⚛️

GANSUで始める量子化学計算: 量子化学計算の基本的な流れ

に公開

GANSUで始める量子化学計算: 量子化学計算の基本的な流れ

量子化学計算は、分子の構造やエネルギーを理論的に求めるための計算手法です。ここでは、GANSU を用いた Hartree-Fock (HF) 計算の流れを詳しく見ていきます。

Hartree-Fock 計算の流れ

GANSUにおける量子化学計算(Hartree-Fock法)の基本的な流れは以下のようになります。

  1. 入力の準備
    • 分子の構造(原子核座標、核電荷、電子数)
    • 基底関数
    • 計算手法(RHF, UHF, ROHF のいずれか)
  2. 前処理
    • 分子積分の計算
    • 初期 Fock 行列の推定
  3. SCF (Self-Consistent Field) ループ
    • Fock 行列から分子軌道を求める
    • 分子軌道から新しい密度行列を計算
    • 密度行列から新しい Fock 行列を計算
    • エネルギー計算
    • 収束判定(収束した場合は4へ)
    • Fock 行列の更新
    • 3を収束するまで繰り返す
  4. 計算結果の出力
    • 最終エネルギー
    • 分子軌道係数
    • 収束状況
    • 計算時間などの情報

RHF, UHF, ROHF の違い

Hartree-Fock 法には、RHF (Restricted Hartree-Fock), UHF (Unrestricted Hartree-Fock), ROHF (Restricted Open-Shell Hartree-Fock) などのバリエーションがあり、GANSUではこれら3つの計算手法を選択することができます。
これらの手法の違いを説明するために、まずは電子のスピンについて説明します。

電子のスピン

電子はアップスピン (\alphaスピン) とダウンスピン (\betaスピン) の2つのスピン状態を持ちます。電子のスピンは、パウリの排他原理により、一つの電子の軌道には同じスピンの電子が2つ以上入ることができません。一つの軌道にアップスピンとダウンスピンの2つの電子が入っている状態を電子対と呼び、電子対を持つ軌道を閉殻と呼びます。一方、アップスピンとダウンスピンの電子が異なる数だけ入っている状態を不対電子対と呼び、不対電子対を持つ軌道を開殻と呼びます。

閉殻・開殻電子系
閉殻電子系と開殻電子系の違い

閉殻電子系

閉殻系の原子や分子では、アップスピンとダウンスピンの電子数が等しい状態を指します。エネルギーの低い軌道から順にスピンの異なる電子(αスピン、βスピン)がちょうど2つずつ入ります。例えば、水素分子 (\mathrm{H_2}) は閉殻系であり、アップスピンとダウンスピンの電子数がそれぞれ 1 つずつです。
閉殻系の原子や分子に対しては、RHF (Restricted Hartree-Fock) を用いて計算を行います。

開殻電子系

開殻系の原子や分子では、アップスピンとダウンスピンの電子数が異なる状態を指します。エネルギーの低い軌道から順にスピンの異なる電子(αスピン、βスピン)が入るのは閉殻系と同じですが、αスピンとβスピンの電子数が異なるため、不対電子対が存在します。電子の数が奇数の場合やイオン、磁性物質などが開殻系に分類されます。例えば、酸素分子 (\mathrm{O_2}) は開殻系であり、アップスピンとダウンスピンの電子数がそれぞれ 6 つと 4 つです。
開殻系の原子や分子に対しては、UHF (Unrestricted Hartree-Fock) または ROHF (Restricted Open-Shell Hartree-Fock) を用いて計算を行います。UHF ではアップスピンとダウンスピンの電子を異なる軌道に入れるのに対し、ROHF では共有する軌道を持つことが特徴です。

以下の図は、RHF, UHF, ROHF の違いを示しています。図の横線が電子の軌道を表し、上向きの矢印がアップスピン、下向きの矢印がダウンスピンの電子を表しています。RHF ではアップスピンとダウンスピンの電子が同じ軌道に入りますが、UHF では異なる軌道に入ります。ROHF ではアップスピンとダウンスピンの電子が共有する軌道を持ちます。

RHF, UHF, ROHF
RHF, UHF, ROHF の違い

GANSUでの計算手法の選択

GANSUでは、計算手法として RHF, UHF, ROHF のいずれかを選択することができます。計算対象の分子が閉殻系か開殻系かを判断し、適切な計算手法を選択してください。GANSUでは「-m」オプション(または「--method」オプション)を使用して計算手法を指定します。

水分子(\mathrm{H_2O})の場合

水分子 (\mathrm{H_2O}) は閉殻系であり、アップスピンとダウンスピンの電子数が同じでそれぞれ5個ずつです。そのため、水分子の計算には RHF を用いることが適しています。
GANSUでは以下のように計算を行います。

./HF_main -x ../xyz/H2O.xyz -g ../basis/sto-3g.gbs -m RHF

酸素分子(\mathrm{O_2})の場合

酸素分子 (\mathrm{O_2}) の電子の数は偶数ですが、アップスピンとダウンスピンの電子数が異なるため、開殻系に分類されます。具体的には、アップスピンが 9 つ、ダウンスピンが 7 つです。そのため、酸素分子の計算には UHF または ROHF を用いることが適しています。

GANSUでアップスピンとダウンスピンは、電子数をN、アップスピンの電子数をN_\alpha、ダウンスピンの電子数をN_\betaとするとデフォルトで

  • N = N_\alpha + N_\beta
  • N_\alpha = \lceil N/2 \rceil
  • N_\beta = \lfloor N/2 \rfloor

となります。そのため、オプション「--beta_to_alpha 1」を用いて、ダウンスピンを 1 つアップスピンにすることで、アップスピンが 9 つ、ダウンスピンが 7 つになるようにしています。

ROHFで計算する場合は下記のように指定します。

./HF_main -x ../xyz/O2.xyz -g ../basis/sto-3g.gbs --beta_to_alpha 1 -m ROHF

まとめ

  • GANSU の HF 計算の流れは「入力 → SCF 計算の繰り返し → 結果出力」の順で行われる。
  • 電子にはアップスピンとダウンスピンがあり、電子対の有無で閉殻系、開殻系と呼ばれる。
  • HF には RHF, UHF, ROHF の 3 つの手法があり、それぞれに適した系がある。
  • GANSU を用いることで、これらの手法を簡単に実行し比較できる。

電子軌道、基底関数の選び方について詳しく見ていきます。

https://zenn.dev/comp_lab/articles/29e73268f402b6

広島大学コンピューティングラボ

Discussion