QAコミュニケーションアンチパターン 2章 ゼロからの再出発
ゼロからの再出発
ある日、「緊急会議」という予定が入っていた。その緊急会議は珍しく3チーム合同で行われ、チームメンバーたちは動揺し、さまざまな憶測が飛び交った。会議が始まると、香椎さんが宣言した。
「本開発を中止する」
「やっぱりな」と、落胆と安堵が混じった声が聞こえる。チームによっては残業が常態化しており、精神的に参って退場した開発者も数名いると噂されていた。まさにデスマーチだったようだ。
中にはフリーランスの人もいて、
「契約が切られたら困るぞ、忙しくて営業活動もしていないし」
と、不安そうな声も上がった。
黒々さんは意外にもニヤニヤしている。自分が携わるプロジェクトが中止になっても悔しくないのだろうか?黒々さんは独り言が多い。たまたま、
「まぁ、お金がもらえればなんでもいいんですけどね。ぐひぅ」
と聞こえた。なんとも言えない気持ちになる。
「動揺するのも無理はない。しかし、もう一つアナウンスがある。明日から開発体制を変える。今ここにいるメンバーは基本的に残ることになる」
安心と不満が入り混じったような雰囲気が漂った。プロジェクトを抜けたい人もいれば、稼ぎに困る人もいる。どちらにせよ、生活に関わる重要な問題だ。
「正直、顧客側とのコミュニケーションが不足していたと思う。先方もそれを感じており、プロジェクトマネージャーを立ててもらうことになった。紹介する」
颯爽と、一人の男性が香椎さんの隣に立った。先方は大企業で、固い印象の会社だが、その人は自分たちと同じようにジーンズにTシャツというラフな格好をしていた。会議が始まった時から部屋にいたようだが、気がつかなかった。
「どうもー、大榊でーす。よろしく〜」
顧客先のプロジェクトリーダーということで、どんな真面目そうな人が来るかと思っていたが、びっくりするほどノリが軽く、驚いた。そして、どこかで見たことがあるような気もするが、どうしても思い出せない。
「今までのやり方と大きく変わります。ちょっと大変かもしれないけど、長い目で見たら、このプロジェクトは成功すると思うし、プロジェクトが成功したら美味い酒が飲める。俺は飲めないけど」
冗談を言ったようだが、雰囲気がどんよりしているため、誰も笑わない。しかし、メンタルが強いようで、何事もなかったかのように続けた。何度も滑った経験があるのだろう、慣れた感じがする。
「それでぇ、まずは開発の進め方をアジャイル・スクラムにします」
香椎さんが事前に話していた通りだ。香椎さんが先に話していた顧客側の担当者とは、この方なのだろう。話の辻褄が合ってきた。
「これまでの資産は利用するけど、基本的にはゼロベースで考えます」
これは思い切った決断だと思った。この部分に関しては、みんなも動揺しているようだ。
「実は、この数ヶ月で僕のチームがある程度要件を整理して、プロダクトバックログにしている。そのプロダクトバックログをベースにロードマップとマイルストンを作成した」
ロードマップとマイルストーンが示された。このプロダクトは、もともと既に動いているプロダクトのリプレースだ。大規模でリプレースするのではなく、機能を小出しにして徐々に接続するようだ。要するに、マイクロサービスアーキテクチャを採用するということだ。チームもスモールスタートできるマイクロサービスごとに再編されるようだ。
論理的に説明されており、反論の余地がなかった。
「質問ありますか?」
「は、はい」おとなしそうなエンジニアが手をあげた。これまでなら、質問をすると碌なことがなかった。
「おぉ〜、いい質問!」
質問をしたエンジニアが意外そうにしている。何か言われると思っていたのだろう。質問に丁寧に回答し、エンジニアも追加で質問をしている。そのやり取りを聞いていると、自分がなんとなく理解できなかったことも解消された。僕も無意識のうちに質問するのが怖くなっていたようだ。
「ありがとうございます!」
エンジニアも納得したようだ。
「どんどん質問してください!今、質問しにくかったら、後でダイレクトメッセージちょうだいね。とにかく重要なのは情報共有です!」
時間が来たので、その緊急会議は終了した。
これから良くなると期待できるような会議だった。
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