変わらなかったので、これ以上言うのも烏滸がましいと思った。
渡された要件は、どれも顧客を騙すような機能実装ばかりで、気が滅入った。独黒さんにそのことを話すと、
「いいから、機能実装だけに集中していればいいんだよ」
と言われた。
アーキテクチャも酷いもので、データベースの正規化もされておらず、SQLを書くのも一苦労だった。コストがかかりすぎて処理が遅い。実際にクレームも多く、なぜかそのクレーム対応も自分がやることになっていた。独黒さんは「顧客の声を直接聞くのが品質保証だろ」と言ったが、前提が違いすぎる。
営業時間は顧客へのチャット対応でほとんどが消費され、実装する時間なんてない。独黒さんには「早く実装してくれよ」と煽られる。自然と残業が増えたが、契約上、80時間を超えないと残業代が出ない仕組みだった。初月で80時間を超えそうになったが、超えた瞬間に独黒さんから
「80時間を超えないようにしてね」
と言われた。調達した金額が入ってから差分を払うとのことで、それまでは資金繰りが厳しいそうだ。
初月から、さまざまな問題が見えてきた。これがスタートアップなのだろうか。戸惑いを覚えた。独黒さんがオフィスにいるときは、前の日に夜のお店で豪遊してきたことを自慢げに若いエンジニアに話していた。
「お前も早くこういうことができるようになれよ」
と言われ、
「はい」
と返事をするが、何かが違うと感じた。
ある日、一人の男性が入ってきた。彼はどうやらCTO候補の一人らしい。話をしてみると、同じように技術的な課題を抱えているようだった。
「CI/CDがないのはまずくないですか?」
「確かになぁ」
「あと、バージョン管理も適切なルールを設けないと」
「わかるわかる」
「ユニットテストを書かなくて大丈夫ですかね?」
「バイトのテスターがテストするからいいんじゃない?」
「そうですか、静的解析は?」
「警告が出ると面倒だし、そんなことしていたら独黒さんに怒られるよ」
「長い目で見ると、ソースコードの保守性が低いと生産性が上がらないと思うんですよ」
「そこをなんとかするのがエンジニアじゃない?って言われるよ。ククク」
「そうかもしれませんが」
微妙に話がかみ合わない。さまざまな技術的な提案をしたが、無駄に終わったようだった。
次の日、独黒さんに呼ばれた。
「うちの会社に文句があるようだな」
「え?」
どうやら、昨日のエンジニアから話を聞いたらしい。
「文句ではなく、課題を共有しただけです」
「気に入らないのか」
独黒さんは気に入らないようだった。
「とにかく、お前らは黙って機能実装すればいいんだよ。目の前の仕事をしていろ。あと、俺のいないところでケチをつけるなんて言語道断だ」
すごい剣幕だった。
その後、オーダーされた仕事をこなしながら、改善提案書を作成した。誰にでも分かりやすい書類を作り、改善点とそれを改善すると顧客や会社にどれほどのメリットがあるかを書いた。
その資料を作成するのに1ヶ月かかった。
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