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数字が“正しく見える”ためのデータ品質〜その項目の意味、分かってますか?〜

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はじめに

とある日、社内のLT(ライトニングトーク)会で登壇の機会をいただきました。テーマを考えていたところ、ふと「データ品質」という言葉が頭に浮かびました。そこで、データ品質について改めて調査し、自身の経験と絡めながら考えを整理するために、本記事を執筆します。

動機:その「流入数」、信じられますか?

「データ品質とは何か?」と改めて調べてみると、 「信頼性」や「理解性」 といったキーワードが見つかりました。

https://cio.go.jp/sites/default/files/uploads/documents/data_hinshitu_guide_beta.pdf

この言葉を見て、過去に携わった製品での経験が思い出されました。そこでは、集客媒体によって同じ「流入数」という項目でも、算出方法が異なっているケースがありました。当初は「媒体の特性に合わせて、最適な計測方法を選択しているのだな」と感心していました。

しかし、ふと考えてみると、この状況は「データ品質」の観点からどうでしょうか?

理解性:レポートを初めて見た人が、この背景を知らずに数値を正しく解釈できるでしょうか?「流入数」という同じ名前の項目が、場所によって違う意味を持つ状況は、理解を妨げる一因になり得ます。

信頼性:製品内に複数のレポートが存在し、それぞれに「流入数」という項目があったとします。もしレポート間で数値が異なっていたら、どちらの数値を信用すれば良いのか、判断に迷ってしまいます。

※信頼性については以下のサイトからSSOT(Single Source of Truth)を参考にしました。
https://stable.co.jp/blog/bizops-data-quality?utm_source=chatgpt.com

このように、数値そのものは正しくても、その背景が統一されていなければ、データは見る人にとって「分かりにくく、信じられないもの」になってしまうのではないか。この問題意識が、今回のテーマを選んだ動機です。

実際どのような意見があるか

この問題について、世の中ではどのような議論がされているのでしょうか。データ品質に関する一般的な見解を調べてみました。

データのサイロ化と定義の不統一

多くの組織で、部署やチームごとにデータが管理される「サイロ化」が起きています。その結果、同じ指標(例:「売上」「ユーザー数」)でも、部署ごとに定義や集計ルールが異なり、全社で見たときに数値の矛盾が発生するという問題が指摘されています。

[参考]
https://www.ever-rise.co.jp/dx-blog/data-silos/
https://officebot.jp/columns/business-efficiency/silos-demerit/

メタデータ管理の重要性

「このデータは何を意味するのか」「どこから来たのか」「どのように計算されたのか」といった、**データに関するデータ(メタデータ)**を一元管理することの重要性が叫ばれています。データカタログなどのツールを用いてメタデータを整備することで、データの「理解性」が格段に向上します。

[参考]
https://www.nttcoms.com/service/TIBCO/glossary/metadata-management/
https://primenumber.com/blog/metadata-management-how-to

データガバナンスの必要性

データ品質を個人やチームの努力任せにするのではなく、組織全体で維持・向上させるためのルールや体制、つまりデータガバナンスを構築することが不可欠とされています。誰がデータに責任を持つのか、どのように品質を担保するのかを定めることで、データの「信頼性」が確保されます。

[参考]
https://cloud.google.com/learn/what-is-data-governance?hl=ja
https://www.nri.com/jp/knowledge/glossary/data_governance.html

これらは、私の感じていた問題が、多くの組織に共通する普遍的な課題であることを示唆しています。

これらの情報からの仮説

動機となった原体験と、世の中の意見を踏まえて、データ品質に関して以下の仮説を立てました。

仮説1:『正しい数値』とは、単に技術的に正確なだけでなく、"誰が見ても同じ解釈ができる" 状態である。
データの価値は、その数値を基に人々が共通認識を持ち、正しい意思決定を下せるかどうかにかかっています。そのためには、算出ロジックの正確性だけでなく、指標の定義が明確で、共有されていることが大前提となります。これが「理解性」の本質ではないでしょうか。

仮説2:データ品質の問題は、個人のスキル不足ではなく、"組織の仕組み" に起因することが多い。
異なるレポートで数値が違うのは、担当者のミスではなく、データの定義や管理体制が組織として統一されていない結果である可能性が高いです。データ品質の責任を個人に押し付けるのではなく、組織全体で取り組むべき課題と捉える必要があります。

仮説3:『この数字、信じていいの?』と疑問を抱かれた時点で、そのデータの価値はゼロに近づく。
データの「信頼性」は、すべての土台です。どれだけ高度な分析をしても、元となるデータが信じられなければ、その分析結果もまた信じられません。信頼をいかにして築き、維持していくかが、データ活用の鍵を握っていると言えます。

最後に:数字の向こう側にいる"人"を想う

今回、データ品質について掘り下げてみて、改めてその重要性を認識しました。

私が経験した「同じ名前で意味が違う流入数」の問題は、決して特殊なケースではなく、多くの組織が直面する根深い課題です。私たちはつい、数値を出すこと自体を目的化してしまいがちですが、本当に大切なのは**「その数字が、見る人に正しく伝わり、活用されること」**です。

そのためには、

  • 指標の定義を明確にドキュメント化する
  • 算出方法や背景を、データとセットで提供する
  • 疑問があれば、気軽に確認し合える文化を作る

といった、地道な取り組みが欠かせません。これは、いわば データを見る人への「思いやり」 なのかもしれません。

この記事が、皆さんのチームのデータ品質について、改めて考えるきっかけになれば幸いです。まずは、自分たちが普段使っている指標の定義を、隣の席の人と話してみることから始めてみてはいかがでしょうか。

株式会社アクティブコア

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