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安易にグラフデータベースを選ばないようにするための注意点

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AI・データ駆動開発の現場で「グラフデータベースを使おう」という提案を耳にする機会が増えてきました。ナレッジグラフ、GraphRAG、推薦システムといった文脈で、Neo4jやAmazonNeptuneなどの名前がすぐに出てきます。

しかし、本当にグラフデータベースが必要でしょうか?

https://x.com/jxnlco/status/1961113905251471507

10年以上機械学習に携わってきたエンジニアのJason Liu氏は、「グラフデータベースを導入した企業の多くが、4〜5年以内にSQLデータベースへ戻っている」と指摘しています。実際、Facebookの「ソーシャルグラフ」は専用グラフDBではなく、MySQLの上に構築された分散キャッシュシステム(TAO)で運用されていました。

この記事では、グラフデータベースの採用を検討する前に確認すべき5つのチェックポイントを紹介します。

チェックポイント1:必要なホップ数は本当に3以上か?

最も重要な判断基準は、クエリで必要なホップ数(ノード間の移動回数)です。

グラフデータベースが真価を発揮するのは、通常4ホップ以上の深い経路探索を頻繁に行う場合です。Cambridge IntelligenceのAndrew Disneyは、「4ホップ以上の複雑な分析クエリやパスファインディングクエリ、あるいはリアルタイム処理が必要な簡単なグラフクエリ」をグラフDBが適する場面として挙げています

一方、1〜2ホップ程度の参照であれば、PostgreSQLの再帰CTE(Common Table Expression)や自己結合で十分対応できます。実務家からも「ほとんどのケースで必要なのは1〜2ノード先のトラバーサルだけで、それなら1〜2回のSELF JOINで済む」という声が上がっています。

判断の目安:

  • 1〜2ホップ → PostgreSQL + 再帰CTE/自己結合で十分
  • 3ホップ(時々) → PostgreSQL + 適切なインデックス設計で対応可能
  • 4ホップ以上(頻繁) → グラフデータベースの検討価値あり

具体例として、「友達の友達」を探す程度ならRDBで問題ありません。しかし、LinkedInのような「3〜5次の繋がりをリアルタイムで計算」するケースでは、グラフデータベースが本領を発揮します。

チェックポイント2:リアルタイム性は本当に必要か?

グラフデータベースのもう一つの強みは、複雑なグラフクエリに対するリアルタイム応答性です。

しかし、多くのユースケースでは分析結果を事前計算(プリコンピュート)してマテリアライズドビューに保存しておけば十分です。数秒〜数分のレイテンシが許容できるなら、RDBでバッチ処理を回して結果をキャッシュする方が運用コストは低くなります。

判断の目安:

  • バッチ処理(数分〜数時間)で可 → RDB + マテリアライズドビュー
  • 数秒以内の応答が必要 → RDB + 適切なインデックス設計を試す
  • サブ秒(数百ms以内)の応答が必須 → グラフデータベースを検討

チェックポイント3:可変長パスやパターンマッチングは本当に必要か?

グラフデータベースの大きな特徴は、可変長パス(例:「1〜5ホップの範囲で探索」)やパターンマッチング(例:「ユーザー→購入→商品←購入←別ユーザー」という形の経路を探す)を直感的に表現できることです。

しかし、実際のビジネスロジックでこうした「ホップ数が可変の経路探索」や「複雑な制約付きパターンマッチング」が日常的に必要になるケースは限られています。

固定ホップ数(例:必ず2ホップ)の探索なら、RDBの自己結合で明示的に記述する方が、かえってクエリの意図が明確になることもあります。

判断の目安:

  • 固定ホップ数の探索のみ → RDBで十分
  • たまに可変長パスが必要 → まずはRDBで試す(パフォーマンス次第)
  • 頻繁に可変長パス・パターンマッチングが必要 → グラフデータベースが有利

チェックポイント4:データ規模は本当に「グラフ的に大きい」か?

「グラフデータベースはスケールする」というイメージがありますが、実際には注意が必要です。

https://x.com/kenn/status/1979144163414413593

エンジニアのkenn氏は「現実世界のグラフはべき分布になっているので、数十億を超えるようなノード数がないと元が取れない。parent_idでself-joinを6つ回すくらい今時のRDBなら余裕」と指摘しています。

また、グラフデータベースのスケーリングは、データを複数サーバーに分散(シャーディング)する際に難しい判断を伴います。Cambridge Intelligenceの記事でも、「グラフはその性質上相互接続されているため、どこで分割するかを決めるのは理想的ではない」と説明されています。

判断の目安(単一ワークスペース/テナント):

  • ノード数:数千〜数万、エッジ数:数万〜数十万 → RDBで十分
  • ノード数:数百万〜、エッジ数:数千万〜 → RDBで試した上で、パフォーマンスに応じてグラフDBを検討
  • ノード数:数億〜、エッジ数:数十億〜 → グラフデータベースの本格的な検討が必要

重要なのは、単にデータが「つながっている」だけでなく、「密に相互接続されていて、その接続を頻繁にトラバースする」必要があるかどうかです。

チェックポイント5:運用コストとチームのスキルセットは考慮されているか?

技術選定で見落とされがちなのが、運用コストとチームの習熟度です。

Jason Liu氏は「グラフデータベースの最大の問題の一つは、PostgreSQLの専門家を見つけるよりも、グラフデータベースの人材を採用するのが難しい」と指摘しています。

また、グラフのスキーマ定義は、RDBのER図設計以上に議論が分かれやすく、明確なベストプラクティスが確立されていない領域もあります。

考慮すべき運用コスト:

  • 学習コスト:新しいクエリ言語(Cypher、Gremlinなど)の習得
  • 採用コスト:グラフデータベースの経験者は市場に少ない
  • 保守コスト:スキーマ設計の議論、パフォーマンスチューニングのノウハウ蓄積
  • インフラコスト:バックアップ、監査、マルチテナンシーの実装

チームがすでにPostgreSQLやMySQL、その他のRDBに習熟しているなら、その資産を活かす方が開発速度・保守性の観点で有利です。

実務での推奨アプローチ

これら5つのチェックポイントを踏まえた、実務での推奨手順は以下の通りです。

Phase 1:まずはRDBで検証する

  • PostgreSQLから始める:既存のRDB(PostgreSQL、MySQL等)に、ノードとエッジを表現するテーブル(nodesedges)を作成
  • pgvectorとの統合:ベクトル検索で候補を絞り込んでから、軽いグラフ拡張を行うハイブリッドアプローチ

Phase 2:必要に応じてグラフ拡張を検討

以下のいずれかが顕在化したら、グラフデータベースの導入を本格検討します:

  • 可変長パスやパターンマッチングを対話的に頻繁に使う必要が出てきた
  • 4〜5ホップ以上の探索をサブ秒で返す要件が立った
  • エッジ数が数千万〜億規模に達し、RDBでの最適化が限界に達した
  • グラフアルゴリズム(最短経路、中心性計算、コミュニティ検出等)をOLTP寄り(随時・即時)に回す需要が出てきた

まとめ:「必要になってから」が正解

グラフデータベースは強力なツールですが、多くのケースで「過剰装備」になりがちです。

Facebookでさえ、ソーシャルグラフをMySQL上に構築しました。Pinterestは独自のグラフサービスZenから分散SQL(TiDB)ベースのPinGraphへ移行しています。これらは「グラフ的な問題をRDB系技術で解決する」現実解の好例です。

一方で、LinkedInやeBay、Airbnbなど、ナレッジグラフやグラフ機械学習を中核に据えた企業も存在します。彼らのような「マルチホップ探索が日常的」「リアルタイム性が必須」「データが数億規模」という条件を満たす場合、グラフデータベースは正当化されます。

「まずRDB + グラフ拡張で検証 → 必要が立ってから専用グラフDBへ昇格」を検討してみましょう。

安易にグラフデータベースを選ばず、5つのチェックポイントで冷静に判断することが、プロジェクトの成功につながります。

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