75年前に通り過ぎた「AIは〇〇ができない」という議論
75年前に通り過ぎた「AIは〇〇ができない」という議論
「AIは便利だ。すごい技術だとは思う。でも、やっぱり〇〇はできないよね」
会議室で、飲み会の席で、あるいはSNSのタイムラインで、よく繰り返される会話です。その「〇〇」には、その時々で「創造性」が入ったり、「要件定義/テスト」が入ったり、「本当の意味での理解」が入ったりします。
AIの導入に慎重な姿勢を示すとき、人は無意識にこの「AIは〇〇ができない(だから人間には及ばない)」という防衛線を張りがちです。
しかし、この議論の型、実は今から75年も前に、コンピュータ科学の父アラン・チューリングによってすでに予見され、反論されています。
「機械には決して〇〇はできないでしょう」
1950年、アラン・チューリングは記念碑的な論文「計算機と知性(Computing Machinery and Intelligence)」を発表しました。この中で彼は、機械が思考できるかという問いに対する批判を予測し、整理しています。
その中の一つが、「様々な能力の欠如に基づく議論(Arguments from Various Disabilities)」です。
チューリングは、批判者たちが使う定型句を次のように表現しました。
「あなたが挙げたことは機械にもできるとしても、Xだけは絶対にできないでしょう(you will never be able to make one (machine) to do X)」
当時のXのリストには、「親切であること」「ユーモアがあること」「間違いを犯すこと」「恋に落ちること」などが挙げられていました。
チューリングの反論は痛快です。彼は、人々が「できない」と断言するのは、「これまで見てきた、不格好で容量の小さな機械」から過度な一般化をしているに過ぎないと指摘しました。当時のコンピュータの性能限界を、機械という存在そのものの本質的な限界だと勘違いしているというのです。
75年経った今、私たちはまだ同じ勘違いをしていないでしょうか?
潜水艦は泳がないが、誰よりも速く海を行く
「でも、AIは計算しているだけで、人間のように『考えて』いるわけではない」
これもよくある反論です。これに対してもコンピュータ科学者たちが、何十年も前に既に問い自体に疑問を投げかけています。
1983年、エドガー・ダイクストラはこう言いました。
「コンピュータが思考できるかという問いは、潜水艦が泳げるかという問いと同じくらい意味がない」
また、1997年にIBMのDeep Blueがチェス王者を破った際、研究者のドリュー・マクダーモットはこう述べました。
「Deep Blueが本当に考えていないと言うのは、飛行機は羽ばたかないから飛んでいないと言うようなものだ」
確かに、潜水艦はバタ足もしなければクロールもしません。「泳ぐ」という言葉を生物学的な動作として定義するなら、潜水艦は泳げないでしょう。しかし、潜水艦は人間とは比べ物にならないほど速く、深く、長く水中を進むことができます。
飛行機もまた、鳥のように羽ばたきません。しかし、空を移動するという機能において、鳥を遥かに凌駕しています。
私たちが「AIは〇〇ができない」と言うとき、それは単に「人間と同じプロセス(泳ぎ)でやっていない」ことを指摘しているだけかもしれません。しかし、結果として出力される成果(水の中の移動)が人間を超えているなら、そのプロセスが人間的であるかどうかにどれほどの意味があるのでしょうか。
5年前の自分は今のAIの存在を信じられるか?
私たちが「できない」と判断するもう一つの原因は、AIの進化速度に対する直感的な見積もりの甘さにあります。
少し想像してみてください。今のあなたが、5年前の自分に会いに行き、現在のAIの状況を伝えたとしたらどうなるでしょうか。
「言葉で指示するだけで、写真と見分けがつかない画像が一瞬で作れるよ」
「難関大学の入試問題を解いて、さらに自律的にプログラミングコードも書いてくれるよ」
「それらが月額数千円、あるいは無料で使えるよ」
5年前の自分は、きっと「SF映画の見過ぎだ」と笑うか、信じないでしょう。
私たちは、自分たちが生きているこの瞬間が「到達点」だと思い込みがちです。しかし実際には、進化の曲線の途中にいるに過ぎません。今日の「できない」は、明日の「朝飯前」かもしれないのです。
「できない」ではなく「いつできるようになるか」
「AIは〇〇ができない」という議論は、75年前にチューリングが指摘した通り、過去の経験に基づいた過度な一般化であり、チューリング以後、その断言は繰り返し外れてきました。
潜水艦に向かって「お前は泳げない」と叫んでも、潜水艦は構わず深海へと進んでいきます。
飛行機に向かって「お前は羽ばたいていない」と指摘しても、飛行機は音速で空を飛んでいきます。
重要なのは、現在のAIが何を得意とし、何が苦手かを冷静に見極めることです。そして、現時点で苦手なこと(〇〇)に対して、「AIには〇〇はできない」と切り捨てるのではなく、こう問い直すべきでしょう。
「この進化のペースで行ったら、いつ頃AIがそれをできるようになるか?」
「できない」の議論を通り過ぎて、「できるようになった世界」でどう振る舞うかを考える。それが、75年前に始まった議論が今現実のものとなった、現代の私たちに課せられた問いなのです
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